THE・成金
三時間ほど馬車に揺られ、私とリュカは代理領主の本邸に到着した。
代理領主、ダニエル・ボレルの邸は堅牢な石塀の中にあった。襲撃を恐れているのか、警備兵が十人以上控えている。
玄関扉の近くに馬車が留まり、私は御者の手を借りて馬車を降りた。
リュカはひとりで下馬していた。
息を吐くと、途端、その呼気は白くなった。
ダニエルの家は襲撃を恐れているのかというくらい、守りが頑丈だ。
高い石塀に囲まれた建物だが、窓は二階、三階には設置されていないようだ。
もっと上の階、そして屋上はあるようだけど……。
さりげなく本邸を窺っていると、突然大きな声が響いた。
「よ〜〜〜こそいらっしゃいました!!シェーンシュティット公爵令嬢!ならびに、ツァーベル卿!!歓迎いたします!!」
その大音量に、戦く。
声のした方向……玄関扉に視線を向けた。
いつの間にか、そこにはとてもよく肥え……太った男性がいた。縦はそんなに大きくないのに、横幅が凄まじい。玄関扉の幅くらいある。
恐らく、彼こそがダニエルなのだろう。
警備兵がみな揃って頭を下げていた。
「さあさあ!寒いでしょう?早くこちらへ!」
ダニエルの言葉に私とリュカは顔を見合せた。
ダニエルの腕には、いくつもの黄金のブレスレットが提げられている。胸元には大粒のダイヤをあしらったネックレスが。
もっとも、彼の太ましい体躯のために、それは窮屈そうな印象を覚える。
恐らく、その瞬間リュカと私は同じことを考えた。
(成金!!をまるで体現したかのようなひとだわ……)
私はそのことに感動すら覚えた。
趣味の悪いネックレスとブレスレット。ついでに服。これなら今朝のちょび髭役人の方がまだ良いというものだ。
黄金やダイヤをあちこちにあしらえばいいというものではない。
私たちは彼に招かれて玄関ホールに入った。
シャンデリアの光が反射して、ダニエルが眩しいことこの上ない。もっと落ち着いた服装をして欲しいものだ。
私はこころの中でため息を吐いた。
(突然、関所を設置して住人から税を取り立てて……自分は豪遊三昧、ね)
よく聞く悪徳領主あるある、というものだけどまさかそれをそのまま体現するようなひとがいるとは。
リュカを見ると、彼も眉を寄せていた。
男はダニエル・ボレルと名乗った。
やはり、彼がダニエルだったのだ。
彼はお喋りが好きなようでぺちゃくちゃと世間話(という名の自慢)を捲し立てながらも私たちを食堂に誘った。
席についてからも、彼の巧言令色は止まらない。
「玄関ホールにある剥製、ご覧になりましたか?あれがなにかお分かりになりますか?ご令嬢」
「え?ああ……見ていませんでしたわ。それより、ボレル様。私はお話があってここまで来ましたの」
彼のおべんちゃらにもうんざりしてきたので、私は早々に本題を切り出すことにした。
まだ食前酒すら運ばれてきていないが、仕方ない。これ以上、彼と話すのは無駄だとハッキリ分かったためだ。
話の腰を折られてダニエルは不満そうな顔を見せたが、すぐに取り繕い、にやりと笑った。
「何でしょうか。気になることがあればなんでも仰ってください!」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
そこで、食前酒がようやく運ばれてくる。
さすがにいい物を飲んでいるようで、それは年代物のワインだった。
味は気になるものの、今、口にする気分ではなかった。
私は、場の雰囲気を壊すことを理解した上で、話を切り出した。
「ファーマルとセレグラの関所……なのですが。いつからあれはあるのでしょうか?私、そんな話を聞いておりませんでしたので、驚きました」
淑女らしく楚々と微笑めば、ダニエルの笑みが固まった。




