なんだ、こいつ
「ルアンナ……様?」
危ない。危うく呼び捨てにするところだった。
脳内では完全にルアンナ呼びだったから。
私の問いかけに侍女は頷いて答えた。
え、え~~~~~??
突然、訪問?
アポイントメントもなく、突撃?
私は頭の痛くなる思いだった。
以前の私がルアンナとどういう関係だったのかは知らないけど、それでもアポイントメントなしってそれはないでしょう。
養女とはいえ、子爵家のご令嬢なのよね??子爵様は一体何をしているの?
追い返してちょうだい、と言いたかったけれど。
彼女が何の理由で訪ねてきたのかも気になる。
少し考えた私は、侍女に伝言を持たせた上で、彼女を通すことにした。
サロンに足を運ぶと、そこには健康的な美少女がいた。
私と同じ黒髪ではあるが、向こうが太陽の下で快活に笑うタイプの美少女であるなら、私はおっとりとした感じの可憐な少女である。
そう、私は可愛らしい容姿をしているのだ。
決して自惚れではない……と思う。
目が覚めて鏡を見た時に私が思ったのは、まあ、なんて可愛らしい少女なの、だったし。
私好みの容姿と言われればそれまでなのだけど、それでも顔のパーツは全体的に小さめの上、垂れ目がちの紫の瞳は愛らしさを誘うと言えよう。
絶世の美女!社交界の華!!と堂々と公言できるほどでは無いが、見れば、『あら、可愛らしいわ』と言われる程度には可憐な少女なのである。
そして、対面に座るルアンナ・ザイガーは人好きのする親しみやすい愛らしさがある娘、と言えよう。
決して悪評のつもりではないのだけど、棒切れを振り回していても違和感を感じない見た目なのである。
つまり、素朴な愛らしさ、元気いっぱい!という感じの女性。
貴族らしさはあまり感じない。それは、彼女が市井生まれ、市井育ちなのが理由だろうか。
遠目でならこの前の夜会で見たものの、対面するのはこれが初めてだ。
ルアンナは、慣れたようにソファに腰かけている。
この自然な様子からしてここには何度となく来たことがあるのかもしれない。
ルアンナは私を見るとにっこりと笑った。
「お待ちしてました!お義姉様」
「おね……?私が、ですか?」
まだ、結婚してないのだけど?
目を瞬かせる私に、ルアンナは楽しげに笑った。
ずいぶん、馴れ馴れしい。
「やだぁ、そう呼んでもいいって言ったのはお義姉様なのに!」
「……そうなのですか?」
しかも、話し方がやけにフランクである。
答えると、ルアンナは変わらず笑みを浮かべた。見た目の印象と違わず、明るい娘だ。
──だけど先日の夜会で彼女から向けられた視線は、とてもではないけど好意的と呼べるものではなかった。
この子、裏がある。
直観的に感じた直後、彼女が言った。
「お義姉様、いつもしているブレスレットはしていないのですか?」
「ブレスレット……。ああ、異能制御装身具のことでしょうか?」
異能制御装身具。
それは、異能保持者のみに渡される、その名の通り異能を制御するための道具だ。
国から【公的異能指標指定者】通称、公標認定を受けたものは、原則、その装身具を身につけることが定められている。
私もまた、公標認定を受けた身なので、長年その装身具──ブレスレットを身につけていたと聞いている。
というのも今の私には記憶が無い、というのと。
記憶を失った今、私はその異能とやらが使えなくなってしまったのだ。
ルアンナは、私をじっくりと見た後、思い出したようにまた言った。
「それと、先日お兄様がプレゼントされたという指輪がございませんわね」
……ルアンナは、私が事故にあって記憶がないことを知らないのだろうか。
少し迷った末、私は答えた。
「指輪ですか?」
「ええ。お義姉様はお兄様から指輪を贈られたはずですわ。侍女から何か聞いていません?」
「さあ……。身に覚えがありませんね」
「間違いなく贈られているはずなのですけど……。お義姉様の手持ちの指輪で、金色の指輪はありませんこと?」
ルアンナが何を聞きたいのか、いまいち分からない。
私は、手持ちの指輪をいくつか思い浮かべたものの、それが婚約者から贈られた、という話は聞いていない。
少し考えてから、私は答えた。
「……金の指輪は持ってますけれど、ジュリアン様からいただいたものではありませんね」
「あら……そうなんですね。そういえば、お義姉様は事故に遭って記憶がなかったのですっけ」
今更な質問である。
というか知っていて聞いたのか。
なんなのこの子。
脱力しかけたところで、ルアンナがふたたび口を開いた。
「実は、この国では最愛の女性には金の指輪を贈る風習があるのですわ。ちなみに私は、お兄様から金の指輪をプレゼントされたことがあります!」
──そう言って、にっこりと。
ルアンナは笑ったのだった。