どうして私が怒っているのか、分かっていますか
ジュリアン様は、目を見開いた。
それはルアンナも同じようで、ふたりして絶句している。
金縛りから解かれたのは、ジュリアンが先だった。
「……何を言ってるんだ。シャーロット」
彼は、ため息交じりに言うと私の前まで歩いてきた。
「そんな駆け引きなんてしなくても、僕はきみが好きだよ」
????
駆け引き?誰が?私が??
唖然としそうになったが、冷静に、とこころの中で呟いた。
「駆け引きではないですし、さっきも言ったとおり私はもうあなたを好きではありません。以前の私たちとは関係が逆転しましたね」
そっと、微笑んでみせる。
言外に、『記憶を失う前の私はあなたを愛していたけど、あなたはそうではなかったわよね』という嫌味を含んでいるのだが彼は気がついているだろうか。
ジュリアン様は眉を寄せて、さらに言った。
「あのさ、シャーロット。今のきみは混乱しているんだ。事故に遭ったばかりだろう?ほら、今度王都の湖畔にでも行こう。行きたがってたじゃないか」
「行きたがっていたのは、以前の私で今の私ではありませんね」
「僕と一緒にいれば、記憶が戻るかもしれない」
「ご冗談ですよね?ひとを見る目もなく、他人に良いようにされるだけの人生なら、思い出さない方が幸福ですわ」
にべもない私の返答に、ジュリアン様はますます焦ったようだった。ルアンナは、といえば私たちの会話をハラハラした様子で聞いている。
彼女が私に言った。
「お義姉様、ごめんなさい。私のせいですか?」
「あなた方を見ていて、総合的に判断しました。お父様にも後ほどお伝えするつもりです」
「ルアンナが原因なのか?でも、ルアンナは僕の妹なんだ。きみも以前は仲がよかったじゃないか。社交界に馴染めないルアンナを気遣ってくれた。あの優しいきみはどこに行ってしまったんだ?」
「……意地悪な言い方をしますけど。あなたたちの言う『優しいわたし』というのは、あなたたちにとって都合のいい人間、という意味ですよね?そんな意味合いを持つ【優しい】なんて称号なら、要りませんわ」
「僕が愛しているのはきみだけなのに、何が不満なんだ?」
「私の話、聞いてます?」
だめだ。根本的に話が噛み合わない。
どうして、彼は私の意見を【嫉妬した女の悋気】で片付けてしまうのだろう。
過去の私が、いくら彼にのぼせ上がっていたとしても、今の私は彼を愛していない、ときっぱりと言ったというのに。
「この婚約は、私が無理を言って結んだものなのですよね?それなら、解消してあげます。喜ばしいことでしょう?」
「だけど僕は、きみと過ごすうちに居心地が良くなった」
そりゃあ、義妹へのプレゼントの請求書を押し付けられるのだものね。
いくら注文をつけても断らない、金払いのいい婚約者。
居心地がいいに決まっている。
ていうかそれ、ほんとうに婚約者っていうの??
愛人に貢ぐ女となにが違うのかしら……。
「シャーロット。きみは今、記憶が無いから不安定なんだ。すまなかった、僕は配慮に欠けていた」
配慮に欠けていた、だぁ~~??
配慮どころか全てにおいて気遣いとか、本来あってしかるべき婚約者としての関係性すらなかったと思いますが??
「だから、ルアンナを悪くいうのはよしてやってくれないか」
「は…………」
その時、ぷちん、って音がした。
絶対、音がした。今、した。
ひとを馬鹿にするのもいい加減にして。
そう、強く思った時。
ピシ、と音が聞こえた。
それは気のせいのように感じたが、ジュリアン様はその微笑みを硬直させた。
「シャ、シャーロット。どうか怒りを鎮めてくれ」
「あなたは、どうして私が怒っているのかすら、分からないのでしょうね」
また、ピシリ、という音。
それは気になったが、私は完全に頭に血が上っていた。
「嫉妬?悋気?それ以前の問題です。あなたは私を軽んじている。いくら、私があなたを好きで、私から頼み込んで成された婚約なのだとしても。あなたはあまりに私に不誠実すぎる。どこかで、私を見下しているのではありませんか?」
「ま、待て。シャーロット。僕が悪かった。だから」
「何が悪いかもわからないのに、謝罪されるのですか?そんな安い謝罪は結構です」
私はそう言いきってから、ずっと。
ずっと、抱いていた疑問──おそらく、真実であるその言葉を口にした。
「あなたは、【シャーロットなら何をしても怒らない】。婚約をしてあげているのだから、これくらい構わないだろう。そう思っているのではありませんか。もしそうなら、あなたは私を馬鹿にしすぎです」
「お義姉様!ごめんなさい。私が悪かったの。まさか、お義姉様がそんなに嫌がっていたなんて。言ってくれれば……」
どうしてか、ジュリアン様の顔色は悪く、代わりにルアンナが懇願するように私に言った。