また同じひとに恋をした
帰りの馬車に乗り込む際、リュカが私を呼んだ。
「待って、シャーロット」
不思議に思って振り返ると。
すると、リュカは宵闇の中でも分かるほど頬を赤く染めていた。
彼は私を見ると、気恥しげに視線を逸らし、私に聞こえるくらいのちいさな声で、言った。
「……そのドレス、髪も。よく似合ってる。きみに」
「……!あ、ありがとう」
彼の雰囲気に、私もあてられてしまって目を合わせられない。思わず、私もリュカから視線を逸らし、俯いた。
照れが先行してしまって、気の利いた言葉も出てこなかった。
だけど、気恥しいのはリュカも同じようだ。
お互い何を言うべきか迷って、不自然な沈黙が落ちた。
そこに声をかけたのは、お兄様だった。
「ほら、シャーロット。帰るぞ……って、お前達何してるんだ?」
☆
「そういえば、リュカのやつ、結局ハスラー家のご令嬢と踊らなかったぞ」
「……そうなのですか?なぜ?」
あの後、私はリュカと別れて、昔からの友人であるクラーラ家の三女、フェリスと会話を楽しんでいた。
そのため、リュカがあの後どうしたかは分からなかったのだ。
私が驚いて言うと、お兄様はどこか言いにくそうにしながらも教えてくれた。
「いやぁ、あの公開告白を見たらさすがに、なぁ……」
「上手くお相手は手配してくださったの?」
「クリストファー殿下にご助力いただいて、フェリクス殿下がダンスに誘われた、から大丈夫だ」
「…………」
結局、兄はクリストファー殿下に頼ることにしたようだった。
あの時、困ったらクリストファー殿下に行くよう言葉を含ませたのは正解だった。
私がそんなことを思っていると、お兄様は話を続けた。どうやら、まだ続きがあるようだ。
「その後、彼女の顔馴染みだという令息がやってきて、まあ、失恋したご令嬢を慰めていたから大丈夫だろう。俺は、あれでまとまると思うな。いい雰囲気だったから」
「そう……」
それなら良かった。
リュカが女性から好まれることは知っているし、過去、何度なくその場面を目にしてきた。
何を考えているか分からないリュカは、ミステリアスだと言われ、女性たちから評判が良い。
口下手なのは寡黙と受け取られ、冷たげな容姿もクールに見られているのだ。
(リュカはとにかく女性に好かれやすいもの。ハスラー家のご令嬢のようなことは今後もあるだろうし、しっかりしないと……!)
私は決意新たにそう思った。
それを見て、お兄様がなんだか残念なものを見る目で私を見てくる。
「……なぁに?」
「いや、リュカはあれでいて、あまり心配はいらないぞ。何せ今までずっと浮いた噂がなかった男だぜ?お前が心配するようなことは無いと俺は思うけどな」
お兄様はそんなことを言いながら足を組む。
私はそれを見ながら、確かに……と思いつつもお兄様に反論した。
「それで安心できないのが、乙女心というものなのよ、お兄様」
私が彼を好きでいる限り、私の奮闘は終わることはないだろう。
☆
春の大舞踏会での盛大な告白は、やはり噂になったようで、あれから社交界はその話で持ち切りだった。
私はライティングデスクの前に座りながら、自身に届いた手紙を開封していた。
リュカとの馴れ初めを教えて欲しい、という友人からの手紙が、あの夜会以来ひっきりなしに届く。
封を切る度に私は苦笑する。
特に、昔からの友人は私とリュカの仲の悪さをよく知っているので、興味津々といった様子だった。
私とリュカの婚約は正式に調い、婚約期間は二年と決められた。
私とリュカは十八歳。
リュカはともかくとして、私は適齢期ギリギリである。ほんとうなら今すぐにでも結婚するべきなのだけど、それではあまりに体裁が悪いため、設けられたのが二年という婚約期間だった。
(……どんな二年になるかしら?)
友人知人からの手紙の封を次々に切りながらそんなことを考える。
そして、最後に手に取った手紙を見て、私は目を見開いた。
その差出人は、ちょうど今考えていたひとだったから。
封を切り、中の手紙を確認する。
それは、一通のメッセージカードだった。
「ふふ、リュカっぽい」
【植物園に行こう。きみと、あの花を探したい】
短いのが、何とも彼らしいな、と思った。
同封されているのは、ドライフラワーにされた、リモニウム・アウレウムだった。
これは、乾燥地帯によく見られる植物だそうで、入手は困難だったことだろう。
少なくとも、ロントウェルでは見られない花だ。
きっと、手間をかけて取り寄せてくれたのだと思う。
私は、ドライフラワーを手に取って匂いを嗅いだ。
仄かに優しい、甘い花の香りがする。
それが、胸をいっぱいにさせた。
リュカの言うあの花──というのはリモニウムのことだろう。
リモニウム・アウレウムはこの国には咲いていないから。
私はリュカに返事を書こうとして、ぴたりとその手を止めた。
少し考えてからテーブルの上の呼び鈴を鳴らす。
「どうされましたか?」
やってきたのはエマだった。
私はスツールから立ち上がると、エマに言う。
「ツァーベル公爵家に伺うわ。……先触れを出してくれる?」
お返事は、手紙ではなく直接しようと思ったのだ。
私が言うと、エマはにっこりと笑って頷いた。
「かしこまりました!」
彼女が部屋から退室していくのを見送りながら、私は過去に思いを馳せた。
(リュカとは長い付き合いだし、幼馴染だけど……)
それでも、知らないことはたくさんある。
私は、恋人としてのリュカを知らない。
だから、この二年は彼を知る期間になるといいな……なんて、そんなふうに思っているのだ。
そう思いながら、私はツァーベル邸に着ていくドレスを選ぶことにした。
fin.
本当は十万文字前後での完結を予定していたのですが、なぜかその倍近くなりました。
そのうち、二人のその後のお話とか書きたいです。
書きそびれたエピソードもあるので…
多分また長くなってしまう気はするのですが。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました!またどこかでお会いできれば嬉しいです。