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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
9/68

カール・セプトの鏡回廊


 自販機で、ファントム用の霊子飲料を購入し、ミラに渡した。

 ミルクティーを手渡された彼女は、きょとんとした顔をした後、恐る恐る口をつけた。


「あ、美味しい」

「飲んだことないのか?」

「そんなことないけど、いつも飲むのは、味気ないのが多かったから」

「いつだったか、ハンバーガーは食べてただろ」

「アレは、見よう見まねで買って美味しかったから、ずっと買ってるの。飲み物も、美味しいのあるなんて、思わなかった」


 ちびちびとミルクティーを口に含むミラの様子は、もっと幼い少女のようだった。口ぶりからすると、本当にファントムとして発生して間もないらしい。

 シオンもコーヒーを一口飲む。苦々しさを、コーヒーの苦味で洗い流そうとする。


 お互いに無言の時間が続く。

 連れ出したはいいものの、どう話しかけてよいかわからない。

 ミラは、どこか無理をしたように、明るく笑って言う。


「あはは。シオンったら、強引なんだから。これはあれかな。やっと、わたしのバディになってくれるのかな?」


 お茶目な風を装っているが、少し語尾が震えていた。緊張しているのか、それともまだ感情の整理がついていないのか。顔は紅潮し、潤んだ瞳が、零れそうな雫を必死でとどめている。

 唐突に、飛燕と話した時のことを思い出す。

 真剣、なのだ。

 無邪気に、がむしゃらにお願いをしているように思っていたが、彼女はずっと真剣だった。それを、本気にせずに邪険に扱ってきたのはシオンの方だ。

 なら、こちらも真剣に答えるべきだろう。


「質問を、してもいいか?」

「な、なにかな?」

「僕にこだわる理由を、はっきりと聞きたい」


 これまでも何度か聞いてきたことが、今まではミラの誘いを断りたいがために聞いていた。その時は最初からミラの言葉に耳を貸す気などなかったのだが、今回は違う。

 もう誤魔化さない。


「お前は、僕の過去を知っているんだよな? どこで聞いたんだ?」

「聞いたんじゃないよ。わたしは見てたの」


 涙の残る目で、ミラは真っ直ぐに答えた。


「一番近いところで、シオンがすごいとこを、見たんだ」

「見たって。四年以上前だぞ。その様子だと、お前はまだ発生して数ヶ月も経ってないだろ」


 当然の疑問に、ミラは顔を伏せる。

 少しだけ、間があった。


「鏡の、迷宮」


 手の中のミルクティーに視線を落としたまま、彼女は恐る恐る、ひとつの単語を口にした。


「……迷宮型の、霊子災害。鏡のパズルに、記憶ない?」


 はじめ、ミラが何のことを言っているのかわからなかった。

 だが、すぐに彼女の言わんとする事を思い出した。


「お前……まさか、『カール・セプトの鏡回廊』か?」


 シオンの言葉に、彼女はこくん、と小さく頷いた。

 カール・セプトの鏡回廊。

 それは、シオンが十歳の頃に解呪した、迷宮型の霊子災害だった。


 円形に合わせ合う七重の鏡。

 螺旋のように循環する鏡のパズル。


 霊子災害とは、呪いが具現化し、周囲に災厄を振りまき始めるものの総称だ。いろいろとタイプはあるが、『カール・セプトの鏡回廊』の場合、移動せずに拠点を構え、その場で鏡を見た者を、永遠に鏡の迷宮に閉じ込めるというものだった。


 なかなか凶悪な霊子災害であり、解呪に挑んだ魔法関係者のことごとくが迷宮に取り込まれて死亡し、発生から数年で百人単位の被害者を出した。周辺一帯は立入禁止となり、一世紀にわたって接触不能措置が取られるようになったほどの災害である。


 五年前、退屈しのぎにアヤネに誘われ迷宮に入り、二日がかりで解呪した記憶がある。

 はじめこそ、アヤネは自分が解くと息巻いていたのだが、術式の根底が概念属性であることが判明すると早々に諦め、結局はシオンが一人で解くことになった。


 懐かしさを覚えながら、ミラの姿を見る。

 五年も前の話であるが、あれから五年かけて、あの霊子災害は、ファントムとして顕現することが出来たのか。

 彼女は罰が悪そうに顔をひきつらせながら、ポツポツと語り始めた。


「わたしの生前は、魔法使いだったの。今みたいに、体系化された魔法がないずっと昔。幼いわたしは魔法が使えることに気づいて、たった一人で世界の神秘を学ぶのに耽溺してた」


 彼女の研究テーマは、鏡だった。

 光を反射するという基本の物理属性から、鏡に写った存在を対象にした概念属性まで、様々な角度から、鏡というものを解析していった。いつしか、鏡に写った自分を追い求めた。その奥に、真理があると信じた。鏡の世界を作り出し、そのまた先に、先に、と、彼女は際限なく進み続けた。そして――彼女は生命活動を止め、鏡の迷宮そのものとなった。


 鏡の反射で光を丸めて、七重の檻に閉じ込めた。

 七重に円環する(カール・セプト)鏡の回廊。

 暴走した彼女は霊子災害として暴威を振るい、一世紀後に神童と呼ばれていた少年に退治された。解呪された後も、彼女の名前だけは残った。合わせ鏡の呪いの究極形として、伝承だけが伝播し、そしてひとつの方向性を持つに至った。


 それが、七塚ミラ。

 『合わせ鏡』を原始とし、『鏡』の因子を持つファントムの発生である。


「わたしは生前、小さい世界に憧れていた。世界は自分だけがいれば良くって、自分を突き詰めていけば、いつか本質を理解できるって思ってた。だから、わたしは鏡の中の自分を追い求めたの。それはもう、極度のひきこもりだったの」


 だけど、外の世界を知った。

 久能シオンが、彼女の雁字搦めになっていた迷宮を解きほぐし、外の世界を見せてくれた。


「だから、シオンしか居ないって思った。シオンだったら、わたしをもっと遠くに連れてってくれる。わたしのようなちっぽけな存在を最大限に使いこなしてくれるって、そう思った」


 自分に力が足りないことは百も承知なのだ。

 それでも彼女は求めた。自分という存在を解明し、そして伝承として語られるまで改変させてくれた、久能シオンという魔法士を求めたのだ。


「ウィザードリィ・ゲームにこだわっている理由は、発生してすぐに見たのが、試合の様子だったからなの。発生して、いきなり『あなたはファントムになりました。自由に生活してください』なんて言われて市民権を与えられても、何がなんだかわからなかった。そんな時に、近くで試合の中継が流れていた」


 そこでは、ミラと同じ立場であるファントムたちが、活き活きとしのぎを削り合っていた。

 彼、彼女たちは、一度死んだ存在だ。精神だけとなり、完全な肉体を持たず、あやふやな存在としてあるだけの彼らが、まるで生きた人間のように目的を持って戦っている。


 それを見て、ミラは気づいた。

 自分は、ただひとつに憧れていたのだと。

 だから彼女は内側に逃げた。鏡の中に逃げ、自分が唯一の存在だと感じたかった。

 外から来たものを自分の中に取り込んだのは、他の人間を認められなかったからだ。そうして自分の中で閉じこもっていた彼女は、やがて危険な存在として忌避されて、そして――最終的には誰からも見向きもされなくなった。


 そう――シオンが解呪するまで、カール・セプトの鏡回廊と呼ばれる霊子災害は、すべての人から忘れ去られていたのだ。

 強く忌避される存在は、タブーとして口をつぐまれることで、やがて世代が変わると存在そのものを忘れ去られてしまう。その良し悪しは別として、事実としてカール・セプトの鏡回廊は旧時代の遺物として人々の記憶から失われていた。


 それは、カール・セプトの鏡回廊自身も同じだった。

 観測者が居ない現象は存在しないのと同義だ。唯一に憧れた少女は、自分自身でそれを取りこぼしてしまった。

 だから――久能シオンに見つけられた時、嬉しかったのだ。自身すらも手放していた自己を発見されて、承認欲求を満たされた。ただ一つの存在として認められたことは、存在理由を大きく改変されるほどの出来事だった。


 その記憶は、ファントムとして発生した七塚ミラにも引き継がれた。

 認められたい。

 自分を認めたい。

 わたしはここにいると、胸を張って言いたい。


「――一番に、なりたいの」


 その言葉の裏には、悲痛な叫びがあった。

 彼女はまだ、あの鏡回廊の中にいるのだ。鏡の中にいたころの自分に、囚われてしまっている。彼女が満足するまで、その呪いは続くことだろう。

 今の七塚ミラの実力では、一番など程遠い。

 ならば、自分の力を百%以上引き出してくれる存在が必要だ。

 彼女はそれを、シオンにお願いしている。


「シオンだったら、わたしを一番にしてくれるって信じてる。だから、お願い」


 ミラは改まった様子で、丁寧に頭を下げる。


「わたしと、バディになってください」


 必死に悲痛に、なりふり構わず。

 一番弱い部分すらもさらけ出して、彼女はただお願いをするのだ。

 その姿に、シオンは別のものを思い出していた。


(ああ――なるほど)


 苦手なはずだと、彼は納得する。

 断られても、何度も向かってくるミラの姿に、かつての相棒の姿が重なった。

 口調も態度もぜんぜん違う。あの厚顔な従姉弟は、常に上から目線で、それが当然というふうにシオンを振り回していた。


 しかし、アヤネの言葉の裏には、常に不安が見え隠れしていた。

 強い言葉は不安の裏返し。シオンに断らせないために、そして断ったとしても、自分の意志は固いのだと、言外に伝えるように。

 それに気づいてしまった今、もう、断ることは出来なかった。


「言っておくが、昔の僕を期待されても困る」


 でも、と。

 彼は照れそうな自分を隠すように、そっぽを向きながら言った。


「やれるだけのことは、やってやる」


 そう言って、彼は手を差し出す。

 ミラの表情がぱぁっと明るくなる。目尻に浮かんだ涙は、こらえる事が出来ずに次から次にポロポロとこぼれていく。感極まりながら、彼女はシオンの手を取った。



 久能シオンと七塚ミラのバディ契約は、その日のうちに結ばれた。



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挿絵(By みてみん)

ついにバディ結成。

今はまだ因子を一つしか持たない神霊と、かたや肉体が故障してまともに魔法を使えない魔法士。

二人がこの後どう戦っていくのか、乞うご期待ください。


※2025/4/16に挿絵を追加しました。シオン&ミラのバディです。

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