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EP3-3話 ランキング四位と六位


 二年実技A科。叢雲(むらくも)ツルギ。

 校内ランキング第四位。

 名前を聞いたらすぐに分かった。二年にして五位以内に入っている強者だ。


 会うのは初めてだが、トップランカーだけに噂には聞いていた。実技A科で、筆記の成績こそ平均だが、実戦の戦績はトップクラスという話だ。

 何より、好戦的な性格のためか誰かれ構わず勝負を挑むため、一部ではあまり良い評判を聞かない先輩だった。


 そんな彼は、自分を睨んでくるノキアに向けて肩をすくめながら言った。


「おい、学校では先輩と呼べっつっただろ。相変わらずだな、ノキア」

「相変わらずなのは君の方だよ、ツルギくん。あまりにガラが悪いから、狂犬でも噛み付いてきたんじゃないかって思った」

「はっ。随分と口が悪くなったなぁ。昔は澄ました顔して可愛かったのによぉ」


 ニヤニヤと粗野な笑みを浮かべるツルギは、親しげな雰囲気を感じさせる。


「知り合いか?」

「従兄弟だよ。うちの本家、叢雲家の長男で、跡継ぎ」


 ノキアは簡潔に答えた。その間もツルギからは一時も目を離そうとしない。警戒しているのか、その視線はかなり鋭い。

 油断ならないノキアとは対照的に、ツルギは余裕を持った態度でこちらを見る。


「叢雲ツルギってんだ。よろしくな、神童」


 気さくな調子でツルギは握手を求めてくる。

 断る理由もなかったので、シオンは自然と手を伸ばした。


「はじめまして。……神童はやめてください。今の僕にその実力はない」

「謙遜すんなよ。話は聞いてるぜ。こないだ、天知のとこの息子を倒したんだろ?」


 くく、とくぐもった笑い声を上げて、彼は言う。


「大した会合じゃないから無視してたが、勿体無いことしたぜ。そんな面白いイベントがあるって知ってたら、絶対に参加してたのによ」


 彼が言っているのは、九月にあった草上家でのお家騒動の件だ。ノキアの婚約者との間で話がこじれ、シオンが一騒動起こしたのだ。

 神咒宗家・天知家の次期当主。天知ノリト。

 言霊を操る彼との勝負に、シオンは一応の勝利を収めた。

 公式に記録された話でもないし、そもそも事情が複雑なので、面倒を避けるように当たり障りない答えを返す。


「まぐれですよ。実際、かなり手を抜かれましたし」

「手抜き、ねぇ。あのガキが手加減できるようなタマか、甚だ疑問だがな」


 ニヤニヤと、確信のこもった笑みを浮かべるツルギ。その全身からは堪え切れない興奮が見て取れた。期待と衝動。それらが溢れんばかりに彼からにじみ出ている。

 身構えるシオンに対して、ツルギは鋭い犬歯をのぞかせながら言う。


「ごちゃごちゃ言うのもめんどくせえ。直球で言うが、今から一戦やらねぇか?」


 彼は拳銃型の魔法デバイスを取り出してみせた。

 それとともに、彼のそばに一つの影が浮かび上がってきた。

 その影は、少女の姿を取る。

 のっぺりとした、存在感の薄い十歳前後の少女だ。おそらく叢雲ツルギの契約ファントムだろう。彼女はぬらりとその場に立ち上ると、ツルギの真似をしてニヤリと顔を歪めた。


 好戦的な目線を向ける彼らに、シオンは仕方なさそうに言う。


「生憎ですが、今日はもう余力がないんです。試合場の予約もありませんし、何より消耗も大きいので、後日にしませんか?」


 レーティング戦は一日に何度も行えるが、学校の下校時間という制限と、何より、プレイヤー自身の体力という限界がある。


 マギクスアーツを行うに必要な霊子体を作る時に使う魔力量は調整が効くが、活動するために必要な最低限の魔力量というものがある。もともと魔力総量の少ないシオンは一日に二、三試合分が限界で、現在、ほぼ魔力が底をついている状態だ。


 そのことを正直に伝えたのだが、帰ってきたのは、そっけない言葉だった。


「はっ。それがどうしたよ」


 シオンの言葉を、ツルギは笑い飛ばす。


「別にレーティングを賭けなくったって、そこらの路上でだって模擬戦はできるぜ。消耗しているってんなら、回復まで待ってやる。だが、今やらねぇと俺は収まりがつかねぇんだよ」


 好戦的に目をギラつかせながら、彼はにじり寄る。

 ツルギもまた、本日予定していたレーティング戦を終えている。それでもなお、満足できなかったので、獲物を探していたのだ。


 もともと、叢雲ツルギは、実力と同時に悪評も飛び交っている。曰く、一度戦闘となると相手を一方的に追い立てる戦法を取るらしい。

 そんな彼の性質を知っていたノキアは、なだめるように言う。


「やめておきなよ、ツルギくん。今やったって、満足のいく試合なんてできっこない」

「部外者は黙ってろ」


 ギロリと、ねめつけるようにして威圧する。

 萎縮こそしなかったものの、ノキアは思わずたじろぐ。従兄弟の粗暴さは知っていたはずだが、今日は一段と機嫌が悪いらしい。

 それもそのはず、今日のツルギが行ったレーティング戦は、相手が途中で降参するという消化不良なものだったためだ。


 予選期間が長いのと、一日に何試合も出来るという関係上、レーティング戦では、一試合一試合の密度が薄くなる問題がある。言ってしまえば、試合に優先順位を付けてしまうのだ。

 肉体的なダメージは引き継がないとはいえ、魔力は消耗するし神経も使う。ファントムの側は受けたダメージによってしばらく修復に時間がかかる場合もある。そうした事情から、翌日以降の消耗のことを考えて、早々にリタイアを宣言するプレイヤーが多いのだ。


 それが、叢雲ツルギには気に食わなかった。


 彼は、霊子体が消滅する最後まで行く勝負を求めているのだ。それなのに、誰もが程々に勝負を終えようとする。一戦一戦を本気でやらなければ意味がないだろう。

 ギラついた目を挑戦的に向けながら、ツルギはシオンに語ってみせる。


「なあ、久能。今日はもう順位なんざ気にする必要ねぇんだ。だったら、全力でかかってくれるよなぁ?」

「……別に、ランキングなんてなくても、手を抜いたりしませんよ。だけど、今は本当に勝負にならないくらい消耗しているんです」

「それくらい、そこのノキアに治してもらえ。魔力でもなんでも補給していい。それまで待ってやるから、さっさと戦えよ。なあ?」


 おそらく彼は、要求が通るまで引く気がないだろう。まるで飢えた獣のようなツルギの気配に、シオンは困り果ててしまう。

 どうしたものかと、目をそらした時だった。

 更に第三者が声をかけてきた。


「そこまでにしておきなよ。キャンキャン吠えて、狂犬じゃないんだから」


 その声に、三人が一斉に目を向ける。

 現れたのは、長い黒髪をポニーテールにした、凛とした佇まいの少女だった。


 その姿を見たツルギは、苦々しそうに顔を歪めた。


「……伏義(ふぎ)、てめぇは何しゃしゃり出てんだ」


 鬱陶しさを隠そうともしないツルギに、伏義と呼ばれた少女は澄まし顔で応える。


「相変わらずだよね、叢雲くんは。けど、抜け駆けはズルいと思うんだ」


 二年実技B科。伏義イズナ。

 すっとまっすぐに通った背筋と落ち着いた物腰は、武士のような趣を醸し出している。


 片手に模擬刀型のデバイスを携え、泰然自若としたその立ち姿は、とても十代とは思えない佇まいだった。


「叢雲くん。悪いけど、彼には私の方に先約があるんだ。割り込みは良くないね」

「あん? 先約だと」

「彼に試合を申し込んだのは、私の方が先だと言っているんだよ」


 彼女は苦笑を漏らすと、飄々と答えた。


「久能くんには明日の一戦目を予約してある。だから、今日消耗されると困るんだ。割り込みは困るよ」


 そうだろう? と同意を求めるように、彼女はシオンに視線を向けてくる。実際、昨日の放課後に声をかけられて、模擬戦の約束をしていた。

 イズナはシオンに向けて、かすかに肩をすくめてみせる。


「悪いね、久能くん。大きなお世話かもしれないけど、こいつとは少なからず縁があってね。見過ごすのも性に合わなかった」


 申し訳なさそうにしながらも、彼女はどことなく楽しそうに言う。

 イズナはツルギと同学年である。実技Aと実技Bというクラスの違いはあるが、互いに意識しあうだけの関係ではあるらしい。

 だからだろう。ツルギは敵意を隠そうともせずイズナに食って掛かる。


「は、いつもながら目障りなやつだよお前は。だったらよ、伏義。てめぇが俺の相手してくれるのかよ? だったら、ここは引いてやってもいいぞ」

「え? それでいいんだ」


 とぼけたように、イズナが返す。

 好戦的に笑い合いながら、二人は一触即発の空気を醸し出し始めた。


「今から勝負するのはいいけど――」


 イズナの背後で霊体が実体を持つ。

 神道ベースの和装をした、壮年の男性の姿がその場に現れた。


「その場合、手加減はできないよ」


 イズナが微かに手を挙げた――次の瞬間。

 和装の男性と影の少女が、互いの主人の前に出てぶつかり合った。


 周囲に衝撃が起こる。

 男性は鉄のような剣を、少女は影を刃の形に実体化させ、互いに刃をぶつけ合っていた。


 二体のファントムの激突は、互いが軽く小突く程度のものだったが、それだけで瞬間的に大きな振動を巻き起こした。

 霊子庭園の展開もしない、現実でのぶつかり合いに、周囲はぎょっとして注目する。

 苦々しそうに、ツルギがイズナを睨む。


「……てめぇ」

「さて。それでもやる気はある?」


 イズナは言外に言う。

 手加減をしないということは、このまま生身で戦い合うということなのだと。


 霊子庭園なしでの戦闘は、危険が伴うため一般では禁止されている。そんな違反を前提とした堂々とした対応に、ツルギは苛立たしげに舌打ちをした。

 じろり、とねめつけるようにして彼は尋ねる。


「おい、久能。いつなら空いてる?」

「……週明けなら、まだ誰とも約束してません」

「なら空けとけ。そこで勝負しろ。いいな、手ぇ抜くんじゃねぇぞ」


 それだけ言うと、彼は不機嫌を隠そうともせずに乱暴に身を翻す。彼の後を、影の少女がひょこひょことついていく。


 ツルギが去ったあとは、まるで嵐の後のように、不自然なまでに静かになった。

 あっけにとられながらも、シオンは心配しながら言う。


「霊子庭園なしでの魔法の過剰使用は処罰の対象ですよ。大丈夫なんですか?」

「そうでもしないと、あいつは引かないと思ったからね」


 そう、彼女は苦笑を漏らす。


「あいつは無礼なやつだけど、実力は本物だ。本気でぶつかれば多少なりとも影響が残るだろう。明日約束している身としては、何事も無く終わって欲しかったんだ」

「とはいえ、随分と思い切ったことをしますね」

「はは、これくらいは誤差の範囲だよ。叢雲くんだって、ちゃんとわきまえているから引いたんだ。問題まで起こして楽しめなくなるのは、あいつも嫌だろうからね」


 堂々とした物言いは、彼女の自信の裏付けと言えた。

 校内ランキング六位。伏義イズナ。


 彼女もまた、現時点において十位以内に入っている強者だ。その堂々とした佇まいと懐の広さは、一部の間で姐御と呼ばれるような人気があるらしい。


「それで、明日は本当に大丈夫なんだよね? 私だって楽しみにしているんだから、土壇場で逃げ出したりされると困るんだけど」

「そんなことはしませんよ。むしろ、本当に僕なんかで良いんですか?」

「はは、その言い方じゃあ、自分が勝ってもいいのかって言っているみたいだよ」


 楽しそうに表情を緩めながら、彼女は言う。


 このレーティング形式のランキングでは、ランク差が大きいほど結果の反映も大きなものとなる。仮に下位の者が上位のプレイヤーに勝った場合、上位の順位はがくりと下がり、下位のプレイヤーはかなり順位が上がることになるだろう。

 しかし、それを笑い飛ばしながら、イズナは言う。


「周りが試合をする中で何もしなかったら、ほっといても順位は下がるじゃん。それなら、ちゃんと自分の好きな相手と勝負するほうが、何倍も楽しくない?」


 模擬戦に誘われた時の彼女の言葉を思い出す。



 ――君に挑戦したい。

 ――神童ではなくなった、今の君に、勝負を申し込む。



 そこには、過去の神童への興味ではなく、今の久能シオンへの闘志があった。

 ならば、全力で当たらなければならない。


「明日は、よろしくお願いします」



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