開かないなら、壊してしまえばいいのだわ!
「うっそー」
まさか、ほんとうに?
引き出しの奥は覗けないので、手探りで天板を押し上げてみる。
……うん、やっぱり違和感。
ここだけくり抜いているんだわ。
そのままそろそろと指を動かしていると、ネジのようなものに触れた。おそらくこれを回せば──。
カチャ、という短い音ともに、天板が外れる。
上部の空洞はごく浅いようで、薄い本一冊程度しか入らないだろう。
滑らかな手触りに、冷たい感触。恐らくこれが例の日記だ。
そう思い、取り出す。
緑の革カバーがつけられた、ふつうの日記。
何の変哲もない、ただの日記。
そう。そのページを留める、いかつい鍵さえなければ。
「な……なに、これ?」
それは、令嬢の秘密を守るための鍵、なんて可愛いものじゃない。
もっといかつくて、古めかしいものだった。
本を引き上げるとじゃら、と鎖の音がする。
……めまいがした。
なんだってこんな、けったいなものをつけているのよ。
あからさまな場所に置いていたくせに、守りは堅牢である。
私はしばらく鎖を弄んでいたが、ふと思い立ち、髪をまとめるピンを外した。
そのまま、鍵穴にピンの先を差し込んでみる。
(これで、外れればいいんだけどね)
まあ、さすがにそんなに上手くいくはずが……。
カチャ、カチャ……グッ、となにかの手応え。
(これは、もしかして!!)
……と期待を込めて、指を動かした、直後。
「あ、あら?あらあらあら?あれー?」
……無、反応。
引き抜こうとしても、引き抜けない。
つまるところ、鍵穴にピンが刺さって、取れない。
私は絶望した。
ピッキングなんてやったことはないけれど、奇跡的にうまくいくかもしれない、なんて思ってやったのが運の尽き。
でもまさかピンがつまるとは思わなかった。
引き抜こうとすれば、なにやら危ない感触。
そう、このままバキッとか、いきそうな……そんな感じなのだ。
私は、そろそろと指を引っこめた。
鍵穴に突き刺さる、ピンの先だけが飛び出している……。
「いや……待てよ?必ずしも開ける必要はないんじゃないかしら……」
私は、侍女を呼んだ。
呼び鈴を鳴らせば、すぐにひとりの侍女がやってきた。
「どうかなさいましたか?お嬢様」
「ペンチはない?ニッパーも、あれば嬉しいわ」
「ペ……ペンチ、でございますか?一体何にお使いに……?」
まさか、怪しい日記を見つけたからその鍵を壊したい、なんて言えない。
そもそも、ここに何が書かれているかも分からないのだ。丁重に引き出しの中に隠していたことを考えると、あまりこのことは知られない方がいいかもしれない。
そう考えた末、私は誤魔化すことにした。
「引き出しの奥がつっかえているみたいなの」
「そんなこと……!私共がやります。どこですか?」
「いいのよ。やってみたいの、ね?」
にこりと微笑めば、侍女は困惑しながらも頷いてみせた。
そして──工具のセットを持って、彼女は部屋に戻って来た。
「ありがとう」
さーて。
どうやってこの鎖を壊そうかしら……?
おっ、ちいさいけれどハンマーまであるじゃない。
最悪、これで壊すことも可能かもしれない。
侍女から工具セットを受け取り、そんなことを考えていると彼女が私を呼んだ。
「あの……お嬢様」
「なぁに?」
「お客様がいらっしゃっております。アポイントメントはありません」
「……お客様?誰?」
工具セットを手に持ったまま、私は尋ねた。
侍女は困った顔をしながら答えた。
「……ザイガー子爵家の、ルアンナ様です」