あなたの本心
異能制御装身具の最終調整が終わるまで、私は神殿内を見て回ることにした、のだけど。
(ゲッ、リュカ!!)
天敵(と勝手に思っている相手)と出会ってしまった。
私はよほど嫌そうな顔していたのだろう。リュカは淑女失格!な顔をしている私を見て、眉を寄せるとつかつかこちらに向かって歩いてきた。相変わらず偉そうなやつ……。
私の嫌い度メーターがさらに伸びる。
「シャーロット、どうしてここに?」
「……ここに来てたら、なにかいけない?」
チクチクした言葉を返す私は、間違いなく可愛くない。
社交界で見せるシャーロット・シェーンシュティットの顔とは大違いであることだろう。私の刺々しい態度は今に始まったことでは無い。慣れているリュカは私の発言を聞き流すことにしたようだ。
「あのさぁ……まだ、付き合ってるの?あの男と」
「……リュカに関係あるかしら」
リュカの注意は、正しかった。
だからこそより、気まずくて彼に合わす顔がない。
ただ、負けた、という感情がぐるぐると胸の中に渦巻いて、素っ気ない声が出る。
リュカは、私のあまりの態度の悪さに腹が立ったのだろう。珍しく、彼が声を荒らげた。
「それは……!ある……に決まってるだろ」
「ふぅん、お兄様と親しいから?でもね、リュカ・ツァーベル。私とお兄様は別の人間よ。わざわざあなたに忠告されることでもないわ」
ちなみに、ここまで私はリュカの目を見ていない。
目を見てしまえば問答無用でこころの声が聞こえてしまうからである。
しかし、視線を逸らす私は感じが悪かったのだろう。
リュカが苛立たしげに私の名前を呼んだ。
「おい、シャーロット。ひとと話す時は相手の目を見ろよ。常識だろ」
「なんでリュカに常識を説かれなきゃならないの」
もはや、子供の喧嘩である。
私の態度の悪さは一方的なものであり、年相応ではない。それを自覚しているからこそ、私は自己嫌悪でますます自分が嫌になる。
とにかく、この場はどうにかしてやり過ごそう。
ため息を吐いて場を辞する挨拶をしようとした時。
「だいたい、あの男がきみを愛してるはずがないだろ……!?よく見ろよ、恋にのぼせて周りが見えなくなってるのか?どう見たってあの態度は……」
「──」
それは、決定的な言葉だった。
だって、リュカの言葉は正しかったから。
だけど、正論だったからこそ、私は頭に血が上った。言い返そうと咄嗟に口を開いて、リュカの目を見た、時──。
《いい加減気づけよ!俺は!!きみが好きなんだよ……!!》
──そんな、リュカ……のこころの、声。
叩きつけるような声が聞こえてきた。
絶句して、ぽかんと口を開く。
恐らく、公爵令嬢として目も当てられない間抜け顔になっていたことだろう。
そんな私を見て、リュカが眉を寄せる。
「……なんだ?どうした?いやに大人しいな……」
「そ、れは……だって、あなた、今」
《今?ジュリアンを否定したことか?いや、だって》
《あいつはどう見たってお前のこと、好きじゃない》
《目を見れば分かる。あの男は、冷めた目をしている。ほんとうに好きだったら、俺みたいに──》
「っ……!!」
そこで、私はバッと顔を逸らした。
……耐えられなかった。
(え……!?えっ!?)
リュカって、わたしのことがすきだったの……!?
だ、だから?
だから、あんな、私に突っかかってきたの──?
ジュリアンはやめとけ、と何度も言われた。
そう言われる度に、私は腹が立ってリュカに言い返した。なにかにつけてケチをつけてくるリュカが鬱陶しくて仕方なかった。
……だけど、リュカは。
客観的に見て、ジュリアンはおかしいと。
何か、裏があるに違いないと……そう、言っていたのだ。私が好きだから?私を、心配して?
……ど、どうしよう。
まさか、リュカが私のことを好きだなんて思わなかったから。どう接すればいいか分からない。
突然沈黙した私に、リュカが戸惑ったように言った。
彼の声が、頭上に降ってくる。
「シャーロット?どうしたんだよ。具合が悪いのか?」
「ち、違……」
「じゃあ、どうして俯いてるんだよ。……泣いてるの?」
「違うわよ!!」
リュカの言葉程度で、ジュリアンに裏切られたくらいでメソメソ泣くような女じゃない。
そう思ってバッと顔を上げた私は──またしても、サッと彼の目から視線を逸らした。
リュカは、あまりにも心配そうに私を見ていた。
その灰青の瞳は私を貶すような、見下すような、そんな色はなかった。
……私は、馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。
リュカはこんなに、私のことを気遣ってくれていたというのに。
私はただ、負けたくないという思いに囚われて。それを無視していた。
見ていなかった。とんだ節穴だわ……。
穴があったら入りたい。そんな気分である。
自分がいかに愚か者で、そして目が曇っていたのか。視野が狭くなっていたのかをまじまじと自覚して、私は深くため息を吐いた。
「……?シャーロット、」
「……何でもないの。ただ、反省していたのよ」
「は、反省?」
シャーロットが?という言葉がつきそうである。
その反応にイラッときたが、しかしそう言われても仕方ない。
今までの私はこうと決めたら意見を変えない頑固者だったから。
「……リュカ」
「な、何?」
狼狽えたように彼が答える。
私は、例の通り彼の目は見れなかったけど。
彼の頬あたりを見つめながら、言った。
「……その、今までごめんなさい」
「は…………?」
「勝手に敵愾心に燃えて、ライバル視して……。あなたからしたら、迷惑極まりなかったわよね」
「え、いや、そんなことは……ないけど」
ごにょごにょ言う彼に、私はさらに言葉を進める。
「これからは、態度を改めるわ。正直、【あなたに劣る】と言われるのは今も腹が立つし、許せないけど……。でも、あなたは悪くないもの。私、あなたの才能に嫉妬していたの。今まで、見当違いの八つ当たりをしてごめんなさい」
しっかりと頭を下げる。
リュカのこころの声を聞いたことで、私は冷静になっていた。
今まで、私は無意識に思い込んでいた。
リュカは、自分の方が優秀だと鼻にかけ、私を馬鹿にしている、と。
私を見下し、嘲笑っているに違いないと、そう思い込んでいた。
はっきりそう言われたこともないのに。
一方的に敵視するあまり、私はそう思い込んでしまったのだ。
あまりの愚かさに、私は自己嫌悪に陥った。
今まで散々な態度を取ったのだ。
こんな謝罪で許されるとは思わなかったが、リュカは戸惑いながらも私に許しを与えた。
「えぇ……と、気にしないで、シャーロット。きみが気にするのもとうぜんだ。俺ときみは、昔から比べられて育った。俺も、何度となくきみに比べられてきたんだ。だから、きみの気持ちもわかる。顔を上げて」
「でも……」
「いいから」
そう言われて、私は顔を上げる。
やはり、リュカの目は見れない。
「どうして、俺の目を見ないの」
「……諸事情で」
「諸事情?」
どうしよう。説明するべきか。
でもそうしたら、うっかり彼の気持ちを知ってしまったことに気づかれてしまうかも。
追い詰められていると、背後から声がかけられた。
「いたいた、シャーロット!異能制御装身具の最終調整が終わったんだ。……っと、リュカ、あなたもいたんだね」
クリストファー殿下だ。
私は彼の姿にこころから安堵した。
(よ、良かった〜〜〜!!)
なんと言っても、彼がその手に持っているのは、異能制御装身具!!
これがあれば、無条件にひとのこころの声を聞かずに済むのだ!!
あまりにもいいタイミングで現れたクリストファー殿下に、私は感謝した。彼の背後から後光が差しているようにすら見える。
そして私は、異能制御装身具をふたたび入手したのだ。
☆
ここまでが、私がセカンド異能【こころを読む力】を得るまでのお話。
私は羽根ペンを机に置いた。
次のページには、どのお話を書こうかしら。
裏の日記は、まだ続く。




