【閑話】お義姉様は演じるのが得意なの
シャーロットが甲板を出て階段を降りていった後。
リュカは、シャーロットを追いかけようとして、その足を止めた。
「……ザイガー子爵令嬢」
「は、はい!」
振り向きがてら彼女を呼べば、ルアンナは驚いたように肩を跳ねさせた。
それから、今更リュカとふたりきりであることに気がついたのだろう。頬を赤く染め、なにかに期待したように彼を見ている。
リュカは彼女の考えがまったく理解出来なかった。彼にとってルアンナは、得体の知れない不気味な女である。
だけど、このまま立ち去るのも納得がいかなかった。彼は、静かにルアンナを観察するように見た後、淡々と彼女に尋ねた。
「あなたの行動は、ザイガー子爵も納得しているとあなたは言ったな。では、あなたの行動は全てザイガー子爵の指示か?」
「?……よく分かりませんけど、私はお義姉様とお兄様に仲直りをして欲しくて」
「ああ、はいはい。そういうのはいいから……俺の質問に答えて」
にべもないリュカの言葉にルアンナは目を見張る。
リュカの容姿と相まって、その声は必要以上に冷たく聞こえた。
もともとリュカは、そんなに声を荒らげる方ではない。淡々と喋るため、その声からも感情が窺いにくい。
言葉数はあまり多い方ではなく、話したとしても一言、二言程度だ。
それも相まって社交界では『ミステリアス』とか『冷たそう』とか好き放題言われるわけなのだが。
リュカ自身、親しくない人間と会話を楽しむような性格ではなかった。
ルアンナは、彼のそんな性格を知らないのだろう。
なにせ、以前チラッと夜会で見かけただけである。
ルアンナは、リュカを運命の相手のように感じているが、厳密に言うとその際ふたりは言葉を交わしたわけではない。
会場をうろついていて、ルアンナは迷子になった。その際、どこかで見たことがあるような貴族の娘に彼女は嫌味を言われ──と彼女は思っているようだが。
その実、真っ当な指摘を受けていただけである。
貴族の娘としての振る舞い、品格に欠けていると注意を受けたルアンナは、意地悪をされている!と受け取り、泣きそうになったところで。
ぐうぜん、(通路を塞ぐ彼女たちを邪魔に思った)リュカが声をかけてきたのである。
ただ、それだけ。
リュカとルアンナのふたりに会話らしい会話もなく、注意を受けた貴族の娘は彼の言葉に「あら、ごめんなさい」と道を譲った。
ルアンナはその隙に走って逃げ出した。
ちなみに、優雅さを大切にする貴族の娘が走って逃げるなどとんでもないことである。それを目の当たりにした貴族の娘は卒倒しそうになり、そのインパクトの強さにリュカも覚えていた、ただそれだけである。
そんな僅かな接触しかなかったものだから、ルアンナはリュカのことを詳しく知るはずがない。
リュカの冷たい(とも思える)態度は、彼にとっては普段と変わらないのだが、ルアンナは酷く傷ついた。
さっきは、あんなに優しそうだったのに……と。
(どうして?どうして、リュカ様は私を嫌いなの?お義姉様がなにか……なにか、言った、の?)
それは、ルアンナの中では確信に変わった。
途端、ルアンナの胸中には悲しみが広がる。
「お義姉様は意地悪だわ……私が気に入らないからって、リュカ様にまで酷いことを言うの?」
「……あなたが、あなたの世界でどんな物語を繰り広げているかは聞きたくもないけど。その前に、ルアンナ・ザイガー」
「はい……」
ルアンナは涙を拭いながらリュカを見た。
どうして、シャーロットは急に意地悪になってしまったのだろう。
いや、急に、ではない。
兄の言う通りなら、シャーロットはもともと意地悪だったけどそれを隠していただけなのだ。
だから、ルアンナは贖罪の機会をあげた。
シャーロットが罪を認めて真摯に謝ってくれるなら、ルアンナは許そうと思っていたのだ。それなのに、シャーロットは謝らない、と言いきった。
なぜ?
どうして?
嘘を吐いて、ルアンナたちを騙していたのに。
悪いと思わないのだろうか。
罪悪感を抱かないのだろうか。
そうだとしたら、シャーロットはとんでもない悪女で、性悪女だ。
こんな女を愛している、なんて言う兄の気が知れない。
どうにかして、シャーロットがとんでもない悪女であることをリュカにも伝えなければ、と思った。
リュカは騙されているのだ。
今まで、自分たちが騙されていたように、きっとシャーロットは、リュカにいい顔をしているのだろう。
だって、相手の思い通りに振る舞うのは、シャーロットの得意とするところだ。
どうすればいいの。何をいえばいいの。
焦りだけが募る。
焦燥に言葉が出ないルアンナに、リュカが言った。
「シャーロットは、あなたの義姉にはならない。二度と、彼女を義姉と呼ばないでくれ」
「え…………」
リュカが言ったのは、ルアンナの思ってもみない言葉だった。




