【隠蔽】の異能
後日、ジュリアンがシェーンシュティットの邸を訪れた。
どうやら、あれ以来私がザイガー邸に行かなかったから、彼自ら足を運んだらしい。
顔を合わせた彼は、相変わらず偉そうである。
サロンに通された彼は、私の対面のソファに腰を下ろした。
「どうして僕に会いに来なかった?」
「忙しくて」
「だとしても、その間を縫って会いにくるべきだろ。きみは、僕が好きなんだろ?」
「…………」
それは一時の気の迷いです。
そう言いたかったけど、ここでやり合うのは悪手だ。
今日、彼をここに通したのには訳がある。
それは──。
私は、彼に気づかれないように異能制御装身具を外した。
そして、ティーセットが運ばれてきてそうそう、本題に入ることにする。
「ジュリアン様が、ルアンナを引き取ったのはなぜですか?」
ここは、直球にいく。
なにせ、口では嘘を吐けても、こころは偽れないから。
そんなことを聞かれるとはまったく思っていなかったのだろう。ジュリアンは優雅に紅茶を飲んでいたが、思わず吹き出しそうになっていた。
「んぐっ……。なんだ、嫉妬か?ルアンナはお前が思うようなものじゃない。彼女は妹のようなものだ」
それは何度となく彼から聞いた建前。
だけど──こころの声は正直だ。
すらすらと、彼の本心を暴露した。
《ほんとう女っていうのは面倒くさい。悋気を宥めるのも手間だ》
《だいたい、ルアンナはただの道具だ。あれは、僕が生きるために必要な装置に過ぎない》
「…………?」
思わず眉を寄せた私に、ジュリアンが鬱陶しそうにため息を吐く。ずいぶん、威圧的な声音だった。
「いい加減にして。怒るよ、シャーロット」
《名前の通り、ほんと自由な女だな。鬱陶しい。大人しくしていればいいものを!!》
怒りたい、いや、張り倒したいのは私の方である。彼のこころの声は、矛先を私に向けてしまったようで、欲しい情報は得られそうにない。
シャーロット──自由、を意味する言葉。
名を貶されたことに、フツフツとした怒りを覚えた。
思わず睨みそうになって、深呼吸した。
(ここで感情的になっても、意味が無い。落ち着いて。落ち着かなきゃ……)
私は少し考えて、ここは下手に出ることにした。
「ごめんなさい、ジュリアン様。ルアンナとあなたが兄妹のような関係であることは知ってるの。あなたの彼女への贈り物は、私からの贈り物でもあると思うわ。だから、例の請求書はいただきます。今日はその話をしようと思っていたの」
真っ赤な嘘である。
請求書は貰うが、払う気は一切ない。
なぜ、彼の買い物の面倒まで私が見なければならないの。
まだ婚約という関係で、夫婦というわけでもないのに。
せいぜい、取り立てに苦しめばいいと思う。
取り立てが来る前に、この件は終わらせよう。そう決意した私だったが、ジュリアンは目に見えて気分を良くした。
「ふぅん?そう、じゃあきみの好意を受け入れよう。はい、よろしくね」
ジュリアンはポケットから請求書の束を出した。
少し見ないうちに、どれほど買い物をしたのだろうか。数えるのも馬鹿らしくなるほどである。
ちら、と見たけど、請求書に書き付けられた金額はなかなか高額だ。
ザイガー子爵家の資産がどれほどのものか、私は詳しく把握してないけど、こんな遊びをしていればいずれ身を滅ぼすだろう。
それにしても、用意周到だ。
まさか、今日、請求書を押し付けるためだけに来たっていうの??
呆れを通り越して、絶句である。
請求書を受け取った私を見て、ジュリアンが愉快そうに笑う。
「きみも理解してくれて何よりだ。これで、僕たちは家族だね」
「かっ……」
ぞく、だぁ!?
良いように利用して、自分にとって都合のいい人間が!!
あなたにとって【家族】だって言うの!?
もしそうなら、あなたの価値観はとんでもなく歪んでいるわよ!!
思わずそう言いそうになったが、それをグッと呑み込んで、私は笑みを浮かべた。もしかしたら、少し引きつってしまったかもしれないけど。
「……ルアンナのことを、もっと知りたいの。仲良くなりたいから」
「ルアンナ?」
ジュリアンは怪訝そうに眉を寄せたが、先程のように苛立ちを見せなかった。
私が彼の要望を飲んだことで、気分が良くなっているからだろう。
手の付けられないアルコール依存症を相手にしているかのようだ。疲れる。
ジュリアンは、無言だったがこころの声は雄弁だった。
《ルアンナの異能は【隠蔽】。他人の異能を秘匿する対人干渉型の異能》
…………はっ?
思わず、声が出そうになってそれをすんでのところで飲み下す。偉い。私は自分を褒めた。
必死に表情を取り繕う。
《触れた対象の異能を隠蔽する。いけ好かない神官の【看破】の目を欺ける、唯一の異能だ》
「…………」
《だから、僕はルアンナを引き取った。……なんて、言えるはずもないがな。ここはてきとうに誤魔化しておくか》
ジュリアンがにこりと笑った。
そして、懐かしむように思い出話を彼は口にする。
「ルアンナは大人しい子だったんだ。孤児院でも可哀想に、彼女はいじめられていてね……。それを哀れに思った神父様……ああ、今は罪人なんだけど。彼が引き取ったらしい。でも、そこでも酷い扱いを受けていて」
《そう。だから、都合が良かった》
ジュリアンは笑みを浮かべたまま、続けた。
「僕が救い出してあげたんだ。……あの地獄から」
《さんざんいじめられて自己肯定感が低くなっている女を洗脳するのは、楽な作業だったよ》




