『あの人形みたいな陰気な子』
「ルアンナ……ああ、あの人形みたいな陰気な子!!」
「陰気……?」
私は後日、ルアンナが元々居たという孤児院を訪れた。
ルアンナは、十歳まで孤児院にいた。度々、祝福を与えるために足を運んでいた神父が彼女を気にかけ、やがて引き取られた。
教会で働く彼女を気にするようになったのが、度々そこを訪れていたジュリアン。
何でも、その教会は悪事を働いていたようで、それをジュリアンが告発した。
結果、その教会は解体。神父もろとも、幹部の人間は全て捕縛され、今も拘置所にいるのではなかったかしら……。
私は、ルアンナとジュリアンの過去を改めて洗うことにした。
まるで探偵のようだけど、私は自分の目で真実を探そうと思ったのだ。
エマにロントウェルの貧民街に行くことを伝えて、衣装を用意してもらう。といっても、貴族の変装などすぐに見破られるに決まっている。そう考えた私は、エマに普段着(の中でもっとも古いもの)をちょうだいすることにしたのだ。
もちろん、代金は支払った。
エマは、『そんな古着をお嬢様に着せるわけには!』と顔を青ざめさせていたけど。
あのね、新品の衣装なんて身にまとってたら、すぐに私の出自がバレるでしょ。
そうして、私はエマから服を貰い受けて、髪には灰をひとつまみ、まぶした。
ついでに、顔と手にも灰をはたいておく。鏡で見れば、薄汚れた顔の自分と目が合って、頷いた。
これなら、少なくとも公爵家の娘とは絶対、思われないでしょう。流石に手の綺麗さは誤魔化せないけど、隠していれば問題は無い、はず。
護衛は不要だ。そんなものがついていたら変装の意味が無い。
そして、私はシェーンシュティットの邸宅を出たのだった。
向かった先は、ルアンナがいたという孤児院だ。訪ねると、職員と思われる女性が対応した。
顔や髪に灰をつけているとはいえ、流石に付け焼き刃ではごまかされないのか、彼女は戸惑ったように私を見た。
応接室に通されて、私は早速ルアンナの話を聞いたのだ。
そこで知った、彼女の素顔は意外なものだった。
『あの人形みたいな陰気な子!!』
それは、私の知る彼女とは正反対だった。
瞬く私に、彼女は疲れたようにため息を吐く。
「ええ、そうですとも。いつもビクビクしていて、あたりを窺っているような、子ネズミみたいな子……。何も話しゃあしないんだから、薄気味悪くて仕方なくて。神父様……ああ、今やただの罪人でしたね。あの男が連れていってくれると聞いた時はホッとしました。あんな、何考えてるか分からない不気味な女とこれから過ごさなくていいんですから!」
「…………そう」
私の知るルアンナは、快活で明るくて、朗らかな少女だ。
彼女の言葉に一致しない。
(これは……どういうこと?)
まさか、ルアンナも入れ替わっている、とか言わないでしょうね。
念の為、異能制御装身具を外して彼女のこころの声を聞いたけど、嘘は言っていなかった。
☆
孤児院を後にした私は、教会跡に向かうことにした。
女の一人歩きはよっぽど目立つのだろう。あちらこちらから、不穏な視線を感じる。
いつでも異能制御装身具を外せるように手首に触れながら、私は道を急いだ。
ロントウェルの巣窟。
ロントウェルの貧民街。
ここは無法地帯だ。
王に見放された、治安も何も無い土地。
まだロントウェルの内政が乱れていた時、既にこの地は手をつけられないほどに荒れていたという。ここに時間を割いていたら、ほかのことに手が回らない。そういった理由で、放置された、寂れた町。
今の王家は、状況改善のために手を打っているところだけど、対応が追いついてないのが実情だ。
(……ジュリアンが暴いた教会の悪事。それは、神父が実は異能保持者で、彼はそれを悪用していたこと)
ある日、ジュリアンが【看破】の能力を持つ神官を教会に連れてきて、発覚した。
神父は、異能を所持していて、その異能を悪用し、私腹を肥やしていた。
異能が発現したら、それは必ず神殿に届け出なければならない。その国民としての義務を怠った上、それを悪用していたのだ。
意図して異能を悪事のために使用する。
それは、ロントウェルの法では重い罪となる。
教会関係者はすべて拘束され、そこで働かされていた子供たちはジュリアンが受け入れ先を斡旋したという。そして、ルアンナだけを彼は子爵家の養子にした……。
教会跡には何もなかった。
ただ、いかがわしいお店(と言っていいのかしら。屋根はなく、カウンターがあるだけだ)が乱雑に並んでいる。
そこを溜まり場にしていると思われる男たちがじろじろと私を見てきて、さすがに居心地が悪かった。
私は、足早にそこから離れると、煙草屋を営んでいる老齢の女性に声をかけた。
「もし、そこのおばあさん」
「なんだい?薬ならここにはないよ」
歯の抜けた老婆はそう言った。
それだけで、ここの治安の悪さがわかるというものだ。
私はそれには答えず、教会を指さした。
「あそこにあった教会にいた、神父様を覚えていますか?」
「神父?……さぁね。覚えてないよ、そんなもん」
唾を吐くように老婆が言う。
彼女の反応は想定内だったので、私はポケット(平民の女性服には内ポケットがついているのだ)から、ポシェットを取り出した。
じゃら、と小銭がぶつかる音がする。老婆の目が鋭くなった。
私はポシェットをカウンターの上に置いた。
老婆は訝しむように私を見たあと、素早い動作でそれを取る。中身を確認した彼女は、フン、と鼻を鳴らし、それをカウンターの下にしまった。どうやら、交渉は成立したようだった。
「そんなに詳しくないよ。ただ、あそこの神父様は昔からきな臭かったんだ。あちこちに警備を配置してたのさ。こんな貧民街でね!だけど、身なりのいい男がある日現れた」
(ジュリアンだ)
老婆の話は続く。




