ルアンナとジュリアン
先程言った言葉がそのまま返って来たのだ。
ジュリアンは憤怒のあまり顔を赤く染めあげた。
「ふん。それがお前の本性というわけか?とんだ女狐だな!」
「私の本性がどうあれ、今のあなたが無作法であることには違いありませんわ。御託を並べていないで、早く降りてきたらいかが?それとも──物理的に運んで欲しいのですか?」
私は異能制御装身具を外すと、パチンッと指を鳴らした。
瞬間、パキパキ……とちいさな音がし、ジュリアンとルアンナの踏んでいるものがカーペットから薄氷に変わる。
指を鳴らさずとも異能の行使はできるものの、ここは少し、格好つけて見た。
痛烈な嫌味を返した私にクリストファー殿下は苦笑、その隣のフェリクス殿下は驚いたように私を凝視している。
どうやら、私の本性をご存知なかったようだ。
ジュリアンはまだ何か言いたげだったが、これ以上、殿下がたを見下ろしながら話すのはまずいと思ったのだろう。
ルアンナを連れて、彼は階段を降りてくる。
それを、私、クリストファー殿下、フェリクス殿下、そして神官がじっと見つめた。
階段を降り、玄関ホールへとやってきたふたりを見て、私は言う。
「では、本題に入らせていただきますね。まず、ジュリアン・ザイガー。私が真実に気がついていること、あなたはご存知でしょう。だから、私を消そうとした」
「え…………」
目を見開き、ぽつりと言葉をこぼしたのはルアンナだ。
彼女は何も知らないようだった。
ジュリアンはちら、と私を見て涼しい顔で答える。
もっとも、その心中はかなり騒がしいようだが。
「何の話だ。言いがかりはよしてくれないか」
《クソ、クソ、クソ!!シャーロットは死んだんじゃなかったのか!?どういうことだ!》
《ルアンナが言ったんだぞ!?シャーロットは大怪我をして重症……いつ息絶えるか分からないと!!》
《まさか嘘をついていたのか!?ルアンナが!?》
どうやらここにきて、彼は疑心暗鬼に駆られているようだ。
ちら、とジュリアンはさりげなくルアンナを見た。
ルアンナは目を丸くして、震えていた。
《お義姉さ……シャーロット……さん、を、消そうと、した?お兄様が……》
《シャーロット、さんは生きていたのね……。良かった……》
ルアンナは動揺のあまり、ジュリアンの視線に気が付かない。
(ふーん……なるほど)
いつ、ルアンナがセレグラから戻ったのか分からなかったけど──。
ふたりの様子を見るに、私が階段から落ちてから、ルアンナは王都に戻ったのだろう。
シェーンシュティットの家が混乱するほどだ。
セレグラは静かな街だし、意識を飛ばすほどの大怪我を、しかも貴族がしたとなったらそれこそ大きな騒ぎとなっただろう。
おそらく、ルアンナはその騒動を聞いて誤解したか、あるいはその騒動の噂そのものに尾ひれ背びれがついていき、結果、シャーロット・シェーンシュティツトは重症、ということになったのだと思う。
どちらにせよ、今はルアンナが嘘を吐いていたかもしれない、と思わせていた方が話を進めるにあたって好都合だ。
私は、フェリクス殿下に視線を向けた。
私の視線に気がついた彼が頷いて、私にそれを渡す。
ジュリアンが訝しげに私を見るけど、それより先に。
私はルアンナの前まで行き、彼女にそれ──ペンダントネックレスを首にかけた。
「え……?」
ルアンナが動揺を見せた、次の瞬間。
「見えました!!ジュリアン・ザイガー……!あなたは異能保持者ですね?あなたの異能は、【魅了】だ!!」
「──」
神官が声を張り上げ、ジュリアンが硬直した。
唯一、ルアンナだけが事情を把握出来ず、困惑しているようだった。
私は、ルアンナの首にかけたネックレスのトップを指で触れながら、ジュリアンに言った。
「これは、異能制御装身具なんです。フェリクス殿下とクリストファー殿下が、ずいぶん前に作られた習作でして。今回、特別にお借りしてきました。……その甲斐は、あったようですね?」
にっこりと笑ってみせると、ジュリアンは今度こそ言葉を失ったようだった。
目を見開き、愕然とした様子で──そのくちびるがわなわなと震えている。
異能制御装身具は、何もあのブレスレットだけではないのだ。
そもそも、あれはクリストファー殿下の異能【無効化】を、フェリクス殿下の異能【異能を付与する能力】でブレスレットに付与しているだけに過ぎない。
付与する対象物はなんでもいいのだ。
メガネでも、タイピンでも、指輪でも、はたまた、ネックレスでも。
だけど、ジュリアンはそもそも、異能制御装身具がどのように造られているのかを知らないのだろう。
彼にとって異能制御装身具は、シトリンとクリスタルのブレスレット、という固定観念があるのだ。
神官が、ジュリアンの前まで歩みを進めると、じっと彼を凝視する。
「やめっ……」
ジュリアンが顔を青ざめさせ、逃れようとするがその前に神官が彼の異能を解析する方が先だった。
「持続時間は短く、およそ数時間。また異能保持者には使用ができない……。使い勝手は悪そうですが、悪用しようと思えばし放題な能力ですね……」
神官が、呟くように言った。
ジュリアンの異能──魅了。
こころを操る系統の能力だろうとは思ったけど、魅了……だったのね。
私は、ジュリアンに向き直ると、ルアンナと繋いでいた手を無理に離させた。ジュリアンの手からは力が抜けていて、それは容易にできた。
「さて……。まず、あなたがジュリアン・ザイガーか否か、という問題より先に。神殿に届出を出さず、隠蔽をしていた……。この件で、あなたを連行することは可能ですね?」
「────!!」
ジュリアンは、ようやく事態を理解したのだろう。
思わず、と言った様子で私に掴みかかろうとして、それをクリストファー殿下に止められた。
ジュリアンはそのままクリストファー殿下に腕をひねりあげられ、呻き声をあげた。
「なるほど、魅了か。持続時間は短く、対異能保持者には使えないようだけど……なかなか厄介な異能だね」
「そうか!だから成り代われたのか。間隔を空けずにザイガー子爵に魅了をかけ続けたな!?」
「それは……クソ!離せ!!」
もはや、王族相手にも取り繕う余裕は無いらしい。
異能を秘匿していた……その時点で異能秘匿罪は確定として、不敬罪も連行理由に付け加えられるかしら……?と考えたが、それには少し弱いような気もする。
ジュリアンはそれからも喚いていたが、フェリクス殿下が突然、階段上に向かって言い放った。
「どうぞ、ザイガー子爵」
「……!!」
私とジュリアンはそれぞれ踊り場──先程、ルアンナとジュリアンがいた場所を見る。
そこには、小柄な、ひとの良さそうな顔をした男性──ザイガー子爵がいた。




