事実は小説よりも奇なり……
ルークはそれはそれは楽しそうにケラケラと笑った。
啖呵を切った……。
というか、タダ働き!?
一ヶ月もの間、私はここでタダ働きをしていたの……!?それも自ら進言して!?
そうまでして鍵をつけたかったのだと思うけど、ますます怪しく感じる。そこまでして、隠したがる裏の日記には、一体何が書かれているのだろうか、と。
笑いすぎたあまり、涙を滲ませながらルークは言った。
「俺、今でも忘れられないよ。シャーロットのあの堂々とした宣戦布告。度肝を抜かれたなぁ」
「……あなたから見た私って、どんな印象?」
ふと気になって、ルークに尋ねてみた。
ルークは、まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。ぱちくりと青い瞳を見開いて、それから少し考え込む。
悩むようにしながら、ルークは答えた。
「うーん……猪突猛進?なんか……勢いがあるって言うか……。こう!って決めたら絶対そうするっていうか……。……ああ!」
なにか、思いついたようにルークが手を叩いた。
そして、自信そうに言う。
「あれだ!!【獲物に噛み付いたスッポン】!」
「ぶふっ」
吹き出したのは、アントニオ・アーベルだ。
思わず、顔が引き攣った。
こ、こいつら……。
公爵令嬢相手にスッポン呼ばわりとは、ずいぶん失礼なひとたちである。
思わず、拳を握った。
わなわな震えたが、しかし、以前の私と彼らはずいぶん親しかったようなのだ。一ヶ月とはいえ、住み込みで働いたのだものね……。これくらいはご愛嬌なのかもしれない。……きっと、うん。
そう思い込むことにして、私はまず情報を整理することにした。
知れば知るほど以前のシャーロット像がブレていく気がした。
【気弱で、都合のいい女】
それが、ジュリアンから見た私の評価だった。
【苛烈な女】
それが、クリストファー殿下から見た私の評価。
【意志を突き通す強さのある女】
それが、リュカから見た私の評価。
そして、ルークの評価が、
【獲物に噛み付いたスッポン】……。
…………これがいちばん酷いわね。
私は額を押えながらもはやどんな顔をすればいいのか分からなかった。
スッポンって。
スッポンって!!
爬虫類じゃない!!
広義的にいえば…………虫!!
私、公爵令嬢で……人間なのに!!
そんなことを考えていると、それまで私たちの会話を静かに聞いていたアントニオ・アーベルが言った。
「まあ、なんだ。セレグラの問題も解決してくれるそうだからな。少し早いが、鍵は解錠しよう。約束だからな」
「えっ!いいの?だってまだ……」
まだ、私の手紙すら王都に届いていないだろう。
王城から役人が派遣されるのも、早くてひと月ほどはかかるはずだ。
ダニエルだってこのまま大人しくしているとは思えない。あの手この手で起死回生を狙ってこようとするはずだし、ただ完全にアントニオ・アーベルの依頼を完遂したわけではないのだ。
戸惑う私に、アントニオ・アーベルがにかっと歯を見せて笑った。
「お前さんのことは信じてるさ。お前さんは、やると決めたら最後までやり遂げるからな」
「それは」
以前のことを言っているのだろうか。
一ヶ月の下働きをした、というやつ?
戸惑っていると、アントニオ・アーベルが席を立ち、隣室から私の裏の日記を手に戻ってきた。
また持ってくるのも手間なので、ここに置いてもらっていたのだ。
アントニオ・アーベルは、机の上に裏の日記を置くと、その上で手を翳した。
一瞬、裏の日記が青白い光に包まれる。
次の瞬間、ハンマーで叩こうともニッパーで切ろうとも、硫酸をかけようともうんともすんともしなかったあの堅牢な鍵が。
……カチャ、という微かな音と共に、外れたではありませんか!!
アントニオ・アーベルの異能によって作られた鍵だから、彼が解錠できるのはとうぜんなのだけど。それでも感動してしまった。
ひ、開いたわ〜〜〜!!
思わず、私は裏の日記を胸に抱いて小躍りしたくなった。
まさか日記ひとつでここまで翻弄されるとは、思ってもみなかった。
感極まって震える私を見て、アントニオ・アーベルはギョッとしたようだった。
彼は苦笑いしながら、鍵の外れた裏の日記──何の変哲もない、ただの日記を私に渡した。
「ほらよ。これは前金みたいなものだ。セレグラの件、最後まで頼むぜ。シェーンシュティット家のご令嬢」
「もっ……もちろんよ!!私を誰だと思っているの。目的を達成したからといって途中で投げ出すような中途半端なことはしないわ!」
私は日記をぎゅう、と胸に抱きながらアントニオ・アーベルに宣言した。
「それじゃあ、私は宿に戻るわ」
「あ、じゃあ俺送るよ!」
ぴょん、とルークがソファから立ち上がって言った。
それに、私は苦笑して答える。
「大丈夫よ。ひとりで戻れるわ」
「でも、女性の一人歩きは危険だよ。今のセレグラだと特に」
ルークは、意外と(と言ったら失礼かもしれないけど)紳士だった。
それでも、まだ少年であるルークに送ってもらうのはさすがに気が咎める。私は対抗手段を持つ異能保持者なのだし、ここは断ろうと思った時。
「そうだなぁ。そうしてもらうといい。ついでにルーク、買い出しを頼めるか。シャーロットを送った帰りでいい」
慣れたように頼むアントニオ・アーベルに、
「はーい」
と、こちらも慣れたように返事をするルーク。
私はふたりをまじまじと見つめて、それからグワッとアントニオ・アーベルに言った。
「子供の一人歩きだって危険よ!だめよ、買い出しなんて!ついでに私がしてきてあげるわ!」
ドン、と胸元を叩いてアントニオ・アーベルに強く言う。
しかし彼は、私の言葉に【は?】とでも言わんばかりに、呆気にとられた顔をした。
その表情に私も面食らう。
困惑する私と、呆気にとられた様子のアントニオ・アーベルの間に割って入ったのが、ルークだった。
「ああ!そっか!シャーロットは記憶が無いんだもんね、仕方ないね!それじゃあ言っておくけど!!俺、十九だから!子供じゃないから!!」




