食えない男ですわ……
(いや、待って。確か、ザイガー子爵は基本王都に滞在されていて、領地代行を立てていると聞いたわ。ということは、ここで言う領主様はザイガー子爵ではない……?)
沈黙し、考え込んでいるとルークがまた言った。
「僕らは蓄えがあるからまだいいけどさ。それがない家は悲惨だよ。ファーマルに直接買いに行くやつもいるんだけど、やっぱり関所を通る時に高い税を払わされるから、結局意味が無いんだ。商人から買うよりほんのちょびっと安くなるだけ。だけど往復にかかる金でそれもパァ。結局変わらないんだよ」
「それで、だ。シャーロット。そんな状況が長く続いたらどうなると思う」
アントニオに尋ねられ、私は顔を上げた。
「……治安が乱れる、わね。物盗りや強盗が多発する?」
「そう。僕らは、先生の鍵があるからその心配もないんだけど……」
ルークが憂鬱そうに言った。
それでふと、思い出す。
「鍵……といえば、玄関扉の鍵が開いていたわ。治安が荒れているなら、不用心なのではない?」
「ああ、それはそういう仕様なんだよ。先生は【関与不能】の能力を持つ異能者だ。正しい目的を持っていないと判断される人間の前では、鍵は何をしても開かないのさ。先生の鍵がどうやっても開かないのは、シャーロットも知っているだろ?」
「そうね。身をもって知っているわ」
ということは、あの時玄関扉の鍵が開いたのは私に正しい目的があると判断されたからなのか。
なんというか、つくづくすごい異能だと思う。
神殿は彼に来て欲しくて堪らないんじゃないかしら。彼のような有能な異能者を、神殿は喉から手が出るほど欲しがっている。それに、彼自身の身の安全のためにも神殿に所属した方がいい……とは思うのだけど。
こんなところに居を構えるくらいだ。彼も彼で、信念というか、考えがあるのだと思う。
パチパチと、薪が燃える音が静かな部屋に響いた。
「このままじゃあ、セレグラは荒れるばかりだ。お前さん、偉いところのご令嬢なんだろう?解決してくれないか」
「そ、れは……」
領地のことは王家の管轄で私が口出すことではないし──。
貴族の娘に過ぎない身で、私に何ができるだろう。
そう、考えた時だった。
ふと、思い出したのだ。
セレグラに向かうと決めた時。
王城の応接間で、私に微笑みを浮かべて彼は言った。
『向こうで気になったことがあったら……戻ってき次第で構わない。私に、報告してくれるかな』
ゆったりとした、穏やかな声でクリストファー殿下はそう言った。
点と点が線で繋がった気がした。
(あ、あれねーー!?)
つまり、殿下はこの状況をお見通しなわけで!
それで!あえて!私にそう仰ったのね!なるほどね!!
やはり、クリストファー殿下は食えない男だわ……。
私はルークとアントニオに向き直った。
「……分かったわ。私に何ができるかはわからないし……解決してみせる、とは断言できない。でも、私にできることはやってみるつもりだし、私にしかできないこともあると思ってる。そうしないと、鍵は解錠してくれないんでしょ?」
笑いかけると、アントニオも満足そうにしたり顔で笑った。
「憂い事があるとどうも、上手く異能が使えなくていけないねぇ」
顎髭を撫で付けながら、わざとらしくそう言う彼に、私はため息を吐きながら窓辺に寄りかかった。
とはいえ、そう簡単に解決出来ることとも思えない。まずはリュカに聞いて、彼の意見を聞いてみようかしら……。
しかし、ここまで来てザイガーの家の名から離れられないとは……思いもしなかったわ……。
私は額を押さえた。
新年明けましておめでとうございます!
これを読んでくださっている全ての方の2025年が、いいものとなりますように。




