EP3-22話 自己嫌悪の二人
ノキアが去った後、シオンは校舎に背を預けて小さく息をついた。
九割方、断られるだろうと思っていた。学外において一定以上の工程数を要する魔法の使用は問題だし、そもそも、無免許での霊子医療は違法だ。神童時代には隠れて何度かやっていたが、その感覚を他者にも理解してもらうのは不可能だろう。
初めから、無茶な相談であるのは分かっていた。だが――
「断られる覚悟はあった。けど……」
思ったよりショックが大きいのは、予想外だった。
ノキアに頼んだのは、彼女の魔法の実力ならば実行可能だと判断したからだ。シオンとしては合理的に選んだつもりだったが、はたしてそこに、期待がなかったといえるだろうか? ノキアならば断らないと、わずかでも思わなかっただろうか?
「……なるほど。これが下心、ってやつか」
勝手に期待して、勝手に裏切られる。そんな身勝手にショックを受けていた。
久能シオンはあまり他者に期待をしたことがない。もし誰かに何かをして欲しかったら、そうせざるを得ないような条件を出すべきだと思っているからだ。もし依頼を断られたのならば、それはこちらの準備が足りないだけだ。人は無条件に他者のために動いたりしない。
けれど、今回シオンは、ノキアに対して感情で訴えかけた。
そんなもの、断られて当然だ。
「シオン、大丈夫?」
デバイスから、ミラが心配げな声をかけてくる。
「……ああ。問題ない。仕方ないから、すぐに次の手を考えよう」
「ねえ、やっぱり無茶だよ。わたしのことを気にしているんなら、もういいから。回復までに何年かかかるかもしれないけど、シオンに無茶はさせたくないよ」
気遣わしげに、ミラはそんなことを言う。
まともに魔力供給が出来ていない今では、ミラの回復は年単位で計算しなければいけないだろう。普段ならば可能性があればそれに賭けてみるミラも、今回ばかりは、シオンの様子がおかしいので尻込みしていた。
そんなミラの言葉に、シオンは首を振る。
「悪い。これは僕のわがままだ。確かに時間を掛けて回復した方がお前にとっても良いのかもしれない。でも、どうしてもアヤと勝負したいんだ」
「どうして、そこまで……」
どうしてと問われて、シオンは黙り込む。
ああ、確かにどうしてだろうか。
たかが学校の予選だ。今後の長い人生から考えれば、一瞬にすぎないようなこのタイミングで、なぜ自分は命をかけるようなことをしているのか。失敗すれば死ぬか、一生ものの障害を負うだろう。その苦しみは、四年前によく分かっているはずなのに。
その答えをシオンは口にしない。
その代わりに、ミラに対してわがままを押し付けるのだった。
「リーグ戦は、五人総当りで上位二名が勝ち抜けだ。勝敗にもよるけど、最低三勝、出来たら全勝しないと、代表にはなれない」
「でも、今のわたしじゃ無理だよ……やっぱり、わたしは反対。シオンが無茶なことするんなら、わたしは戦いたくない」
「……そっか」
ミラの意志の強い言葉にシオンは目を閉じる。
この鏡の神霊がここまでゲームに対して消極的なのは珍しいことだ。普段なら率先して無茶をするくせに、今回は随分とおとなしい。
いや、その頑固さがあるからこそ、こうしてシオンの無茶を止めようとしているのか。
「どのみち、今のままだと試合に勝つのは無理だ」
シオンは冷静に現状を整理する。
如何にミラが因子一つの最弱ファントムと言っても、彼女の存在があるからこそ、シオンはこれまでの試合に勝ってきているのだ。ミラが全く動けない今、彼の勝率は零に等しい。
けど、だからこそ。
「今日の試合。リーグ戦の初戦で、僕が勝てたら、認めてくれないか?」
「み、認める?」
突然のシオンの言葉に、ミラは戸惑ったように返す。
「言葉通りの意味だ。ミラは今の状態で試合をするのは反対なんだろ? けど、戦えると分かったら協力してほしい。なんとか、アヤと勝負をさせてくれ」
「……いつものシオンらしくないよ」
「ああ、自分でもそう思う。けど、他に方法が思いつかないんだ。どうやら僕は今、馬鹿になってるみたいだ」
皮肉げに苦笑を漏らす。都合の良い頼み事をするのが、こんなに苦しいとは思わなかった。
理屈をこねればいくらでも理由は作れる。準備をすれば、相手を納得させる理由付けくらいいくらでも用意できると自負している。
けれど、そうした後付の理屈で自分の本心を薄めたくなかった。
「ねえ、シオン。わたしは、別に協力しないなんて、言ってないよ」
「いいのか? ミラ」
「勘違いしないで。反対なのは変わらないから。でも……シオンがやりたいっていうんなら、付き合うよ。どこまでも……どんなに、傷ついても」
だって、と。
ミラはデバイスの中で、目を閉じながら言った。
「シオンはカール・セプトを殺してくれた人だから。だから、それが、あなたが決めたことなら、七塚ミラはどこまでも付き合うよ」
「そっか」
ミラの献身にうなずきながら、どこか後ろめたさを感じる。
これもまた、相手に甘えていると言えるのだろうか。期待がなかったといえば嘘になるので、きっと自分は、今とても卑怯な人間なのだろう。
でも、それも悪くないと思った。
リーグ戦Cブロック
・七隈ザクロ(二年実技A科)
・久我アヤネ(一年研究科)
・杠モミジ(二年実技A科)
・久能シオン(一年技術科)
・仁々木ヤヒロ(三年実技A科)
リーグ戦は今日から一週間で行われる。
ブロック内の五人での総当りになるので、一週間の間で試合がない日は一日だけ。あとは毎日、放課後に一戦、試合をすることになる。
アヤネとの試合は、四日目に予定されていた。
※ ※ ※
急激な吐き気に、久我アヤネは飛び起きた。
煮えたぎるような頭痛に、苦悶の声を上げる。強く噛み締めた口内には血の味が広がり、それが余計に頭痛を加速させる。
彼女は憎々しげに、己の脚部へと目を向ける。痛みの元凶は頭ではなく両足だ。四年前からそこに根付いた魔力炉は、事あるごとにこうしてアヤネに激痛を起こす。
叫びをこらえた口を開くとともに荒い吐息が溢れる。それを聞いて、保険医の来栖野教諭がカーテンを開いて様子を覗きに来た。
「大丈夫か、久我。随分とうなされていたようだが」
「心配、いりません。いつものやつです。ただちょっと、鎮痛剤が欲しいです」
「医者から言われている投与量の限界値が近い。あまり勧められないな」
「そう、でしたっけ」
言いながら、彼女は必死で呼吸を落ち着ける。
そんな彼女に、来栖野教諭は怪訝そうに尋ねる。
「復学してから大分体調は安定していたのに、今日は随分と調子が悪そうだな。お前はリーグ戦の参加者だけど、確か一日目は試合がなかったはずだが。何かあったのか?」
「別に、なんでも……いえ」
一度は否定仕掛けたが、すぐに首を横に振ると、観念したようにアヤネは言う。
「ちょっとだけ、ありました」
「正直でよろしい。なるほど、精神的なものが原因か。なら、抗不安剤の方がいいな。ちょっと待っていろ、それならストックが有る」
アヤネの僅かな受け答えから、内容を察した来栖野教諭はすぐに薬品棚へと移動する。この教師はがさつなようで察しが異常に良いのだ。改めて、この人に対して隠し事は出来ないものだとアヤネは思った。
呼吸を落ち着けたアヤネは苦々しそうに顔を歪める。精神的な不和による変調はこれまでも何度も経験してきたが、このタイミングであからさまに出たことが癇に障った。
自分がしたことを思い出しながらそっと目を閉じる。
昨日、飛燕にシオンを襲撃させた。誰がどう見てもあれは加害者の所業だ。なのに何を被害者ヅラしているのだろうか。
来栖野教諭が持ってきた薬を飲んで一息つく。時計を見ると、すでに夕方だった。昼食時に気分が悪くなって保健室に来たが、かれこれ半日寝ていたことになる。
「もうすぐ下校時間だ。明日はお前にとってリーグ戦の初日だろう。せっかく進出したんだから、万全の体調で挑めるようにしておけよ」
「はい。おっしゃるとおりです、先生」
これで、体調不良で棄権なんてことになったら、何のためにこの一週間頑張ってきたのかわからなくなる。
来栖野教諭にはあと少し休んでいくと言って、アヤネはベッドに寝転がる。全身から力が抜けたような虚脱感がある。励起しっぱなしだった足の魔力炉が、全身の魔力を消費したからだろう。一日も経てば回復するだろうが、今日はろくに魔法を使えないだろう。
そこに飛燕が実体化して声をかけてきた。
「調子はどうだ、アヤネ」
「……すこぶる悪いわよ。誰かさんのせいでね」
「おっと、人のせいにするのはよくないな。私は指示に従っただけだぞ」
白々しい言い分に、アヤネは鼻を鳴らして笑い飛ばす。彼のこういうところは、どこかの誰かと本当によく似ているものだと思った。
アヤネは張り詰めていた気を抜いて、無防備に目を閉じる。おそらく今の自分が、唯一心を許せるのはこの武侠のファントムだけだ。小憎らしくて扱いづらいファントムではあるが、こういう心細い時に、バディの存在は最後の拠り所になる。
目を閉じたまま、アヤネは言う。
「明日、二年の杠先輩との試合。負けないでよね」
「全力は尽くす。勝敗は確約できんがね」
「それでいいわ。あんたが全力を出せば、少なくとも負けはないもの」
性格はともかく、飛燕の性能には全幅の信頼をおいている。因子三つのローランクではあるが、彼の戦法は格上に対して戦う術を持っている。
埒外の力を持つ千頭和ナギニには最後の最後で敗れかけたが、その他において彼はしっかりと防衛戦をやり遂げていた。その甲斐もあって、アヤネのレーティング戦での黒星は、ただの一戦のみとなった。
一戦……金曜日に行った、三年の白銀ミナトとの試合で、アヤネは初の黒星を経験した。
最終的なランキングの一位である白銀ミナト。
快進撃を行っていたアヤネにとって、その存在は苦々しいものとして残っていた。
「リーグ戦で白銀先輩と同じブロックにならなかったのは幸運だわ。あの化物、余力を考えずにぶつからないとまず勝てない。ああいうの、やっぱりどこにでもいるのね」
「アレは特殊な例だろう。戦闘ではなく競技の天才だ。ゲームという土俵において、彼を上回るのは至難だな」
苦々しい敗北を思い出しながら、飛燕は冷静にそう評価する。
実技科は魔法競技に力を入れた学科であるから、試合上手な生徒が多いのは確かだが、その中でも白銀ミナトの駆け引きの上手さは別格だった。
実際、白銀はレーティング戦において、無敗で不動の一位で終了したという。これだけの実力者がなぜ昨年のユースカップに出場できなかったのかが不思議なくらいだった。
「白銀先輩の対策はまた今度にしましょう。とにかく今は目の前の勝負よ」
静かに闘志を高めながら、アヤネは目をつむったままそういうのだった。
三日後に待ち受ける元相棒との勝負。
そのことを意識し続けながら、期待と不安の入り混じった感情を持て余すのだった。




