私を突き落としたひと
ルークは異能保持者だった。
本人曰く、公的異能指標認定者ではなく、使える異能もそんなに強いものでは無いらしい。
ただ、逃亡に適した能力なので、今のセレグラでも問題なく買い出しができるとのことだった。
ルークが所有する異能が、どういったものなのかは気になる。気になるけど、本人があまり言いたくなさそうなので聞かなかった。
ルークに「こっちだよー」と案内されながら、部屋を出る。
すると、ばか長い階段に出るわけで、その高さと長さにうっと息が詰まった。
(ほん……っとうに長いわね、この階段は……)
こういう長い階段や傾斜の激しい坂道は、登りより、下りの方がこわいとおもうのは私だけなのかしら……。
私は慎重に階段を下りるが、ルークは慣れているのだろう。スキップしながら軽やかに下っている。
以前の私は何度もここに来ていたそうだから、とうぜん、この階段も登っていたのだろう。
この階段を毎日、計一ヶ月と十日、登ったのだ。
そこでふと、私は思い出した。
王城の応接間で、クリストファー殿下が言っていた言葉を。
『セレグラ地方は、ここから馬でひと月。船を使えば五日と一週間強。ここからずっと北方に位置する辺境だよ』
『あなたは、彼に鍵を作ってもらうためにわざわざ足を運んでいた。二ヶ月ほど、王都を不在にしていたよ』
王都からセレグラまで、
船で二週間程度。
馬で一ヶ月。
以前の私は二ヶ月ほど王都を不在にしていたというのだから、日数的に考えて馬(というか馬車)で行ったのだろう、と思っていた。
以前の私は船を苦手としていたのかもしれない、と考えていたのだ。
だけど……もしかして?
ふと、ある予感が頭を掠めた。
いや、予感、というよりそれが正解だろう。
以前の私もきっと、同じように船で行った。
だけど、セレグラに到着し、アントニオ・アーベルに会って鍵を作ってもらうのに一ヶ月と十日がかかった。
セレグラ滞在が一ヶ月十日。
往復で四週間。
二ヶ月ほど、という計算に合う。
それに今気がついて、私は深く息を吐いた。
なるほど……そういうことだったのね。
「シャーロット?」
考え事をしていて、つい足を止めてしまっていた。
ルークに呼ばれて、私はハッと我に返る。
見れば、ルークは既にこの長い階段を降りきっていた。は、はやい。
「ごめんなさい、今行くわ」
そう言って、足を踏み出そうとした瞬間。
足元を確認していなかったからか、考え事をしてそちらに意識が向いていたためか──。
私の足は、一段下の階段に触れることなく、空を切った。
「…………えっ?」
思わず、呟いた瞬間。
私は、足を滑らせ──そのまま、盛大に落ちた。
「っ…………!!」
驚きに、声も出ない。
思わず息を呑む。
「シャーロット!!」
ルークが私を呼ぶ声が聞こえた。
天井が目に入る。
日記が宙に舞い、ページが開かれた。
その、瞬間。
私は、見覚えのある景色に、息を呑んだ。
(私──)
『だから、さ、そんなにすごいものじゃないんだよ』
『あなたは、特別な令嬢だよ』
『面白い子だね、あなたは。諦めないんだ』
色んな声が聞こえる。
色んな光景が次々に現れては、消えた。
そう、だ。
そう……だった。
(思い、出した──)
私は、あの時。
(ザイガー子爵家に、ジュリアン様に会いに行こうとしていたんだわ……)
全て、整ったから。
ようやく、会いに行ける。
ようやく、彼に言うことが出来る。
そう、思って。
玄関ホールに向かうために、階段を降りていたら。
……突き落とされたのだった。
弾けたように思考が駆け巡る。
だけどそれも、わずかな時間だったようだ。
私は、頭から転がり落ちた……ようだ。
ガン!!と派手な音がする。
頭を打ったのか、頭に星が散る。
そのまま、激しい物音と身体中に伝わる衝撃。
「シャーロット!!!!」
私を呼ぶ声が遠くで聞こえる。その声を聞きながら、私は意識を失った。




