「俺の気持ちに気付いてるでしょ」
「──」
リュカが息を呑んだ。
恐らく、正解だったのだと思う。
私はまた笑って、五指をそれぞれ合わせるように指をくっつけた。
「ふふふ。前の私はそれを知っていたか分からないけど……今の私は、知ってるわ。あなたは、優しいひとだものね」
リュカは私の言葉に困ったように視線を彷徨わせたあと、諦めたようにため息を吐いた。
「……そうでもないよ。いつもどうすればいいかわからなくて、空回りしてるだけ」
「ひとを気遣う、その気持ちが優しいと言ってるの」
私がそう言うと、リュカはまたなにか言おうと口を開き──だけど、思い直したように口を閉じた。
それから、静かな声で私に言った。
「……ありがとう」
「ええ」
少し得意げに答えてから、私はふと、重要なことを思い出した。
「それより、リュカ様は良かったの?その……今更だけど、ほかの領地の問題ごとに次期ツァーベル当主のあなたが関与する、というのはあまり良くないこと……よね」
私は一応、このセレグラを治める領主、ザイガー子爵子息の婚約者だ。
クリストファー殿下から内々にセレグラの調査を命じられていたという側面もある。
だけど、リュカは違うのだ。
今更。ほんと〜〜〜に今更な話ではあるのだけど!!
リュカはついてこない方が良かったのではないかしら……。
宿で待っていてもらうべきだっただろうか。
いや、リュカは神殿が遣わした異能騎士だ。彼を置いて外出はできないし、リュカもそれは断るだろう。
では、どうすれば良かったのだろう。
途方に暮れていると、リュカは私の動揺に瞬きを繰り返していたが、やがて、理解したのか頷いて答えた。
「ああ、それなら問題ないよ」
「……問題、ない?」
「異能騎士は、神殿に所属する騎士で……軍所属の騎士とは、管轄が違うんだ。向こうは、王が指揮を執る直属の部隊。こっちは、神殿の指示に従って動く部隊。これは、覚えてる?」
兄から軽く説明を受けていたので、頷いて答えた。
それにリュカは頷きを返して、また説明を続ける。
「細かくは省くけど、神殿は王にも意見することが可能な発言権を持っているんだ。神殿は、王が誤った道を進みそうになった時の安全装置としての役目もある」
それは知らなかった。
だけど、考えてみればそれもとうぜんといえばとうぜんだろう。
神殿は、全国民の異能を管理する組織だ。
もっとも、異能は貴族にのみ発現する能力のようだけど。
リュカは、短く話をまとめた。
「そういうわけだから、異能騎士は、抜き打ちの監査官として地方に行くこともあるんだ。かなり、珍しいケースだけどね」
「……つまり、あなたはツァーベル公爵家の人間としてではなく、異能騎士としてセレグラの問題に関与した、ということ?」
「そうなるかな」
リュカが困ったように笑った。
それを見て、状況を整理して、理解すると──深く、息を吐いた。
「良かった……。あなたが責めを受けることはないのね」
さすがに、私の事情に彼を巻き込んで責を負わせるのは申し訳ない。
胸を撫で下ろすとリュカが私を呼んだ。
「ねえ、シャーロット」
「どうしたの?」
顔を上げると、リュカが私を見ていた。
なにか、言いたそうな顔をして。
「リュ──」
彼の名を呼ぼうとすると、その前にリュカが言った。
「俺は、きみの……シャーロット自身が関わる問題ごとなら、巻き込まれたいと思うし、積極的に、巻き込んで欲しいと思ってるよ」
「それ、は……」
思わず、息を呑む。
どう受け取っても、意味深長な言葉だった。
彼のこころの声を聞いているから、私はリュカの気持ちを知っている。だけど、私は彼の言葉を知らない体でいるのだ。
それでも、今の発言は。この言葉は。
お世辞として受け取るには、あまりにも重たい言葉だ。
かんたんに流せるようなもの、ではない。
息を呑んだ私に、リュカが笑った。
「シャーロット。……きみさ、俺の気持ちに気付いてるでしょ」
比喩ではなく、ほんとうに。
時間が止まった気がした。




