好きなひとへの贈り物
その日のうちにセレグラを発つことにした私は、まずアントニオ・アーベルの家に行き無事を報告した。
見送りをしてくれたルークは、とんでもなく責任を感じているらしく、泣きながら私の無事を喜んでくれた。
私が階段を踏み外したのは、私の不注意だ。
彼は悪くない。
頭にコブはあるものの、それだけだ。
出血はないし、ほかに不調もなかった。
セレグラを離れること、また戻ってくること。それまで、リュカがここに留まることを。
それらを伝えた後、私はひとつ、アントニオ・アーベルにお願いをすることにした。
☆
宿に戻った私は、帰り支度を整えながらも、侍女リラのことを考えていた。
私の背を押したリラ──私が記憶を取り戻したことでどう反応するかと身構えていたけど、彼女の反応は、あまりにも意外なものだった。
《良かった……お嬢様、記憶が戻ったのね》
《あの時は……気がついたらお嬢様が落ちていて》
《私の不注意のせいだと思った》
《良かった、ほんとうに》
……リラは、私の記憶が戻ったことを心底、喜んでいる様子だった。
そして──彼女には、私を突き落とした、という自覚がない。
あまりにも異常だった。
こころの声は偽れないものだ。
こころの声を制御することは、並大抵の人間にはできない。出来るとしたら相当訓練を積んだ神官ぐらいなものだろう。
それに、リラは私のセカンド異能を知らないのだ。
だから、彼女はこころの声を偽る必要は無い。
それなのに、彼女は本心から、私の転落を事故だと思っている。
これは…………どういうことなのだろう。
そこでふと、私はもっとも重要な事柄を見落としていることに気がついた。
(そもそも、の話、よ?どうやってジュリアンは、本物のジュリアン・ザイガーと成り代わったの?顔かたちがいくらそっくりだったとしても、成り代わりなんてそう上手くいくはずが……)
顔かたちを似せるのも相当大変だが、誰かを演じるのはさらに難易度が高いことだろう。
しかも、彼が騙すのは、ジュリアンの父親。親と子なら、よほど関係が悪くない限り、お互いの性格や考え方というものを把握していることだろう。
それなのに、ジュリアンはジュリアン・ザイガーとしてそこにいる。
ザイガー子爵を騙しきっている、ということだ。
それは、なぜか。
考えられることは──。
☆
午後。
リュカは、見送りのために船着場まで来てくれた。
「気をつけて」
「すぐ戻ってくるわ。……ねえ、リュカ」
私は、抱えていた箱を彼に差し出した。
「これ、あなたに」
彼は、差し出された箱を前に面食らっているようだった。
なぜなら、その箱は私が両手で抱えるほど大きい。
「……これは?」
「贈り物よ」
「贈り物?」
リュカが目を瞬いて、不思議そうにそれを見た。
こんな大きな箱にいったい何が入っているのだろう……と思っているのだろう。
私は、箱の横から顔を出すとにっこりと笑いかける。
「鎖帷子!アントニオ・アーベルに頼んで、用意してもらったの。彼の異能を施してあるのよ?」




