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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
2/68

魔法学府の実技試験


 青いベールが空間を覆い、空間に結界が張られる。

 霊子庭園――それは現実と隔絶された結界であり、魔法で作られた疑似空間である。


 戦いの舞台であるその空間の中で、二人の学生が向かい合っていた。

 その舞台に立っている一人である痩身痩躯の不健康そうな顔色をした少年――久能シオンは、左手に握ったロッド型のデバイスを構えながら、対戦相手を正面から見据える。


(相手は実技B科の生徒。魔力性質は固形。物理属性の魔法への親和性が高い性質――)


 向かい合った相手の姿を観察しながら、状況を正確に把握していく。

 試合開始の合図が響く。

 対戦相手の生徒は右手を前に突き出す。その手首にはリストバンド型のデバイスが装着されており、魔力を通すと共に組み込まれた魔法式が起動するのが見える。

 現代における魔法は、古くから神秘と呼ばれている現象を解析して体系化し、人工で成立させる技法である。現代の魔法士は機械のデバイスで魔法式を組み、そこに魔力を通すことで事象を自在に改変する。

 故に――体系化しているからこそ、それを読み解くことも理論上は可能である。


(属性は物理。魔力の指向性を見るに、変換部はおそらく性質変化。つまり一工程目は水の生成と凍結。続けて二工程目で推進力の付与。なら、魔法式はオーソドックスな氷の弾丸。だったら物理属性の炎で溶かすか、霊子属性で叩き落とす。あるいは概念属性で氷を砕くか――)


 シオンは相手が起動させる魔法を観察し、その結果としていかなる事象改変が行われるかを見破り、その対策のためにデバイスに魔力を通す。


 読み取った通り、対戦相手の周囲に氷の礫が生成されていく。そこから一秒後には氷の弾丸が飛んでくるだろう。

 しかし、魔力を通す段階で魔法式を看破されてしまっている以上、その一秒という時間は致命的だ。通常の魔法士であれば、その一瞬で決着をつけられる。


(氷の弾丸の情報密度は極めて低い。これくらいなら物理的に対処しなくても、概念属性で脆くするだけで勝手に砕け散るだろう。だから考えるべきは隙をついて攻撃すること。あえて前に進んで弾丸を砕きつつ、霊子属性の魔力弾で相手の体を貫く)


 勝ち筋は見えた。

 すでに反撃のための魔法式は組み終わり、後は魔力を通して起動するだけだった。


 数秒後、氷の弾丸は砕け散り、代わりにこちらの魔力弾が相手をぶち抜く。相手の二工程に比べてこちらの魔法式は二つとも一工程なのだから純粋に速さで勝てるはずだ。通常の魔法士であればそれこそ一秒もいらない。


 そう――通常の魔法士であれば、の話だ。


 一秒後。

 魔法式を起動することすら出来ず、シオンの頭蓋は氷の弾丸によって粉々に砕かれた。

 視界が赤く染まり、意識が刈り取られる。


 そうして、久能シオンの霊子体は消滅した。


 ※ ※ ※


 現代において魔法とは、事象を改変する技法全般を指す。

 国立魔法テクノロジー学園――通称・テクノ学園。

 日本に六校ある魔法学府の一つであるテクノ学園は、そんな魔法現象を一般的な技術として体系化する目的で成立した学校である。


 古来、魔法とは奇跡を体現する手法の総称だった。それに対して現代における魔法技術は古代の神秘現象を解析し、人工で行うことを目的としている。


自然魔法(カニングフォーク)』と『人工魔法(オーバークラフト)


 かつて魔女や魔法使いと呼ばれていた存在は、自然と交信し、自在にカニングフォークを扱ったという。それは専用のチャンネルを開いた一部の特殊な存在にしかできない行為であり、それゆえに異端扱いされて迫害された歴史がある。

 その仕組を解析し、人の手で同じ現象を引き起こす技法を現代ではオーバークラフトと言い、それを使用する人間を魔法士と呼ぶ。

 魔法学府はオーバークラフトを修得、研究するための機関である。中でも、国立魔法テクノロジー学園は、魔法をより実用的にする研究する魔法学府である。


 久能シオンはこの春、そのテクノ学園に入学した新入生であり、現在は実技テストの一環としてマギクスアーツの試合を行っていた。


「――つ、ぅ」


 先程の試合の幻痛を覚えて息を吐きながら、シオンは実習室内の待機スペースに腰掛ける。

 現在、試験会場の一つである実習室では、体育館ほどの広さに八面の霊子庭園が展開されており、それぞれ同学年の一年生たちが試合を行っている。


 やはりまだ入学間もない一年生であるため、技術的には拙い生徒も多い。しかし、中には家系として魔法に関係する出自の者もいて、目を見張るような実力者もちらほら居た。そういった生徒はだいたい実技科であるA組かB組に偏っている様子だった。


「いやあ、負けた負けた。なんもできなかったわ」


 そう言いながら近づいてきたのは、クラスメイトの葉隠レオだった。

 活動的な短い髪に健康的な肌色と、シオンとは正反対の少年であるが、不思議と馬が合う友人だった。彼とは中学時代からの付き合いで、一緒にテクノ学園を受験した仲である。

 彼はシオンのすぐ隣に座ると、あっけらかんとした様子でぼやいた。


「生身じゃないっつっても、やっぱ死ぬのはあんま気分よくねぇな。痛覚が地味に残ってるからか、鈍い感覚がずっと残ってて気持ちわりぃ」

「霊子体の痛覚情報は、可能な範囲で残していた方が良い。霊子体での怪我に慣れすぎると、生身で怪我を負った時に反応が鈍くなる危険があるからな。もちろん、生身と同じ痛覚情報にするとショックで死にかねないから、あくまで残す程度にするべきだけど」


 レオのぼやきに対して、シオンは生真面目に言葉を返す。

 霊子体とは魔力で作った擬似的な肉体のことである。その役割は多岐にわたるが、基本的な役割としては、魔法を行使するための代理の体として作製した魔力の身体だ。


 霊子体の利点は、生身では危険な行為でも行うことができる点だ。例外こそあるが、霊子体で受けた傷は基本的に現実には反映されない。そのため現代の魔法の修練は、霊子庭園という情報空間を作成し、その中で霊子体となって行うことが多い。


 ただ、死なないし痛みも鈍いとは言え、自分の身体が傷つく様子は精神的にきつい。この精神と肉体のギャップに慣れることが魔法士としての最初の試練とも言える。


「シオンは昔から魔法を使ってたんだよな? 霊子体の違和感って慣れるもんなんか?」

「慣れるけど、違和感は無くさない方が良いって教わった。理由はさっき言ったとおりだ。霊子体はあくまで体の延長として扱うのが正しい運用というのが現代の考え方だ」

「へぇ。なるほど。――ま、今の俺はまず、まともに霊子体を維持するところから始めないとな。補助無しで十分以上の維持が出来んの、クラスの中だとシオンと草上くらいだろ? 他のクラスじゃほとんど出来てるのに。やっぱDクラスは伊達じゃねぇってね」


 やれやれ、前途は多難だとレオは大げさに肩をすくめて見せる。

 Dクラスというのは通称で、シオンが所属するクラスは技術科という名前である。

 テクノ学園は、実技A科、実技B科、研究科、技術科の四クラスに分けられている。


 実技A科は実戦魔法士、

 実技B科は支援魔法士、

 研究科は魔法研究全般、

 技術科は魔法技術開発、と言った分類である。


 二年生以降は本人の進路希望も加味されて所属が変わるのだが、一年生の場合は入学試験の結果が大きく反映される。つまり、殆どが試験の成績順なのだ。そのため、一番下の技術科は筆記も実技も芳しくない生徒が集まることから、通称Dクラスなどと揶揄されている。


「何が嫌味かって、入学間もない時期の実技試験を全クラス合同で行う所だ」


 小さく息を吐きながら、シオンは試験場に目をやりながら言う。


「入学時点の成績の差が一ヶ月程度で埋まるわけもない。下位のクラスは上位のクラスを見て奮起する――なんて言うには、実力差がありすぎてやる気もなくなるだろう」

「はは、案外それが目的だったりしてな」

「残念ながら、それが正解だ」


 レオの冗談に、シオンは生真面目に頷く。

 この学園の校風については事前に調べていたから理解している。

 それは、徹底した適正主義。

 競技適性のある生徒は競技に、魔法式の構築が得意な人間は構築に、学術的な体系研究が得意な人間は研究に――そうやって、それぞれの適性を伸ばす方に支援するのが、テクノ学園の指導方針と言われている。故に、二年生以降のクラス分けは有名無実となり、各々が得意な分野で一定単位を取得すれば卒業できるようになる。

 だからこそ――一年の時点で魔法を扱う能力の高い生徒は徹底的に伸ばし、逆にその才能がおぼつかない生徒は、早い時期から別の分野への進路を意識させるように誘導されている。


「入学してから一年間で化ける生徒もいるが、そういうやつには逆境を与えた方が良い。クラス分けがされていると言っても、学ぶ内容は同じなんだから、あとはどれだけ独自に修練を積めるかだ。そういう意味では、クラス合同と言う形式は実力の相対化を意識させる上で決して悪いやり方じゃない。けど――それが意味を持つのは向上心のある生徒だけだ」

「んー? シオンはむしろ、そっちの方が性に合ってるんじゃないのか?」

「……個人的には、そうだよ」


 シオンは歯切れ悪くうなずきながら、そっと自身の右腕を撫でる。

 大半が人工物となった違和感の残る右腕を意識しながら、小さく息をついた。


「でも、それは突き詰めると能力主義になるから、技術普及を掲げるテクノ学園の理念とは相反するって思うだけだ」


 魔法を技術普及という観点で研究する学園が、何よりも才能や能力が重要視される環境であるのは、なんとも皮肉が効いていると自嘲気味に思うのだった。


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