全てを仕組んだのは、誰?
リュカは、聞き役に徹することにしたようで、グラスに口をつけていた。
ダニエルは数秒沈黙したが、やがて何事も無かったかのように笑った。
「アハハ!めざといですなぁ、ご令嬢!実は半年ほど前に関所を設けましてね。いや、これが大きな効果があったのですよ。以前はファーマルとセレグラを行き来する商人が大きな顔をしていたのですが、今や奴らも意気消沈。元々私は、この地の商人が力をつけすぎるのは良くないと思ってましてね」
彼はペラペラと誤魔化すように言った。
まるで、予め用意していたセリフを口にするかのようだ。
怪しい。あまりにも怪しすぎる。
私は、ダニエルに気付かれないよう注意を払いながら、異能制御装身具を外した。
明確な変化はない。
けれど、ダニエルの目を見た途端、彼のこころの声が流れ込んできた。
《なんだこの■■女!せっかく気分良くしているところに水を差しやがって》
耳慣れない単語が聞こえてくる。どうせろくな言葉じゃないだろうと、聞き流すことにする。
《お前が公爵令嬢じゃなければ■■■■■■■■ってやるっつーのによぉ》
《お高く止まりやがって。俺を馬鹿にしてんのか!?》
《ハッ、いいさ。その偉そーな顔が歪む様を見てやるよ。せいぜい今はえらぶってんだな!!》
……想像はしていたけど。
それ以上に、ダニエルという男は下衆なようだった。
ほんの少ししかこころの声を聞いていないというのに疲弊した私は、ふたたび異能制御装身具を身につけるか迷ったものの。
外したままにすることにした。彼には、聞きたいことが他にもあるからだ。
「このことは、ザイガー子爵はご存知なのですか?」
ぴく、とダニエルのグラスを持つ手に力が入る。
もっとも分かりやすいのは、やはりこころの声だ。
《え……あっ?》
《ザイガー子爵?》
《いや、なんで今ここでその名が出てくるんだよ!?》
《この女は何が言いたいんだ!?クソ、さっさと追い出すか!これ以上余計なこと言われたらたまらん》
ここまで目まぐるしい勢い、かつ早口でまくし立てた彼は、にっこりと私に笑ってみせた。悪意を感じさせる、凄みのある笑みだ。
「もちろん。私が勝手な真似をするとでも?そんな瑣末事より、ご令嬢。あなたはまるで監査官のようですね。もしかして王都から遣わされた新たな監査官なのですか?それにしてはずいぶんと……お綺麗でいらっしゃる。ご令嬢にそんな汚れ仕事は似合いませんよ」
一見、敬っているように見えるが実際のところ、彼は私の態度を批判している。
私は彼の挑発には乗らずに、欲しい情報を得るためにまた、彼に尋ねた。
「私の婚約者はザイガー子爵令息であることをご存知ですね?」
もっとも、もう婚約解消するつもりだけど。
でも、それは今言わない。その方が効果的だからだ。
今まくしたてた言葉全てをまるっと無視しての返答だ。流石に、ダニエルの顔が引き攣った。
《……っの、クソ女!!》
《公爵令嬢じゃなけりゃぶん殴ってるところだ!》
それはそれは。
ずいぶん血の気の多い男のようだ。
私は、ダニエルを冷たい目で見た。
彼は、私のそんな眼差しに怯んだようだったが、やがてまた、取り繕ったように笑う。だけどそれは所詮、張りぼてにしか過ぎない。
《馬鹿じゃねえのかこの女?言い方は腹立つ、態度も鼻につく、俺を小馬鹿にしたように見るこの目……。正しく貴族って感じの女だが……》
《まさか、自分の婚約者が関所を作るよう指示した、なんて知りもしねぇんだからな!!》
「──」
ダニエルのこころの声に、私は息を呑んだ。
気分良くなった男は、私の反応には気付かない。
《あんな男に言いようにされるしかない女ってのも哀れなもんだ。所詮、女ってことか。ああ、愉快だ》
ダニエルは不自然に笑うと、グラスを揺らした。中に入っている赤ワインが波立つ。
ダニエルは、こころの余裕を取り戻したらしい。気味の悪い微笑を浮かべ、こちらを窺ってきた。
「ええ。もちろん。あなたがザイガー子爵令息の婚約者であることは知っております。あの男は良い。実に頭が切れる。あなたは良い男性と婚約されたものだ」
ジュリアンが……関所の設置を指示した?
では、セレグラが今、苦しみに喘いでいるのはあの男のせい……?
セレグラに関所が設置されたのが半年前。
私が、以前ここを訪れたのは……いつ頃だった……?
確か、クリストファー殿下は夏だと言った。
以前訪れた時に関所は設置されてなかったそうだから、一年以上前?
時系列がごちゃごちゃしてきた。
考えを整理するために沈黙していると、調子に乗ったダニエルがさらに言葉を続けた。
「そんなことより、ザイガー子爵令息は、ご令嬢がここに来ていることをご存知なのですか?しかも、男連れだなんて!ザイガー子爵令息が知ったら、卒倒するやもしれませんね……」
忍び笑いをする彼から、下卑た思考が彼の目を見ずとも伝わってきた。
腹が立ち、思わず顔を上げた。
その時、カン、と高い音と液体が揺れる音が響く。見れば、リュカが乱暴にグラスを置いた音だった。




