ここではない、もっと、狭くて汚い道
「あっという間に神父たちを引っ捕えっちまった。あの男は……こんな汚い町では珍しいくらいの色男でね。あたしが若ければ口説いたってもんだよ」
「あはは……」
引きつった笑みを浮かべながら相槌を打つ。
老婆はそんな私の反応に気を悪くしたようでフンっと鼻を鳴らした。
「なんだい、馬鹿にしてんのかい!?あたしだってねぇ、若い頃は美人だったんだ。……おや?あんたもなかなか悪くない顔をしているじゃないか。その灰で分からなかったよ。なんだい、灰被り姫にでもなるつもりかい!」
そこで、老婆はゲラゲラ笑い出す。
何とも、掴みどころのない、やりにくい相手である。私はやはり顔をひきつらせながら、彼女の話の続きを聞く。
ひとしきり笑った老婆は、突然現れたというジュリアンの話をした。
といっても、そんなに長いものではなかったが。
「あの黒髪の男はね……シッカと娘っ子の手を握っていたよ。なんだい、あの色男は娘っ子を助けるために来たのか?って、町の男どもは酒場で野次っていたね」
娘っ子……それは恐らく、ルアンナのことだ。
黙り込む私に、老婆が眉を寄せた。
「あたしの話はこれで終いだ。物足りないなんて言わせないからね。これはもう、あたしのもんだ」
そう言って、彼女はポシェットを軽く叩く。
その中には、小銭が入っている。チャリチャリという音がして、私は苦笑した。もとより、返してもらおうとは思っていなかった。
彼女にお礼を言って、私はその場を去る。
『いつもビクビクしていて、あたりを窺っているような、子ネズミみたいな子……』
『ジュリアンが暴いた教会の悪事。それは、神父が実は異能保持者で、彼はそれを悪用していたこと』
『あの黒髪の男はね……シッカと娘っ子の手を握っていたよ』
「うーん……」
私は唸った。
情報は集まっているのに、それを繋ぐためのなにかが欠けている。あと少しで、パズルのピースは嵌りそうなのに……。
(そもそもの話よ?だいたい、ジュリアンはなぜ神父が異能保持者だと気付いたの?)
それが謎だ。
そして、なぜルアンナだけを連れていったのか。
老婆の言った通り、ルアンナを好きだから?
だから、助けるために来たの?
……それならなぜ、彼女を義妹にしたの?
婚約者、ではなく。
考え込んでいた私は、背後に差す影に気づかなかった。
「っきゃあ……!?」
突然、暴力的な力で手首を掴まれて悲鳴が出る。
気がつけば、私の周りには三人の男がいた。
みな、屈強で背が高い。
(しまっ……)
考え込むあまり、周囲への注意が疎かになっていたのだ。
背中を土壁に打ち付けられて、一瞬呼吸が詰まる。
「へーえ?ほんとうにお綺麗な顔をしてやがる」
「お嬢さん、ロントウェルの貧民街には気をつけなって教わらなかったのかい」
「教わらなかったから今、こんな目に遭ってるんだろ!!」
「それもそうだ!!」
男たちは何が面白いのかゲラゲラと笑いだした。
私は、そんなに男たちを注意深く観察する。右の手首は石壁に押さえつけられているものの、左の手首──異能制御装身具をしている方の手首は自由だ。
私は指先だけでそれを外そうとした、のだけど。
なんと、その前に男たちがそれに目をつけた。
「なんだぁ?……っおいおい!こりゃあ宝石じゃねえか!?おい見ろよ、これ!!」
興奮したように、男は異能制御装身具を外してしまったのである。ただのオシャレのためのブレスレットだと思ったのだろう。
実際、これはシトリンとクリスタルで出来ていて、価値は高い。ブレスレットを奪った男たちは、それを見て歓喜に沸いていた。
それを売り飛ばしたらいくらになるか、想像したのだと思う。
「俺たちはツイてるぜ!こんなイイ女と遊べる上に、金まで手に入っちゃうんだからな!」
「神サマっていうのはいるもんだなぁ。なぁ?お嬢ちゃん?」
男のひとりが、私の顎を掴み、持ち上げた──その時。
私は、異能を発動させた。
まずは、彼らの足元。薄い氷が彼らの足を覆い、やがて分厚い氷となっていく。
突然、足場を固められた彼らが怪訝に下を見──悲鳴をあげた。
「うわああ!?な、なんだこれ!」
「ま、まさかこの女、異能所持者……!」
「ばかいえっ。異能は貴族にしか出現しないんだろ!?これは……これは、ただの細工だっ。クソ!!」
男のひとりが拳を振りかぶる。
それを見て、さらに異能を発動させようとした、その時。
「シャーロット!!」
男たちと私の間に挟まるようにして──誰かが飛び込んできた。
ガン、と硬質な音がして、男の手が弾かれる。
視界に入ったのは、銀色の髪と、白のサーコート。裾には青と金の刺繍が入っている。それは、異能騎士であることを示すものだ。
サーコートの裾が、風に靡かれてはためいた。
「……リュカ、どうしてここに」




