目が!!
「…………ぇ」
長い、長い沈黙が続いた末、私が声に出したのはそんな、間の抜けた言葉だった。
きっと今の私は、淑女にあるまじき顔をしているに違いない。
石像のように硬直する私の前で、リュカがゆっくりと足を組んだ。
気持ちがバレているというのに、リュカは余裕そうである。
なぜ??なぜそんな、リュカは余裕たっぷりなの!?
思わず、異能制御装身具を今すぐ外して彼のこころの声を聞きたいと瞬間的に思ったが、堪えた。
我欲のために異能を使うなんて、ひととしてやってはいけないことだろう。
不自然に腕のブレスレットを抑える形になった私に構うことなく、リュカが言う。
「やっぱり」
その反応に、私はカッと顔が熱を持った。
「かっ……鎌をかけたのね!?」
「そうかな、とは思った。シャーロットの反応、前と全然違うから」
「前……」
その言葉に、また少しだけこころが重たくなる。
自分の知らない自分の話は、気になるけど少し、怖い。
リュカが、まつ毛を伏せて言った。
「きみが……そんな反応をするから。もしかして、と思ったんだ。……どうしてわかったの」
リュカが、窓辺に頬杖をつきながら、少し首を傾げて私を見た。
不満そうにも見えるし、困っているようにも見えた。
さらりと、彼の雪によく似た、銀の髪が揺れる。
……どうやら、私のセカンド異能の内容までは知られていないようだ。
それに安堵したが、今度は別の動揺が私を襲う。
【どうして】……【どうして】!?
視界がぐるぐるする。
なにか言い訳をしなければ。なにか、なにか!!
混乱した私は、咄嗟に叫んでいた。
「め……目が!!」
「…………目?」
きょとんと、リュカが瞬いた。
私は、自分の言った単語から、何とか言葉を繋ぎ合わせた。
「あ、あなたの目が……そ、そう。あなたの私を見る目が優しかったの。優しかったから、だから」
もはや、自分が何を言っているか私には分からなかった。
ただ、この場を何とか乗り切ろうと必死に言葉を探す。
リュカは私の言っていることを、数秒間を空けてから理解したようだった。
途端、彼の頬が赤く染まる。
気まずそうに、リュカが私から視線を逸らした。
「そっ……そ、っか」
「そ、そう!だから、そうなのかしら?と思ったの。それだけ」
「目?目……。そんな目、してたのかな。自分ではよく分からないけど……うん」
リュカは拳を握ると、それを口元にあててもごもごと話した。
それから、未だ目尻を赤くしたまま、私を見る。
彼の灰青の瞳と視線が交わって、ぎくりとする。
彼の瞳からは真剣な様子が、伝わってきたからだ。
「知られてるなら、ちょうどいい。俺はね、シャーロット。きみのことが」
(え、え、まさか)
ばくばくと、心臓が痛いほど音を立てる。
何を言えばいいのか分からず、頭も上手く回らない。
馬車の中にいるだけなのに、この世界に私たちだけが取り残されたようだ。
そんな錯覚に陥ったところで──。
コンコン、と窓がノックされた。
「……!!!!」
ふたりして、弾かれたようにそちらを見る。
窓の外には、困ったような顔をしているジョージがいた。
その後ろで、こちらを窺うチャーリーもいる。
数秒して、馬車の扉が外から開けられた。
「失礼いたします。ツァーベル卿、ご令嬢。宿に到着しました」
「あ…………」
私たちは、ハッと我に返った。
……どうやら、馬車はいつの間にか宿に着いていたのだった。
☆
宿に戻った私は、着替えをすると部屋にこもっていた。
侍女に手伝ってもらい、動きやすいワンピースドレスに着替えてから、ベッドに飛び込む。
そのまま、枕に顔を押し付けて、大きく息を吐いた。
「は、ぁーーーー」
リュカに、知られてしまった。
私が、リュカの気持ちに気がついている、ということ。
…………どうしよう。
いちばん最初に、感じたのはそれだった。
だって、私、まだ。
「ジュリアンと婚約を解消してないもの……」
婚約を解消していない今、リュカになにかを想うことも、考えることも、不誠実にあたる。
例え、婚約相手があのジュリアンだったとしても、だ。
ごろ、と私は仰向けになる。
見慣れない天井を眺めながら、ぽつりと呟いた。
「前の私は……リュカをどう思っていたのかしら」
リュカの話や、お兄様の話を聞くに、私はリュカを煙たがっていたのだろう。
私より出来が良くて、私の恋に口出ししてきて、鬱陶しい幼馴染。
そんなふうに思っていたのかもしれない。
そんな前の私が、今の私は信じられない。
あんなに優しくて、あんなにあたたかくて……。
「…………」
私は、額に手の甲を押し当てた。
私は、何をしたいのだろう。
私は、何がしたいのかしら。
婚約を、解消して。
その後、その後は……。
リュカとは、二択のうちどちらかしかない。
彼の手を取るか、拒むか。その二択。
リュカが私に良くしてくれているのは、私が好きだから。
だから、親切にしてくれているし、優しくもしてくれる。
何より、彼の瞳。
あれは、その場しのぎの嘘ではなかった。
リュカは、いつだって私を優しく、見守るような瞳で見る。声も優しい。手つきも、優しい。
例え、セカンド異能がなかったとしても気付いていたに違いない。そう、思うほどに。
リュカは私に優しいのだ。
ごろり、とまたひっくり返り、私は側臥した。
自分の腕を枕にしながら、何ともなしに窓の外を見つめる。
ほんとうは、こんなことをしている場合ではない。
王都に報告を送ったから、近いうち王城から役人が遣わされるだろう。
そうすれば、セレグラとファーマル間の関所は封鎖されるか、そうでなくともあのばか高い税は撤廃されるはずだ。
ダニエルは、報告にあげる税をちょろまかしていたそうだし(こころの声を聞いて知った)彼が更迭されるのは時間の問題だ。
だから、早くそれをアントニオ・アーベルに伝えに行かなければならないのだけど……。
考えることが多くて、なかなか動き出せない。
ふと、思い出す。
バタバタして思考する時間すら取れなかったけど。
あの時。襲撃に遭った時に、思い出した、あの光景。
(……私、いつ、リュカを見たんだろう)
その時は思い出せたはずなのに、今はもう、思い出せない。手榴弾が投げられ、その後銃撃を受けたのだから当然だけど、過去のことを思い出す余裕がなかったのだ。
狭い、道だったと思う。
暗くて……汚い道。
どうして、私はあんな場所にいたのだろう。
リュカは、どうして私といたのだろう。
私は、なぜリュカに庇われていたのだろう。
考えても分からないことだらけで、知恵熱が出そうだった。
この、謎も裏の日記を読めば分かるだろうか。
目を開けたまま、じっと、窓の外の雪を見つめた。




