ジュリアンの異能
船に乗り込んだ私は、エマとリラとともに部屋に向かった。
(行きは、リュカと一緒だったのよね……)
離れてまだいくらも経っていないのに、寂しさのようなものを感じた私は、何とかそれを振り切った。
(私にはやることがあるんだから……!早くそれを終わらせて、セレグラに戻らないと)
それに──リュカは、『次は、俺がきみに贈り物をするよ』と言っていたけど。
やはり、好きなひとに初めて贈るプレゼントがチェーンメイルと鉄板というのは、いかがなものか。
王都で、リュカにプレゼントするに相応しいものを選ばなければ。
そんなことを考えていると、荷物を運び終えたエマが声をかけてきた。
「荷物はこれで全部ですね。では、お嬢様。お食事の時間になったらまた伺います」
「ええ。ありがとう。……リラ」
私は、エマと続いて部屋を出ようとしていた彼女に声をかけた。
リラ──私より十個年上で、私が幼い時から私の侍女をしてくれている。
私にとって、彼女は姉のような存在だった。その、彼女がどうして。
それは、すぐに分かった。彼女はきっと。
「どうかなさいましたか?」
リラは首を傾げた。
そこに、敵意はない。
とうぜんだ。リラに私を害する気はない。
だけど──。
リュカに抱きしめられた、あの時。
強い視線を背後から感じた。
きっと、その視線はリラのものだった。
私は、エマに自室に戻るように言い、リラだけを部屋に残した。リラは、自分だけ呼び留めれたことに困惑しているようだった。
私は、リラに対面のソファに座るよう促した。彼女は躊躇していたが、それに従った。
「リラは……リュカが好きなのね?」
「──」
リラが息を呑む。
やはり、と思った。
「それは」
「隠さなくていいのよ。別に、咎める気は無いの」
ひとのこころは縛れないものだ。
リラは、顔を青ざめさせていた。
そのくちびるまで色を失い、白くなっている。
カタカタと、その指先は震えていた。
私は、別に彼女を責めたいわけではない。
主人の想い人を好きになる──それは決して、褒められたことでは無いだろう。
主人が苛烈な人物だったら、クビの上、家を追い出されてもおかしくないだろう。
だけど、ひとがひとを好きになることは誰にも止められないし、本人であっても、制御できるものではない。
それは私がいちばん──身をもって知っている。
「申し訳……ありません。だけど、決して!個人的にお話したことはありません。ツァーベル卿は私のことなど視野にもいれていません。……申し訳、ありません」
リラは悲痛な様子でそう訴えた。
自身の潔白を主張する彼女に、私は微笑を浮かべ、彼女をなだめた。
「良いんだってば。ほんとうに、責めてないのよ。あのね、あなたに聞きたいことは別にあって──」
私は一拍開けて、リラに尋ねた。
「ジュリアン・ザイガーと個人的に会ったことは?」
異能制御装身具は既に外してある。
これで、彼女は嘘を吐けない。
私は彼女のアンバー色の瞳を見つめた。
彼女は戸惑った様子を見せながらも、すぐに答えた。
「?い、いいえ……。お話したことも、ありません」
……リラは、嘘を言っていなかった。
私は、こころの中でため息を吐いた。
リラに背中を押されて、私は階段から落ちた。
だけど、リラにはその認識がない。
加害者としての認識がないのだ。
これは、あまりにもおかしなことだった。
私は、ひとつの仮説を立てていた。
彼女の話を聞くに、それは限りなく真実に近い気がした。
(恐らく、ジュリアンは──)
……もし、私の推測通りなのだとしたら。
彼が、なぜ本物のジュリアン・ザイガーに成り代われたのかも、説明がつく。
ルアンナを大切にし、片時も傍から離さなかった理由にも。
彼は、神官が持つ【看破】の異能を恐れている。
それは、彼自身が知られてはならない異能を所持しているから。




