犯人は、婚約者
ドォン!!という重低音が響く。
ビリビリと音が衝撃になって伝わってくる。
思わず目を瞑るが、しかし爆風は感じなかった。
音だけ。
……音だけ?
不思議に思って目を開けると、地面の雪が不自然な形で抉られていた。
地面が露出し、土が覗いている。
そこには、あるものが落ちていた。
恐らく、それが投げつけられたもので、私が視界に見留めたものだろう。
それは手榴弾のようだった。
ピンは、外れている。
……手榴弾!?
そんな、ポンポン見かけるようなものでは無い。
それに、ピンが外れているし爆発音もしたということは、これは爆発したのだろう。
それなのに、私は無傷だ。
周囲にも被害は出ていないようだった。
困惑していると、ジャラジャラという音と共に、足音が聞こえてきた。
驚いて振り向けば、周囲には数人の武装した人間がいた。
顔をマスクで覆い、銃を手に持っている。
完全武装といった様子で、年齢も体型も、性別すらわからない。
いつの間にこんな近くにまで来ていたのだろう。
先程まで、周りには誰もいなかったと言うのに。
思わず身構えると、そんな私を庇うように、リュカが一歩前に出た。
彼は、襲撃者を睨みつけるようにして鋭く詰問した。
「お前たちは何者だ!」
「…………」
襲撃者たちは答えない。
答える気はない、ということだろう。
変わらず銃口をこちらに向けている。
(私には異能があるから、いざとなったら応戦できると確かに言った。言ったけれど)
まさか、ほんとうに襲われるとは思わなかったじゃない……!?
動揺する私の前で、リュカがふたたび彼らに言う。
「雇い主の名前は言えない、ということだな。目的は俺か?シャーロットか?」
それにも、襲撃者たちは答えない。
一切応答する気配のない彼らに、リュカが短く言いすてる。
「ああ、そう。あんたらがその気なら、拘束した後でたっぷり聞き出すとしようか。もっとも、その仕事は俺じゃなくて、この街の衛兵、いや、王国騎士になると思うけどね。早いうちに口を割った方が賢明だと思うぜ?痛い思いをしたくないならな」
リュカの挑発に、ひとりが反応しかけたが、仲間がそれを抑える。
そのまま、彼らは無言で──私に銃の照準を合わせた。
(……私!?)
どうやら、彼らの目的は私のようだ。
目を見開いた私に、リュカが囁くように言った。
「シャーロット、動かないで。……大丈夫」
リュカが言い終えた、瞬間。
彼らの銃口が火を吹いた。
銃声が立て続けに響く。
四方八方から銃弾が飛んできて、ふつうならその弾に撃ち抜かれるはずだ。
だけど、そうはならなかった。
なぜか、その銃弾は私たちに接触する前に、重力を失ってしまったかのように地面に落ちてしまったのだ。
それを見た彼らは、うろたえた様子を見せた。
「……!?」
(……今だわ!)
私は、異能制御装身具を外した。
そして、絶好のチャンスを逃さないように即、自身の異能を発動させる。
あっという間に、彼らの足元が氷で固まった。
続いて、彼らひとりひとりをそれぞれ覆うような、薄い氷のドームを作り出す。
これで、簡易檻の出来上がりだ。
銃弾を防ぐとしたら氷の壁を作り出すほかないが、拘束するのならこの異能は便利だ。
足場を固められた彼らが驚いたように悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁ!?なんだ!?」
「ひいいい、やめてくれ!殺さないでくれ!」
動けないことは、彼らにとってとんでもない恐怖を与えたようだ。
彼らも拘束したし、あとはリュカの言っていた通り衛兵に引き渡すだけだ。
そう思い、私はふたたび異能制御装身具を身につけようとしたが──ふと思い立ち、それを止めた。
そのまま、対面に立っているひとの前まで歩くと私はおもむろに手を伸ばす。そのひとを覆っていた薄い氷が、軽い音を立てて割れた。
「シャーロット?」
リュカが不思議そうに私を呼ぶ。
私は、硬直する相手の顔を覆うマスクを手に取り──それを剥ぎ取った。
二十代後半から三十代前半あたりの男性だ。
その目は、不安と恐れ、混乱に満ちていた。
私と目が合って、途端、彼のこころの声が怒涛のように流れ込んできた。
《なんだなんだなんだ、この女は何をするつもりなんだ!?異能を持っているのは知っていたけど、今は使えないんじゃなかったのか!!》
ガタガタと震える男の前で、私は彼を見つめ、静かに尋ねた。
正直、私も寒くてガタガタ震えたいが、襲撃の衝撃で、今は寒さもすっ飛んでいた。
「……答えなさい。誰から命令を受けたのか」
目の前の男は息を呑むだけで答えなかったが、こころの声は雄弁だった。
《あんたの婚約者だよ!!》




