バディになってよ!
翌日から、七塚ミラの猛攻は始まった。
朝、登校すると。
「おはようシオン! バディになってください!」
授業が終わると。
「シオン! 今暇? バディにならない?」
移動教室のタイミングで近づいてきて。
「ねーねー。 バディになってよ!」
昼食時に周りをプカプカと飛び回りながら。
「お願いです! わたしと契約してよ!」
放課後、帰るときにも。
「あ、今から帰るの? 一緒に帰ろうよ! あとバディになって!」
少しでもタイミングを見つけては、シオンに対して熱烈なアプローチを送ってくるのだった。
最初こそ、慣れない敬語を使ったりと、どこか遠慮した風があった彼女だったが、次第に馴れ馴れしいくなり、うざったいくらいに付きまとってくるようになった。
終いには、授業中だろうとお構いなしに教室に入ってきて近くで待機しているのである。霊体化しているため授業の妨害になるほどではないが、やはり近くにいると気が散る。
それが三日目ともなると、もうシオンの我慢も限界だった。
「だぁもう、うるさい! 断るって言ってるだろ!」
もう何度も、明確に断りの言葉を言っているのだが、それでもミラは諦めなかった。
「なんで? どうしてダメなの?」
くりっとした純真な瞳が見つめてくる。
その目は、偽りを許さない目だ。
ひたすら無垢に、ひたむきに、実直に、純粋に――彼女は要求を突きつけてくる。
その視線の真っ直ぐさは、今のシオンには少しだけ重すぎるのだった。
「いーなー。シオンはよぉ」
学内に設置されているカフェテリアの一角。高等部から大学部の生徒まで、様々な生徒で賑わっている昼食時に、レオが再三になる愚痴をこぼした。
それに苦々しい思いを抱きながら、シオンはうんざりしながら返した。
「何が羨ましいんだよ。まったく」
「うわ、贅沢発言。てめぇ、ミラちゃんにあんだけ言い寄られて、何が気に喰わないんだよ。なあ、ミラちゃん?」
「そうだよ! こんな美少女が言い寄ってるんだから、ちょっとくらい優しくしてよ」
「自分で美少女って言ってんじゃねぇよ……」
当たり前のように、昼食の場にも一緒にいるミラだった。
彼女は、ぷかぷかとシオンの周囲を浮遊しながら、両手で持ったハンバーガーを頬張っている。ファントム用に作られた霊子食材であり、魔力の補給もできるのだが、どちらかと言えば嗜好品として要素が強い代物だ。一応、ファントムも通常の食事を取ることもできるのだが、それには現実での一定以上の権限が必要になる。上品にハンバーガーを頬張る少女の姿は、確かに可愛らしい。少々幼さの残る顔立ちが、無邪気さを際立たせている。
しかし、黙っていれば美少女なのは確かだが、口を開けば。
「ねえ。どうしたらわたしとバディになってくれる?」
と、平行線なのである。
もう耳にタコが出来るんじゃないかと思うくらいに、同じ問答が繰り返されている。
「わたしにできることなら、なんだってするからさ!」
「できることって、何ができるってんだよ」
シオンに問われて、ミラはきょとんとした。
んー、と可愛らしく考える仕草をした後、首を傾げながら言う。
「そりゃあ、話し相手?」
「間に合ってる」
「宿題も手伝ってあげるしさ!」
「宿題は自分でやらないと意味がない」
「じゃあ、シオンの代わりに毎日ご飯食べてあげる」
「たかってるだけじゃないか」
「もー、わがままだなぁ」
「どっちがだよ」
頭が痛くなってきた……。
頭を抑えていると、ミラがもじもじしながら言う。
「じゃ、じゃあ、とっておき。ほんと、シオンだけなんだからね」
「とっておきって、何だよ」
「け、契約してくれたら」
顔を赤くしながら、彼女はちらりと期待のこもった目で見てくる。
「わたしの身体、自由にし放題だよ?」
「身体……ねぇ」
シオンは冷めた瞳を彼女の身体に向ける。
中学生くらいの容姿。セーラー服のスカートから伸びる細い手足。ストンとまっ平らな胸。
総じて、貧相な身体。
「ハッ」
鼻で笑ってやった。
「ひ、ひどい! 鼻で笑ったな! 乙女の一世一代の告白なのに! 私を弄んだな!」
「乙女は自分の身体を売ったりしない。いい加減にしろよお前」
疲れてきたシオンは、ぐったりとしながら、絞りだすようにいった。
「もうかんべんしてくれ。嫌だって言ってんだろうが……」
「ぶー。何で嫌なの?」
子供っぽく、ミラはふくれっ面を見せる。
何でも何も、自信がないからだ。
自分の現在の実力不足を嫌というほど実感している時に、そんな面倒事に構う暇はない。
「ダメだってミラちゃん。こいつ、一回へそ曲げたら頑固なんだから」
「んー。知ってる。絶賛体験中」
「な。だから、こんな唐変木ほっとけって」
「むー、でも、そういう訳にはいかないもん」
「ならさ、俺と契約しない? それだったら、ウィザードリィ・ゲームに出れるぜ。どうよ?」
「ごめん、無理」
バッサリであった。
少なからず勇気が必要だったことだろう。あまりにもすっぱりと断られたレオは、「おう」とうめいたあと、ガタンと机に突っ伏した。
さすがに申し訳ないと思ったのか、ミラは慌ててフォローをする。
「ご、ごめんね。レオはいい人だと思うよ。けど、バディはシオンだけって決めてるの」
あまりにも一貫した主張。
この三日間、ずっと彼女はこの調子だった。シオンじゃないとダメだと。他の生徒から声をかけられても、少しもぶれずにそう答えるのだった。
「なあ。少し聞いていいか?」
「なになに!?」
シオンから話しかけられただけで子犬のように喜ぶミラ。尻尾をぶんぶん振ってる姿が見えた気がした。
「もしかして、バディになってくれるの?」
「そうじゃない。お前、どうして僕なんだよ」
これまでのいなすような対応ではなく、真剣に尋ねた。
相手が真剣なら、こちらも真剣にならないと、話にならないだろう。
「お前の目的……ウィザードリィ・ゲームで一番なるってことだったか。それだったら、俺なんかよりも、ずっと適任な奴らがいっぱいいるはずだ。一年の実技科や、二年の先輩たち。それに、大学部の方にはもっと練度の高い魔法士もたくさんいる。ウィザードリィ・ゲームをやるってだけの目的なら、僕みたいな未熟者を選ぶ必要はないんじゃないのか?」
彼女の求める、『一番』と言うのが、どの地点を指すのかはわからない。何を持って一番とするのかは不明だが、少なくとも他の魔法士と組んだ方が、確率はぐんと上がるだろう。
こんな壊れかけの魔法士を捕まえて得になることなど何もない。
それなのに、どうしてミラはシオンにこだわるのか。
「それでもわたしは、シオンがいいの」
「だから、どうして」
「最初っから強い人と組んでも面白くないよ。それに信用もできない。知ってる人じゃないと、わたしを使ってもらおうなんて、思えないもん」
「お前は僕の何を知ってるんだよ」
「知ってるよ。ずっと見てたもん。シオンが昔はすごかったってこと」
ピタリ、と。
シオンは思わず硬直してしまう。
「ん? どしたの」
空気が代わったのを感じ取ったのか、レオが疑問を口にする。
しかし、それに返している余裕はなかった。
動揺を悟られないように、あくまで自然体を装って、シオンは飲み物を口に含む。コーヒーは泥のような味がした。小さく息を吸って気分を落ち着けながらかろうじて言う。
「僕にそれを期待しているんだったら、本当にお門違いだ。昔ならともかく、今じゃ簡単な魔法でさえも結構手こずってる。実戦に使えるレベルなんてもってのほかだ」
「知ってる。それでも、わたしはシオンが欲しい」
全くブレないその精神性。
ここまで来ると驚嘆する他ない。
その強い意志は、時間さえ掛ければいつか彼女を高みにあげるだろう。目的を達成する上で一番重要なのはメンタルである。揺るがない精神を持つ彼女は、今すぐは無理でも、ちゃんとしたパートナーと、正しく研鑚を積むことができればきっと大成する。
一瞬だけ。
その隣にいる自分を、想像してしまった。
「………」
無言でシオンは立ち上がると、背を向けながら魔法式を起動する。
「『実行』『拘束』――しばらくそこにいろ」
「ん? って、え!?」
どうやらうまく起動したらしい。
ちらりと後ろを見ると、彼女の浮き上がった足に、半透明の鎖が巻き付いていた。その鎖の先は、テーブルにガッチリと固定されている。
手の中で小型のデバイスを振りながら、シオンは言う。
「この程度の術式でも、食後から今までかかった。時間かければこれくらいはできるが、瞬時には無理だ。これでわかったろ。今の僕の実力は」
「や、ちょっとまって、待ってよ!」
「というわけだ。レオ、先に行ってるぞ」
「お、おう。って、俺もかよ!」
即興で作り上げた術式だったので、範囲の指定をミスっていたらしい。一緒にレオも足を拘束されていたのだが、それに構っていられなかった。
面倒事から早く逃れたい一心で、シオンは足早にその場を去った。