記憶を失ったら、あなたへの恋心も消えました。
「…………え?」
リュカの灰青の瞳が、みるみるうちに見開かれる。
驚く彼を見ていると、なぜか私はだんだん冷静になっていった。
自分より動揺しているひとを前にすると、ひとは逆に落ち着くものなのかもしれない。
……ううん。
きっと、私はとっくに覚悟を決めていた。
だから。
「私、記憶を失う前に好きな人がいたわ」
「それは」
リュカが気まずそうに視線を逸らす。
きっと、ジュリアンのことだと思ったのだろう。
それを見て、私は首を横に振った。
「違う。ジュリアンじゃない」
「は……?いや、でもだって、きみさ」
「言わないで後悔するのだけは、嫌だから、今言うわ。私は、同じ失敗は繰り返さないよう、努める人間なの。……ほんとうは、ほんとうはね。こんなタイミングで言うつもりはなかったのよ。でも、仕方ないわ。だって、口からこぼれてしまったんだもの」
私は笑みを浮かべてリュカを見た。
リュカは、何を言われるのか分からないのだろう。困惑したように私を見ている。
その灰青の瞳が揺れている。
「記憶を失ったら、あなたへの恋心も消えました。でも、私はまた同じひとに恋をした。……リュカ・ツァーベル様。あなたのことよ」
「は……?」
リュカが、零れ落ちんばかりに目を見開く。
そんなに驚かれると、私としても恥ずかしい。
だけどここで誤魔化してはだめだ、とその羞恥心を押さえつけて、私は彼に言った。
「リュカ。私はあなたのことが好き。あなたの恋人になりたい」
「なっ……待って。シャーロット、冗談でしょう?きみは俺の事を嫌って」
「見当違いの嫉妬ならしていたわ。でもあれはあなたが悪いわけではない。悪かったのは私よ。あなたは、私にさんざん理不尽な態度を取られたというのに、怒らなかったわ。……怒って、詰っても良かったのに」
「だから……それは、俺もきみの気持ちがわかったから。きみに言わなかっただけで、俺も似たようなことを考えたことは……あるし」
「でもあなたは、それを態度に出さなかった。私とは、雲泥の差よ」
勝手に劣等感に支配され、逆恨みをしていた。
過去の自分のことを思い出すと、あまりにも嘆かわしいし、恥ずかしくなってくる。
過ちを認める私に、リュカは未だ困惑した様子だった。
「今まで、さんざんな態度をあなたに取った。今更都合がいいと思われても仕方ないわ。調子がいいと思われても。何を今更、と言われてもおかしくない。それでも……それでも、私は」
リュカの気持ちは、知っている。
こころの声を聞いたからだ。
だけど、もしかしたら今はもう私のことは好きでは無いかもしれない──なんて、卑屈な感情と不安で胸がいっぱいになった。
最後に彼の気持ちを聞いたのは、王城でのこと。
あれから、半月が経過する。
リュカはもう私に見切りをつけて、新しい恋を見つけているかもしれない。
……そんな軽薄なひとではないことを知っているのに、つい、考えてしまうのだ。
私は、いつも自分に自信があるタイプの人間だ。
だけど、こと恋愛に関しては──いや、リュカに対しては。
こんなにもウジウジと面倒な性格をしているのだと、初めて知った。
もし、万が一。億が一。
リュカがもう私のことを好きではなかったとしても。
それでも諦めるつもりは全くなかった。
むしろ、そこがスタートラインだとすら思っている。
私は、逆風には強いのだ。
私は、リュカの目を見て、ハッキリと言った。
この気持ちが、眼差しで伝わればいいのにと、そう願いながら。
「私は、あなたが好き。あなたに惹かれている。……好き。好きなの、リュカ」
「──」
リュカが息を呑む。
恥ずかしい。恥ずかしくてどうにかなりそうだけど、言わなければならないことがある。
私は、そのまま言葉を続けた。
「だけど、リュカ。私はあなたの言うとおり、しなければならないことがある。それを、思い出したの。だから、決着をつけてくるわ」
そう言われたリュカは、困惑しているようだ。
それもそうだ。決着、と言われても何の話?となるだろう。
「だから、だからね」
ジュリアンの話は後でするとして。
今は、この話を優先させたかった。
ぎゅっと、シーツを強く掴みながら、リュカを見る。
息が詰まりそうなくらい緊張しながら、私は、何とか声を絞り出した。
「返事は、私が戻ってきたら欲しいの」
ふたたびセレグラに戻ってきた時にはもう──私は、ジュリアンとの婚約を解消しているはずだから。




