事の顛末
そして、私はリュカと共に王都に戻った。
ダニエル・ボレルは正式に王城で取り調べを受けることとなり、まあ、出るわ出るわの悪事の山だった。
もはやどれで罪状を確定すればいいのか、というほどだ。
賄賂、横領、脱税、偽装、隠蔽工作、しまいには、禁じられている人身売買や爵位を賭けた賭け事にまで関与していて、彼に取り立てられていた貴族家がいくつかあるということだ。
叩けば叩くほどホコリが出るので王城、特に担当の文官は目を回すほどの忙しさだと言う。
しかも、それに並行してジュリアン・ザイガーの件も取り調べを進めているそうなので、王城内がてんてこ舞いだ。
その中でひとつ、ある事実が明るみになった。
それは──。
「ルアンナがザイガー子爵家の血を引いている……?」
答えたのは、クリストファー殿下だ。
本日は、彼がジュリアンの件の報告のため、シェーンシュティットの邸を訪れていた。
クリストファー殿下は、優雅に足を組み、カップに口をつけると、頷いて答えた。
「断言は出来ないんだけれどね。可能性としては高いと思う。何でも、ザイガー子爵家には数代にひとり、【隠蔽】の異能を持つ子供が生まれてくるらしい。最後にその異能がザイガー家に現れたのは今から二百年ほど前ということで、すっかり忘れ去られていたとのことだよ」
「──そうでしたか。……あの、本物のジュリアン・ザイガーは?」
何となく、テーブルの上のカップに広がる水面を見つめながら、尋ねる。
クリストファー殿下は、落ち着いた声で答えた。
「【自白】の異能を持つ異能騎士が尋問に当たったところ、本物のジュリアン・ザイガーはやはり既に亡くなっているようだ」
「……」
「だけど、殺めたのは彼ではない。経緯は、我々が思うようなものではなかったんだ」
自白を強要されたジュリアンが言うには、ジュリアン・ザイガーはもともと体が弱く、余命宣告を受けていたほどだったらしい。死を目前にした彼がしたことは、市井に降りて、一市民として遊ぶこと。
そこで、彼はジュリアン・ザイガー……今、ジュリアンと名乗る男と出会った、とのことだった。
「そこで彼らがどんな話をして、なぜ彼がジュリアン・ザイガーに成り代わったのかまではまだ聞き出せていない。無理に聞き出そうとすると、自死をしかねないからね。ただ……」
「……ジュリアン・ザイガーは悪人ではないと?」
言葉を引き継いで、顔を上げるとクリストファー殿下は苦笑した。さらりと、彼の金髪が揺れる。
「そういうわけじゃない。なにか、彼にも事情があったのかもしれない、というだけの話だよ。ただ、どんな経緯があったにしろ、貴族に成り代わり、ひとを騙し、あなたを殺そうとした。然るべき罰は受けるべきだ」
「そうですね。それが良いかと思います」
既にジュリアン・ザイガーが偽物であったことは周知されている。
どんな経緯があったにしろ、彼がしたことは犯罪で、許されることではない。
「……ところで、あなたはリュカといつ婚約をするんだい?社交界では、既に噂になっているようだけれど」
「んぐっ」
突然、話題転換したと思ったら、とんでもない爆弾を落としてきた彼に、私は思わず吹き出しそうになった。
すんででそれを堪える。
(相変わらず……!!いきなりとんでもない話題を投げてくる方だわ!!)
「んっ……!ふ、ぅっ、んんっ」
妙な咳払いを繰り返したために、喉が痛む。紅茶が変なところに入ったのだ。
無理に咳を押し留めて、顔を上げた。
苦しみのあまり、思わず涙目になった。
それに対し、クリストファー殿下は実に優雅に足を組んで、私を見ている。
「あなたの婚約が、実は偽装で、ザイガー家を調査するためのものだった──と明らかになったからね。もともとあなたたちふたりは、社交界で噂されていた。あなたがジュリアンと婚約して、その噂も下火になっていたけれど……ジュリアンとの婚約が偽りだったと知れて、噂が再燃しているようなんだよ。……それはあなたも知っているでしょう?」
「……知っております。ですから、次のシーズンで答えを出そうと思います」
クリストファー殿下は、私の言いたいことがわかったのだろう。
おや、という顔をした。
次のシーズン──春の大舞踏会。
そこで、私とリュカは三回、踊る約束をしている。
彼とその約束をした時のことを思い出してしまい、じわじわと頬が熱を持つ。
それを見たクリストファー殿下が目を細めて笑み、うんうんと何度か頷いた。
「ツァーベルとシェーンシュティットが縁付くのは、王家としても喜ばしい。あなたたちの婚約を、私も楽しみにしているよ」
そう言うと、クリストファー殿下は席を立った。
本日は、ジュリアンの件がどうなっているかを教えに来てくれただけで、彼は本来とても忙しいひとだ。あまり長居するわけにはいかないのだろう。
彼が腰を上げたので、私も席を立つ。
そのまま城に戻る彼を見守るために玄関ホールまで行くと、不意にクリストファー殿下が振り返った。
「それじゃあ、シャーロット。結婚式には呼んでね」
「……気が早いですわ」
「私が即位する前までに頼むよ。王となったら、なかなか臣下の式には出席できないんだ」
「そこまで遅くなりません」
私が返すとクリストファー殿下は楽しそうに笑った。よく笑うひとだ。
以前は、何を考えているのかわからないひとだと思ったけど──案外、彼は面白い、いや、楽しいひとなのかもしれない。
そうして、クリストファー殿下は城に帰っていった。




