対価が必要です
「し、下働きですか?私が?」
「あれ、違うの?」
ルークは自然な様子で私に話しかけた。
ずいぶん親しかったようだ。
というか、下働きって何……!?
私はここで働いていたというの?なぜ?
公爵家の娘である私が……!?
混乱していると、奥からひとりの男性が姿を現した。歳は五十代半ばから六十代前半……と言ったところだろう。白髪の、頭部が少し寂しいお爺さんだ。その代わり、顎髭は豊かである。
彼はギラりと私を睨むように見ると、ふんと、鼻を鳴らして言った。
「なんだ。今度は何に鍵をつけたいんだ?」
「あなたが、アントニオ・アーベル?」
思わず尋ねると、彼が訝しげに私を見た。
そして、手にしていたハンマーを近くの机にぽいっと放り出すと、室内のソファに腰かけた。
室内には、暖炉が設置されてあり、ごうごうと燃えている。
「頭でも打ったか?それとも、そういう演技か?」
「頭を打ちました」
正直に答えると、アントニオ(推定)とルークが驚いたように私を見た。
「ええっ!?大丈夫なの?」
「へえ……。それで、どうしてここにきた?」
「あなたがアントニオ・アーベルでいいのよね?」
尋ねると、彼が頷いて答えた。
「ああ。そうだ。俺がアントニオ・アーベル。こっちが、助手のルークだ」
「弟子だよ」
ルークが抗議するように言ったが、アントニオはそれを黙殺する。
私はそんなふたりをそれぞれ見てから、意を決して話し出した。
実は、転倒事故により記憶を失ったこと。
以前、彼に依頼した鍵を解錠して欲しいこと。
「鍵を失くした……ね。まあ、それは構わないが。例の日記は持ってんのか?」
尋ねられ、私はバッグから裏の日記を取り出した。
それを彼に手渡す。アントニオはそれをじっと見つめてから、おもむろにひっくり返したり、それを近くで見たりした。
それから、彼は眉を寄せて言った。
「お前……。これ、無理やり開けようとしたな?」
「だって、鍵がないんですもの」
「トンカチにニッパーに……あとは、なんだこれ。硫酸か?」
「硫酸!?」
ルークが驚いたように声を出す。
ばつが悪かったが彼の言うことは正しかったので私は仕方なく頷いて答えた。
「仕方ないじゃない。鍵は無いし、どうしても中身を見たかったのよ」
「はぁーー。変わらんなぁ。そのじゃじゃ馬なところは……」
ずいぶん不名誉な言葉だと思ったが、鍵の破壊を試みて硫酸をかけたのは私なので、反論もできない。私は早々に話を変えることにした。
「異能の解除はできるかしら」
「誰に言ってるんだ。そんなのできるに決まってる」
頼もしい言葉に私は安堵の息を吐いた。
はるばるセレグラまで来た甲斐が有るというものだわ。
胸を撫で下ろした直後、「だが」とアントニオは言葉を続けた。
「近頃、歳のせいか胸が逸ってばかりでなぁ」
「お医者様に診てもらった方がいいのではないかしら」
「いやぁ。そうでもないんだよ。これは、あることが原因だからな」
首を傾げると、アントニオはおもむろに窓を指さした。
私も、同じように窓の外に視線を向ける。依然、そこは雪に覆われ一面銀世界だ。
「ここ、セレグラは辺鄙な場所にあるから物流は大切だ。近くの街から運んでくるにしても、長く時間がかかる。冬だと特にな」
「……ええ」
「ここからいちばん近い街が、ファーマルの街だ。セレグラよりずっと栄えているし、ひともわんさかいる。そこで商人が買い付けして、ここで売り捌くっつーのが通年通りなんだが…… そのセレグラとファーマルを繋ぐ唯一の経路に、領主様が目をつけたんだよ」
雲行きが怪しくなってきた。
私が黙って話を聞いていると、ルークが続けて言った。
「関税がかかって、えらい金がかかるようになっちゃった。おかげで、値段も酷いもんでさ。小麦一クォーター三シリングもするんだ。信じられないだろ?」
「それは……酷いわね」
小麦の相場が一クォーター、約一シリングであることを考えると、確かにとんでもなく高い。私が驚いていると、ルークが続けて言った。
「商人も領主様から袖の下貰ってるみたいでさ。ここぞとばかりに値段を釣りあげてくるんだよ。流石にこれじゃあ立ち行かないってことで町長が嘆願書を出したんだけどそれもぜんぜんだめ」
だからさ、とルークは言葉を続けた。
「このタイミングでシャーロットが来てほんとうに良かった!このままじゃセレグラは潰れちゃう。シャーロット、どうにかならないかな?」
私は、思考を巡らせた。
(ここの領地を治めているのは誰だった?)
セレグラに来る前に、一通りこの地方に関する情報は頭に入れてきたのだ。確か、セレグラを治める領主は……。
そこで私はあっ、と思い出した。
そうだった。
ここを治める地方領主はザイガー子爵。
つまり、ジュリアン様のお父様。ザイガー子爵こそが、セレグラを治める領主だ。
お読みいただき、ありがとうございました!
皆様、いいお年をお迎えください。