表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第1話(後半) 沈黙の中心

 “澱”が、跡形もなく消えていた。


 空気が軽い。

 音が戻ってくる。

 現実が、平坦な顔で自分を迎え直す。


 橘天音は、魔力の余熱を抱えたまま、身動きもできずに立ち尽くしていた。


 その中心にいたのは、少女だった。

 白いワンピース。首元まで濡れているのに、寒さを感じている様子はない。

 表情がない――というより、“感情”そのものがどこか遠くに置き去りにされている。


(誰……?)


 見たことがあるような気がした。

 でも、思い出せない。

 もしかすると同じ学校かもしれない。

 でも、それはどうでもよくなるほどの――異物感があった。


 天音は、慎重に声をかける。


「あの……あなた……今、澱を……」


 そのとき、少女がこちらを見た。


 目が合った、という感覚はない。

 ただ、こちらの存在を**“認識した”**というだけの目。

 怖いほど静かで、怯えも攻撃性もない。

 そこには、ただひとつの感情も流れていなかった。


「――“消した”の?」


 天音の口から、思わず本質がこぼれた。


 そう。

 あの少女は、“澱”を倒したのではない。

 “拒絶した”のでも、“斃した”のでもない。

 **ただ「消した」**のだ。


 それは、自分の力とはまるで違っていた。


 自分の力《仮面マスク》は、偽りで守るもの。

 けれど、彼女のそれは――

 世界に“無かったことにする”力だった。


(わたしの、“演技”ですら通じない)


(この子……どこまでを、消せるの……?)


 怖さが、興味を凌駕しようとした。

 でも、それでも。


(知りたい)


 なぜここに来たのか。

 なぜ自分が立っていたのか。

 なぜ、ただ一言で“終わらせられる”ほどの魔法を持っているのか。


 そしてなにより――


(この子は、どうして“あんなにも静か”なの?)


 少女はもう、背を向けていた。

 歩き出していた。

 その足取りには、逃げる様子もなければ、誇らしげな気配もない。

 ただ、“帰る場所なんてない”人間の足音だった。


「……待って」


 声をかけようとした瞬間。

 なぜだろう。喉が凍ったように、言葉にならなかった。


 彼女に話しかけたら、自分の仮面ごと壊される気がした。


 橘天音はその場に、ただ立ち尽くしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ