やはり、食えない男ですわ……
未だ重い空気が漂う邸内で、クリストファー殿下が重たいため息を吐いた。
「……これで一件落着──とはまだいかないけれど。これから取り調べ、尋問、徹底調査と続くからね。だけど、それでもジュリアン・ザイガーを捕縛できたのは大きな一歩だ。あなたの協力のおかげだよ、シャーロット」
「…………ジュリアンは、ルアンナは、どうなるのでしょう?」
尋ねると、クリストファー殿下は苦笑して肩を竦めた。
「ジュリアンは、取り調べが進まないと何とも言えないな。彼がこの件だけでなく、他の事件にも関与しているようだったら、ことはもっと複雑だし──。ルアンナ……彼女の方は、失うには惜しい異能だからね。境遇を考えても情状酌量の余地があるから……監視の元、まずは教養……。常識とかが欠けてるよね?そっちの方面を教えるべきかなぁとは思うけれど……あなたはどう思う?」
尋ねられて、私は一瞬、言葉に詰まる。
ルアンナにはさんざん嫌な思いをさせられてきた。
無邪気な嫌味を言われたし、非常識な発言に苛立たせられたし──だけどそれも、教育の欠如、ということなら……。
「私も殿下のご意見に賛成です」
「良かった。まあ、なにか進展があったらまた連絡するよ。それで──フェリクス、お前は何をしているの?」
そこで、私はフェリクス殿下のことを思い出した。
てっきり、近衛騎士たちと共に邸を出たと思ったのに──彼はまだ玄関ホールにいた。
そして、眉を寄せ、難しそうな顔をしていた。
「……あのご令嬢、ネックレスしたまま行っちゃったよね?」
「あ!!」
ハッと思い出して、私は声を上げた。
そういえば……!
大慌てで、私はフェリクス殿下に謝罪する。
「も、申し訳ありません!!お借りしているものなのに……!」
「いや、それはいいんだ。きみは気にしないで。僕もあのふたりが退場してから思い出したんだし。ただ、ここから取り調べでしょ?取り戻すの、結構手間なんだよねぇ。兄上、何とかならない?」
あたふたする私に反し、クリストファー殿下は冷たい眼差しを弟王子に向けた。
「我慢しなさい。だいたい、あれは試作品のひとつでしょう。あってもどうせ、お前の部屋の置物になるくらいしか使い道がなかったのだから、ちょうどいい」
「インテリアって……まあ、確かにそうなんだけど」
納得のいってなさそうなフェリクス殿下に、ふたたび私は言った。
「あの、私の方からも掛け合ってみます。お借りしたものですのに申し訳ありませんでした」
「気にしなくていいよ、シャーロット」
クリストファー殿下はさらりとそう言ったが、そういうわけにもいかない。
どうにかして、首飾りを返してもらわなければ。
あれは異能制御装身具としてルアンナの首にかけたのだから、同じ役目を果たすならブレスレットでも構わないはずだ。
ただ──フェリクス殿下が言うように、城の取り調べは融通が利かないところがあって、返してもらうのには結構な時間がかかりそうだった。
フェリクス殿下は私が謝ると、目を見開き、そして慌てた様子で首を横に振った。
「いや、良いんだって。僕も気付かなかったし。というか、兄上の言う通り確かに、あれは僕の部屋のインテリアになってたんだ。役に立ってよかった」
フェリクス殿下は、私を責めることはなかったけどこれは私の失態だ。
何としてでも、ネックレスを返してもらうよう掛け合わなければ──。
☆
フェリクス殿下は、この後神殿に向かう用事があるとのことで、帰りの馬車は別々だった。
私は侍女のリラとともに、クリストファー殿下と同じ馬車に乗ることになった。
リラの顔色は……非常に悪い。思い詰めている様子なのが気がかりだ。どこかで、彼女とは話をする必要があると私は思った。
しかし、今は先にクリストファー殿下に言わなければならないことがある。
馬車が動き始めてすぐ、私は彼に話を切り出した。
「……さっきの今で、とても言い出しにくいのですが」
「セレグラに戻るんでしょう」
「…………なぜ分かるのですか?」
思わず顔を上げる。
対面に座っているクリストファー殿下は、窓側に頬杖を突きながらも、笑みを見せた。
「ダニエル・ボレルの件が片付いていない。確か、私はあなたに現地で気になることがあったら、報告して欲しい……と言ったと思うんだけど」
「は、はい」
私は、記憶を失ってすぐ、王城に向かった時のことを思い出した。
確か、あの時彼は──。
『向こうで気になったことがあったら……戻ってき次第で構わない。私に、報告してくれるかな』
クリストファー殿下は、にこやかに笑みを浮かべながらも、言葉を続ける。
「あの言葉は今も有効なんだよ、シャーロット。セレグラで気になることがあったら……戻ってき次第で構わない。私に、報告してくれるかな」
そして、彼は以前と同じ言葉を口にした。
私は思わず目を見開いて、それから。
「……ありがとうございます、殿下。ダニエル・ボレルの件で何人か、城の文官をお借りしたいのですが」
「いいよ。どちらにせよあなたの報告を受けて、現地調査は必要だと思っていたんだ。以前から怪しいとは思っていたんだけど、彼は監査官に媚びるのが上手でね……なかなか」
困ったようにため息を吐く彼に、私は薄々感じていたことを口にした。
「……それで逃げられないように現行犯逮捕……ですか?」
手首を揃えて、連行される仕草を見せると、クリストファー殿下がくすりと笑う。
「さあ、どうだろうね。ただ、我が国に五つしかない公爵家のひとつ、シェーンシュティットの令嬢と、ツァーベルの嫡男がその目で不正を目の当たりにした──というのなら、こちらとしても、調査はせざるを得ないよね?」
優雅に微笑んだ彼を見て、私は内心、ため息を吐いた。
クリストファー殿下は、記憶を失ってすぐ、私を王城に呼び出してセレグラの話をした時から、こうなることを見越していたのだろう。
『セレグラは毎年、降雪量がとにかくすごい。度々、議会に上がるほどなんだ』
と、彼は言っていたけど。
実際、議題に上がっていたのは、セレグラの降雪量ではなく、脱税疑惑について……だったんじゃないかしら?
咎めるように視線を向けるが、クリストファー殿下は涼しい顔だ。
……やはり、クリストファー殿下は食えないひとだわ……と通算何度目か分からない感想を抱いた。
そう思っていると、クリストファー殿下が何かを思いついたように言った。
「そうだ、シャーロット。あなたとジュリアン・ザイガーの婚約だけど──」




