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ウィザードリィ・ゲーム オルタレーション  作者: 西織
第一部 まだ青き出藍の鏡
1/68

プロローグ 魔法競技


 競技場は歓声と熱気にみちていた。

 いつの時代も、どの世界であっても、競技大会というものは至上のエンターテイメントとして人を魅了する。

 選手たちが磨いてきた技を競い、意地を張り、しのぎを削る。それはまさに人と人のぶつかり合いであり、一つの芸術といえるだろう。


 ウィザードリィ・ゲーム。

 それは、魔法士たちの織りなす、総合魔法競技会である。


 魔法士たちは霊子庭園と呼ばれる結界を展開し、霊子体となって競技を行う。

 競技には多くの種目があるが、中でも一番の人気は『マギクスアーツ』と呼ばれる競技だ。

 各所に設置されている巨大ディスプレイには、霊子庭園で行われている競技の一部始終が映っている。二人の魔法士が手に持ったデバイスを振りかざし、互いの持つ魔法をぶつけあっている。霊子体を保てなくなるまで戦うというシンプルなルールが人気の花形競技である。


 耳をつんざくような歓声が絶え間なく競技場に響き渡っている。その様子を、久能(くのう)シオンは居心地の悪さを覚えながら見ていた。

 彼のすぐ隣では、クラスメイトの葉隠(はがくれ)レオが、興奮のあまり立ち上がって応援している。


「おいシオン見ろよ! あの爆発魔法! すげぇぞありゃ」

「ああ、見てるよ」

「うお! 相手の方も負けてねぇ! なんだあの凍結魔法。あんなことできるのかよ」


 いちいち騒がしい彼であるが、この場においてはレオの反応のほうが正常であり、周りを見渡せば、同じように興奮してまくし立てている観客も多い。

 ちらりと、レオの更に隣に目をやると、そこには同じくクラスメイトの姫宮(ひめみや)ハルノがいる。基本的に大人しい彼女は、奇声じみた歓声をあげることこそないが、両の手を強く握って食い入るように画面を見つめている。彼女なりに興奮しているのか、試合の動向によってかすかに身体を揺らしていた。


 ウィザードリィ・ゲームの試合を見に行こうと言い出したのはレオだった。

 地区予選のチケットが四枚あるとかで、仲間内で誘い合って競技場に来たのだ。実はもう一人、草上(くさかみ)ノキアという少女も来る予定だったのだが、寝坊したので置いてきた。


 試合そのものは確かに面白いが、周囲の熱気に当てられたせいで、少々冷めた気持ちをシオンは抱いていた。純粋に魔法競技としての盛り上がりに加えて、公営ギャンブルとしての側面もある所為か、一部は熱狂具合が過剰な様子が見られる。そうした様子を一歩引いて見ていると、冷めた自分を自覚してしまう。

 試合予想の賭博券でも買えばよかったかなぁ、などと思いながら、第四回戦の行く末を見守る。


 現代において、魔法競技は魔法士にとって大舞台の一つだが、魔法がこのように興業として成立したのは近年のことである。

 一世紀ほど断続的に続いていた霊子戦争と呼ばれる戦争が終結したのは三十年前になる。世界各地で起きていた異界からの攻撃は終結し、世界はようやく復興を遂げていた。そのさなか、戦争で一般に普及した魔法という技術が興業としての広まりを見せていた。


 純粋に自身の肉体のみを使ったスポーツ競技もまだまだ人気だが、魔法競技はその派手さから、見る側に多くのサプライズを与えてくれる。いわば民衆好みの娯楽となった。

 シオンたちが通う国際魔法テクノロジー学園においても、競技専門の授業が存在するくらいだ。また、日本に六校ある魔法学府が一年に一回集まって行われるインターハイは、世界中から注目されるイベントである。


 気が付くと、歓声の様子が変化した。試合の決着が付いたようだ。

 競技場に二人の選手が姿を現す。霊子庭園の展開が解けて生身の選手が帰還したのだ。魔力でできた霊子庭園内で負った傷は、現実界にはほとんど反映されない。多少の精神や肉体への負荷はあるものの、死亡するようなことはまずない。

 第四試合が終わり、昼休憩を挟んだ後、第五試合が行われる。今日は地区予選の決勝まで行われる予定だから長丁場だ。


「やー。やっぱ間近で見るとすげぇな。魔力の残滓みたいなのも飛んでくるし、すげぇ臨場感あるぜ。なあ、姫宮?」

「う、うん。すごかった。まだ、ビリビリしてる」


 おもいっきり背伸びして楽しそうに話を振るレオに、ハルノが興奮を隠し切れない様子で手を強く握りこんで答える。二人とも試合を存分に満喫しているようだった。

 ある程度実力が均衡している試合はやはり盛り上がる。他の観客たちも、興奮を抑えきれないように口々に感想を言い合っている。

 その熱が覚めないうちに、レオはパンフレットを取り出して次の試合を確認する。


「午後はどの試合見るよ? 俺的には、この選手がすげぇ気になるんだけど」

「次を考えるのもいいけど、とりあえず昼食にしないか?」

「それもそうか。よーし、じゃあ飯だ!」


 三人連れ立って、競技会場に出ている出店や飲食店を見て回る。三万人収容可能な巨大スタジアムは、気を抜いたら人混みにまぎれて迷ってしまいそうなほど広大だ。

 建物内には、いたるところに屋内ディスプレイがあり、そこでは先程までの試合のハイライト映像が流れていた。同時間に行われている他の試合は見ることができていないため、つい見入ってしまう観客たちも多い。


 そんな中、一人、気になる少女の姿があった。


 ディスプレイを食い入るように見ているその少女は、休日だというのにセーラー服姿だ。年の頃は中学生くらいだろうか。ショートカットの髪型と、子供っぽい赤いリボンが年齢を幼く見せている。そこまでは至って普通の少女なのだが、ひとつ異質なのが、彼女の身体はプカプカと浮遊していた。


(ん? ……あの子、ファントムか)


 霊子生体ファントム。

 明確な自我を持つ霊的存在のことを指す魔法用語である。何らかの逸話や伝承が形を持った神霊であり、一世紀ほど前からその存在が定義され、先の戦争においては中心に立っていた、生命の上位存在と言われている。


 現代においてはファントムにも一定の人権が認められており、こうして公共の場でも見かけることがあるが、その多くは生きた人間と共に行動している。ファントムたちが現実世界に干渉するためには、特殊な霊地を除けば生身の人間の力が必要になる。


 見たところ、相方となる人間の姿も見えないため、珍しいと思った。

 少女は、穴が空く程にじっと画面を見つめている。

 繰り返し移される試合風景。魔法士たちが技と技を競い合い、意地を張り、しのぎを削るその姿を、一時も見逃さぬように。


 その必死な様子は、あまりにも一途で、ひたむきで、純粋で――目を離せない。

 なぜだか、目が離せないのだった。


「どうしたの? 久能くん」


 ハッと、声をかけられて我に返った。

 立ち止まっていたシオンを不審に思ったのか、ハルノが近づいて袖を引っ張っていた。


「悪い、ぼうっとしてた」

「そ、それなら、いいけど」


 気弱そうに言う彼女を安心させるように頷くと、待ってくれているレオの元に急いだ。

 最後にちらりと後ろを振り返ると、そこには、まだファントムの少女が、試合映像を見つめている姿があった。



生まれたてのファントムと凋落した元神童のバディの物語、ここに開幕です。

久能シオンと七塚ミラの活躍をどうか見守ってください。

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