春の大舞踏会
そして、時は流れ──春の大舞踏会。
私は、リュカのエスコートを受けて夜会に出席していた。
私はリュカの髪色に合わせ、本日はオフホワイトのドレスを身につけている。胸元はスクエア型にカットされており、細かな銀の刺繍を施したレースが首元までを覆っている。
二の腕までの袖はふんわりとしたチュールで包まれており、腰から足元にかけては水色のシフォンでドレープが作られ、彼の瞳の色に近い色合わせになっている。
白のドレスはまるでデビュタントの令嬢のようだけど、腰から下はスッキリとしたデザインなので十八歳の私が着てもおかしくはないだろう。
(エマやリラは絶賛してくれたけど……こんなデザインのドレスは初めて着たからなんだか落ち着かないわ)
ちら、と私はリュカを見た。
リュカは、いつも遊ばせている髪を襟足でひとつに纏めていた。
私と目が合うと、彼が笑みをうかべる。
……ふと、ジュリアンには散々エスコートをすっぽかされたわね、とどうでもいいことをなぜか今思い出した。
リュカの腕に手を添えながら入場すると、とうぜんだけど、たくさんの注目を浴びることなった。
私たちは知人に挨拶を済ませ、私たちの関係に興味津々と言った彼らの質問を何とかやり過ごすと──壁際に控えた。
お互い、疲労を覚えている。
なんだかドッと疲れた気がして、私とリュカは顔を見合わせるとどちらからともなく、笑みを浮かべた。
その時、ダンスの時間となった。
一曲目は、カドリール。
国王ご夫妻がダンスホールへ向かい、優雅に踊り出した。
それを見つめながら、リュカがそっと私に尋ねてくる。
「……疲れたね。踊れそう?」
「もちろん。私、結構タフなのよ」
「それは知ってる」
リュカがまたくすりと笑い、しばらくするとカドリールが終わった。次はワルツだ。
今もっとも人気の、流行り曲だ。
楽しげな雰囲気が会場を包み、既に何組かダンスホールへ向かっている。
私も、リュカにエスコートされながらダンスホールへ向かう。
周囲の注目が集まるのを感じて、私とリュカはまた、目配せし合った。
ワルツの曲が流れ始めると、私とリュカは音楽に合わせて、踊り始める。
何度かツァーベル邸で練習していたとはいえ、リュカのエスコートはとても上手だった。
ツァーベル公爵夫人に長年付き合わされていただけある。
ちら、と彼を見ると、リュカが私の視線に気がついて、微かな笑みを浮かべた。
それにざわり、と周囲がざわめく。
リュカは、あまり表情を変えることが少なく、言葉数も少ないので、冷たげな印象を受けやすい。
クールで冷静沈着、落ち着いた雰囲気に、氷のような容姿──銀の髪に、灰青の瞳。
ほんとうに、彼こそが氷にまつわる異能を持っているべきだ。そう思うほどに、彼は氷属性に相性のいい気配を纏っている。
だからこそ、その彼が笑ったことに周囲は驚いたのだろう。
(でも……リュカだって笑うわ。とうぜんじゃない)
冷たげな印象を受けるひとだけど──実際はとても話しやすいひと。
そして、優しいひとなのだと、私は既に知っている。
とはいえ、幼馴染なのにそれを知ったのは、セカンド異能を得てから。
それはあまりにも情けないことに思えて、私はそっと視線を外した。
私は、あまりにも情けない顔をしていたのだろう。リュカが小声で私に尋ねた。
「どうした?」
「……私はつくづく見る目がなかったなぁ、と猛省しているの」
リュカのことを誤解していたし、ジュリアンに惹かれてしまうし。
それを猛省して呟きを返すと、リュカは驚いた様子を見せた。
そして、彼は急に私の腰をホールドし、ふわりと抱き上げた。
「きゃ……」
そして、一回転。
抱き上げられたままくるりと回されて、目を見開く。
派手なことをしたものだから、とうぜん会場の視線はこちらに集中する。
すとん、と私を下ろすと、また何事も無かったのようにエスコートし、ダンスを再開した。
「なっ……な、な!」
驚きのあまり、上手く言葉が出ない。
しかし、大きな声を出しては周囲に聞かれてしまう。
私は、【淑やかな淑女】──白百合のような令嬢として社交界では通っているのだから。
とはいえ、ジュリアンとの婚約が偽装、そして調査のためだったと明らかになってからは、【強かで気が強い】──鈴蘭のような令嬢と、ちらほら言われていることは知っているのだけど。
それでも、控えめで淑やかな態度は崩さずに、私は微笑みを浮かべてリュカに言った。
「急に何するの!」
もちろん、小声で。
それに、リュカはちらりと私を見た。
抗議するように。
「……きみが、いつまでもあの男に囚われているようだったから、忘れさせたかっただけだけど?」
「っ……そ、そういう意味じゃなくて!ほんとうに私は愚かだったなと反省しているのよ。リュカの言う通りだった、って。それに今更、気がついたところで遅いのは理解しているのだけど、なんて馬鹿だったのかしら……と思っているのよ。一時でも、あんな甘言に乗ってしまった」
ぽつぽつと、私は過去を振り返ってそう言った。
それは、彼からの慰め待ちとかそういうわけではなく、ただ事実を口にしたまでだったのだけど。
リュカは、冷たく私を一瞥すると、短く言った。
「俺は、自分を卑下するきみは見たくない」
「………うん」
「今日は、特別な夜でしょう?反省は、また今度にして」
気にしなくていい、とは言わないところが彼らしいな、と私は笑った。
気がつけば、曲は終わり、二曲目が始まりそうだった。
いつもなら、ここでダンスをやめる。
だけど、今日は。
──その時。
「ツァーベル卿、良かったら、その……」
女性の声だ。
ふたりして視線を向けると、そこには頬を赤く染めた可憐な少女がいた。
年齢は、私より三歳ほど年下だろう。デビュタントしたばかりのように見える。
薄い茶色の細い髪を丁寧に編み込んで、青の花──デルフィニウムだろうか、を挿している。
未婚既婚問わず、人気な花だ。
花言葉は、【あなたを幸せにします】。
幸せな結婚を願う未婚の令嬢が身につけることも多いし、夫婦円満を示すために既婚の婦人が髪に挿すことも少なくない。
令嬢はまつ毛を伏せて、おそらく羞恥からか微かに震えながらリュカを誘った。
通常、ダンスは男性から誘うもの。
その無作法を侵してまでリュカに声をかけたかったのだろう。
彼女も常識から外れたことをしている自覚はあるようで、今にもこの場から逃げ出したそうなほど小刻みに震えていた。
この場合、リュカはその意を汲んで彼女の誘いに乗るべきだけど──。
私は、そっとリュカの袖を引っ張った。
リュカがこちらを見る。
私は令嬢に視線を向け、声をかけた。
「ハスラー伯爵家のご令嬢ですね。私は、シャーロット・シェーンシュティットと言います」
声をかけられた令嬢──ハスラー家の娘は、ハッとして私を見た。
動揺したように視線をさまよわせるので、私は笑みを返す。
「リュカは今私と踊っていて──」
そこで私は視線を巡らせた。
そして、目的の人物を見つけると、手をヒラヒラとさせて相手を呼ぶ。
どうやら、そのひとは私の合図に気がついたようだ。
「どうした?シャーロット」
来たのは、兄のヘンリーである。




