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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
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罪悪感の共依存


 かつてシオンは、一人の少女に魅入られて大きな世界へ連れて行かれた。


「あんたとなら、何だってできるって信じてる」


 確信のこもった言葉とともに、従姉弟に当たる少女はシオンの前に立った。

 自信に満ち溢れたその風体。小柄な体でありながら微塵も揺るがぬ意志。少女の瞳は爛々と輝き、遥か先だけをただ見つめていた。


「私達が組めば最強だと思う。どう、シオン?」


 彼女といると心が踊った。

 次へ、次へと前に進むことが出来た。

 彼と彼女は、競いあうようにして自己を研鑽し合った。好きなことのために努力できることは幸せだ。同学年の子どもたちが、好きでもない授業を学校で受けている中で、二人だけは、目的を持って物事を学ぶことが出来たのだから、それはまさに蜜月と言えた。


 久我(くが)アヤネ。

 思えば彼女こそが、シオンにとって初めての相棒であり、バディだった。

 物理のアヤネ(アヤネ・フィジィ)概念のシオン(シオン・コンセプト)――互いの得意分野をとことんまで追求し、はてに博士号まで授与された。若干十歳の子供が、学会で評価されるまでになったのである。


 神童と、もてはやされた。

 だから、二人は天狗になっていたのだ。

 自分たちならなんだってできると調子に乗った。

 学術方面だけではなく、実戦であっても大人など顔負けの活躍ができるのだと確信していた。迷宮探索や霊子災害の調伏にも意欲的に乗り出し、解呪不可能な神秘とされる霊子災害をいくつも踏破した。


 例えば、熱量の遡行する氷の城塞――――――――――『フローズン・マグマの氷結城』

 例えば、雷を閉じ込めた雲の牢獄――――――――『カラミティ・ジェイルの火雷天神』

 例えば、七重に円環する鏡の回廊――――――――――――『カール・セプトの鏡回廊』

 例えば、人を呪殺する悪夢の迷宮―――――――――『インクブス・レースの呪殺夢中』


 そのことごとくを、彼らは解呪していった。

 栄光をつかむ度に、彼らは増長していった。

 だから――しっぺ返しを食らったのだ。

 人工魔法(オーバークラフト)を極めたと過信した者が、次に手を出すのは自然魔法(カニングフォーク)である。


 世界そのものに挑んだちっぽけな二人は、あっさりと敗北した。

 カニングフォークの失敗は、大規模な霊子災害を引き起こすことにつながった。

 ファントムと似て非なる存在である、霊子災害レイス。

 暴走した竜を鎮めるまでに、シオンは右半身を、アヤネは両足と内臓器官の一部を再起不能なまでに破壊された。

 それは、二人の魔法士生命の終わりと同義であった。


 ※ ※ ※


 金曜日の夕方。シオンは定期健診のために、とある病院を訪れていた。

 魔法事象によって起こった怪我などを専門で扱う総合病院。テクノ学園から電車で二十分ほどの距離にあるその医療施設は、ただの病院ではなく、リハビリ施設やちょっとしたトレーニング施設などもある十四階建ての建物である。


 その最上階の一室は、もう四年もの間、一人の少女が貸しきっていた。

 月に何度か、シオンは検査通院のついでにその病室を訪問する。


「調子はどうだ? アヤ」


 病室内に入ると、上半身を起こして外の景色を見ている少女の姿があった。不健康そうな白い肌と青白い病院服が見ていて痛々しい。伸ばしっぱなしの髪の毛は、適当に手入れをされているのか少々傷んでいた。触れるだけで壊れてしまいそうな儚さに目眩を覚える。


 久我アヤネ。

 従兄妹であり、かつての相棒であり、――そして、今では負い目となっている少女である。

 彼女はシオンの方を振り向きもせずに、辛辣な言葉を返す。


「気分が悪い。帰って」

「そうか……それじゃ、仕方ない」


 アヤネの言葉に構わず、シオンはパイプ椅子を広げて座る。そして、手に持った荷物をベッドのそばの机に置いた。


「おばさんから頼まれたもの、持ってきた。なんか持ち帰るものがあったら、持ってくけど?」

「ない」

「そうか。なら、変わったことは?」

「ない」

「そりゃ良かった。学園には行ってるのか?」

「あんたに、関係ある?」


 振り向くと共に、ギロリ、と。憎々しげな瞳がシオンを突き刺す。

 それをさらりと流しながら、シオンは肩をすくめて言う。


「せっかく研究科に入学したんだから、せめて登校くらいした方がいいぞ」

「うるさい。今更、あんなところに行ってなんになるっていうの」

「それじゃあ、どうして試験を受けたりしたんだ?」


 質問を受けてアヤネは黙りこむ。ジロッと、睨みの効いた視線がシオンに向けられる。恨みがましいその瞳は、本心を語れない葛藤に耐えているように見える。


「……余計な、お世話だから、帰りなさい」

「……分かった。じゃあ、また」


 刺々しい態度はいつも通りであるが、今日は一段とイライラしているようだった。こういう時は、早めに引き上げるに限る。

 最後に、病室を振り返ると、またいつものように外の景色を眺めているアヤネの姿があった。頑なにそうするのは、入ってくる人間と顔を合わせたくないからである。その姿に寂しさを覚えながら、シオンは病室を出た。


「ふむ。今日はいつも以上に早かったな」


 扉を閉めたところで、真横から声をかけられる。

 姿の見えない声の主は、くつくつと笑いながら皮肉げに言った。


「どうした? お姫様の機嫌でも損ねたか?」

「むしろ、僕と会って、あいつが機嫌を損ねないことはないんじゃないか?」

「なるほど、確かにそのとおりだ」


 半透明だった姿が、瞬時に実体化する。

 その影は、中華風の道着を着た二十代後半の男性の姿を取る。時代錯誤な武人然とした男は、両腕を組んで壁に背をかけていた。

 シニカルな笑みを浮かべた偉丈夫は、愉快そうにシオンに語りかける。


「しかし、君も実に甲斐甲斐しい。アレからは邪険に扱われるのをわかっているだろうに、それでも足繁く通っているのだからな。私だったら我慢ならず思わず殺してしまいかねん」

「殺すなよ。自分の主人を」


 冗談ではあるのだろうが、彼が言うと冗談に聞こえないのである。

 飛燕(フェイエン)――それが彼の名前である。

 二年ほど前から、アヤネと契約しているファントムだった。ランクそのものは因子三つのローランクという低い位だが、純粋な地力では並のファントムを凌ぐそうだ。どこで見つけてきたのかはわからないが、護衛として十分すぎるほどの存在だ。

 飛燕は肩をすくめながら、唐突に謝罪を口にする。


「ふむ、すまぬな」

「なんで謝るんだよ」

「なに、主人のことを思っての行動がこうも無碍に扱われていると、さすがに従者として謝罪の一つも口にしたくなる。君が来なければ、アレは私以外の誰とも会話しないことも珍しくない。彼女はどう思っているかはわからんが、少なくとも私は君の行動に感謝している」

「別に、感謝されるようなことはひとつもしてない。これだって、罪悪感のようなもんだよ」


 本心からそう答える。

 アヤネ自身が拒絶しているのだから、本来ならば構う必要はないのかもしれない。それでも通いつめているのは、単に罪悪感を抑えられないからだ。

 四年前の事故で、シオンは右半身を損傷したが、それでも日常生活を問題なく送れる程度には復帰した。しかし、アヤネは両足の機能を失ったのだ。義足に切り替えるわけにも行かず、今でも痛みを覚えながらも、満足に動かすことの出来ない両足。

 それを思えば、自分など恵まれている方だと思う。


「君にこんなことを言うのもおかしな話だが、アヤネはあれで可愛い所があってだね。今日も、内心は後悔しているに違いない」

「……藪から棒に何言ってんだ」

「いや何。アレが君に向ける態度は、なんともわかりやすいと思ってだね」


 くっく、と笑いをこらえながら、彼は言う。


「今日だって、君の診察の日だとわかっていたからか、朝から随分とそわそわして時間を確認していた。髪の毛を整えようとしてもつれた姿など、傑作で君にも見せたいくらいだ」

「……冗談だろ。あのアヤが」

「戯言を言うならもう少し気を利かせるさ。事実の方が魅力的なのだから仕方あるまい」


 皮肉げに笑いながら、彼は言う。


「気持ちの上では複雑なんだろうが、はたから見ればこれほど簡単なことはない。アレは、君を恨むことで自分を保っているだけだ」

「それは……」

「第三者の意見だが、四年前に君たちを襲ったのは災害のようなものだ。問題は、君と彼女の間に復帰の差があるくらいだろう。だから、気持ちのやり場に困ってしまう。――自分を襲った不幸を誰かにぶつけないと、潰れてしまいそうなんだ。アレは」


 飛燕はそこで肩をすくめておどけてみせる。


「最も、君にしたところで、あえて憎まれ役を買うことで自分を慰めているのだから、どっちもどっちだがね。まったく、君たちは実にいいコンビだ。バディとして妬けるくらいに」

「よしてくれ。そんなつもりはない」

「違うと否定するか? まあ、それもいいだろう。結果は変わらんがね」


 目を閉じて、笑いを堪えるように声を漏らす。どうも、暇つぶしの道具にされているような気がして気分が良くない。

 イラつきを覚えながらも、一つ尋ねたいことがあったので我慢して向かい直る。


「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「む、珍しいな。君の方から質問とは」

「あんたは、どうしてあいつと契約したんだ?」


 飛燕は、二年前に突然現れた。

 自分には関係ないと思い、むしろ新しく相棒を作れるようになったのだと、喜びもしたものだが、よくよく考えると疑問も多い。

 今更といえば今更の疑問に、飛燕は片目を閉じてしばし思案する。


「どうして、と言えば、アヤネが私を見つけ出したからに他ならないな」


 やがて、彼は考えをまとめたのか語り始めた。


「私が『発生』した時、この身にある因子はまだ明確な形を持っていなかった。規模は弱いが、霊子災害に近い存在だったな。それをアヤネが観測することでファントムとして形を持った。その時に、彼女ならば仕えても構わないと思ったから契約に応じた。それだけのことだ」

「仕える……か」


 ふと、前から抱いていた疑問が頭をもたげる。


「そもそも、存在としての性能は、ファントムのほうが数段上のはずなのに、アンタたちは人間にへりくだることが多い。なぜだ?」


 バディ契約は対等である、という建前だが、その実、魔法士とファントムの関係は主従関係になりがちである。その一番の理由は、現実界においてファントムが自由行動をするためには魔法士からの魔力供給が必要だからだろう。

 だが、それだけが理由ならば、なにもバディ契約など結ぶ必要はない。自治体や魔法組織の管理下に入れば、狭い範囲ではあるがファントムも自由に行動できる。

 ファントムは霊体のため現世での影響は制限されるものの、その魂の質は人間など比べ物にならない。暴走覚悟で力を集めれば、単体で街一つを滅ぼせる程度の力はあるはずだ。


 故に、人間と契約するなどもってのほかだと突っぱねるファントムも中にはいる。そうしたファントムたちは、やがて暴走し、霊子災害として退治されることになる。しかし、大多数の登録ファントムたちは、魔法組織の管理下に入るか魔法士と契約する道を選ぶという。


「無論、私達にもプライドはある」


 シオンの疑問に対して、飛燕は頷く。


「元々、我々の精神の元となるのは、高次元にのし上がった存在の情報だ。人格パターンとして人間の精神が含まれているが、それにしたところで、よくも悪くも『極めた』人間であることが多い。故に、自身のあり方にはそれなりの自負や誇りがある」

「なら、どうして人間の使い魔まがいの存在になろうとするんだ?」

「契約をすれば現世での影響力が増すというのは第一に挙がるだろう。なんといっても、我々は霊体だ。例えば、今君を殴ろうとするにも、まず情報界にアクセスして現実を書き換えねばならん。常に魔法行使をしているのと変わらない。それが、契約をすれば魔力供給を受けて、日常的に現実への影響を持てる」


 より自由を得るために魔法士と契約をする。

 要するに、雇用契約のようなものなのだと、飛燕は言う。


「大多数のファントムの理由はこれだろう。雇用関係と相似すると考えれば、自然と主従に近い関係性になるのも理解できるだろう? ただ、選ぶからにはもちろん待遇が良くなければ割にあわない。やはり相性の合う人間を選びたいというのが本心だろう」

「なら、それ以外は?」

「後は明確な目的があるタイプと、魔法士の人柄に惚れたタイプだな。前者ならば目的に似合った魔法士に交渉するだろうし、後者ならば、仕えるに値するとして従事するだろう。どちらにせよ、『こいつとならやっていける』と思わないと、いい契約は結べない」

「じゃああんたは、アヤに惚れ込んだから、契約したのか?」

「否定はすまい」


 すっぱりと言ったものの、飛燕の口元は皮肉げに笑っている。


「だが、君も知っての通り、アレは目が離せない所があってね。可愛げがないくせに、歳相応の隙がある。手の掛かる子ほどなんとやらというが、我ながらお人好しだと思っているよ」


 苦笑を漏らしてはいるものの、その笑みはまんざらでもないといった様子だった。つまりは、よい関係を築けているということなのだろう。

 安心と、一抹の寂しさを覚える。

 かつて隣にあった少女のそばにいる存在に嫉妬じみた感情を抱きつつ、シオンは最後に何気ない風を装って尋ねる。


「あんたの言うとおりなら、自分から契約を迫ってくるファントムってのは、よっぽどの確信があるってことか?」

「む? まあ、それが想像に難くないといったところだな」


 質問の真意を測りかねているのか、曖昧な返事がかえってくる。

 少し考える時間を取った後、「何にしても」と、飛燕はまとめるように言った。


「ファントムも知性がある以上、人間と大して変わらん。いくら対等とはいえ、契約に寄って縛られるからには、それ相応の覚悟をするということだ」


 ほかならぬファントムからの言葉は、シオンの胸に重く響いた。



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