限りなく、告白に近い言葉
そのまま階段を下りきって自室に向かっていると。
ふと、腕を強く引かれた。
「待って、シャーロット」
「……リュカ様」
足を止めて振り向けば、私の腕を掴んでいたのはリュカだった。
彼は困惑した様子で、私を見ている。
「どうしたんだよ、急に」
急に、というか。
常に思っていたこと、と言いますか……。
私はふたたび気まずくなって、リュカの手をさりげなく振り解いた。彼も私の意図を察して、手を離す。
「……以前の私は、違ったのかもしれませんけど。今の私は、あんな感じですので」
「…………え?」
「え?」
見れば、リュカは鳩が豆鉄砲を受けたような顔をしていた。
首を傾げれば、ようやくリュカは私が何を言おうとしているのか理解したらしい。
何度か瞬きを繰り返し、納得したように「ああ」と言った。
それでも、彼は未だ困惑した様子だった。
「……さっきのことを言っているのなら。きみは以前もあんな感じだったよ」
「…………えっ!?」
「俺が言ってたのは、どうして先に歩いていってしまったのか、ということ。異能があるとはいえ、きみは貴族の令嬢で、女性だろ。ひとりで船内を歩くのは褒められたことじゃない」
「それは……」
リュカの言葉を早とちりしたのは、私の方だったらしい。
そのことに気がついて、頬がカッと熱を持つ。
何と言っていいか迷って、返答する言葉を失くした私にリュカが続けて言った。
「以前、きみは記憶が無いことに不安は無いと言っていた。確かに、そうなんだろうと思う。きみは、細かいことを気にするひとではなかったから」
「そ……うなのですか?」
「そうだよ。……ひとまず、部屋に戻ろうか。彼女と鉢合わせたらめんどうだ」
彼女、というのは間違いなくルアンナだろう。
子爵家の令嬢をひとり置き去りにしたことを今更気にしていると、私の懸念に気がついたのだろう。リュカが言った。
「船内のスタッフを呼んでおいた。あれでも子爵令嬢だからね」
「……ありがとうございます。私はだめですね。カッとなってしまって、そこまで頭が回りませんでした」
「あそこまで言われたら、大半の人間がそうなるよ。きみが言ってなかったら、俺が言っていた」
「…………」
リュカの言葉に、胸が暖かくなる。
それと同時に、彼がそう言ってくれるのはきっと、彼が私を好きでいてくれるからなのだろう、と思った。
(……どうして、リュカは私を好きなのだろう)
彼が好きなのは、以前の私。
彼は、以前の私のどこが、好きだったのだろう。
そんなことを、ふと。考えてしまった。
リュカに先導される形で、部屋に向かう。
リュカと私はそれぞれ、一部屋ずつ部屋をとっていた。
部屋の前まで到着すると、リュカは私に言った。
「例えきみが、何もかもを忘れ、全ての記憶を失ったとしても。それでも、シャーロット・シェーンシュティットはきみしかない。……きみがシャーロット・シェーンシュティットであることには変わりないんだ。長くきみを見てきた、俺が保証するよ」
「ありがとうございます。励ましてくれているんですよね?」
笑みを返すと、リュカは動揺したように少し目を見開き。それから──ちいさく苦笑した。
「違うよ。俺の本心だ」
「……以前の私が、どんなひとだったのか。確かに気になってはいるんです。私であって、彼女は私ではありませんから。だから、気になるんです。一体、何を考え、何を思っていたのだろう……と。リュカ様から見た私は、どんなひとでしたか?」
リュカから見た以前の私は。
シャーロットは、どんな人間だったのだろう。
そう思って尋ねると、彼は驚いたように瞬いた。
「俺から見たシャーロット……。そうだな、きみは今も昔も、眩しいひと……だよ。俺にとって」
「眩しい……ですか?」
あの、あのですねーー!!
さっきから、気にしないようにはしていたけども!
でも、リュカの発言は結構ギリギリだと思うの!
無意識なのかしら!?
無意識なの!?
ずっと見てきた、とか。
眩しい、とか。
それもう、好きって言ってるの同じなんじゃあ……。
そう思ったが、そう思うのは私が彼の気持ちを知っているからかもしれない。
ええ、そうに違いない。
無理に納得させた私に、リュカが言った。
「きみは、自分の意思を突き通す強さを持っている。それが、昔から俺には眩しく見えた」
「意志を突き通す……」
それはつまり、一度好きになったひと(ジュリアン様)と絶対結婚してやるわよー!!
……みたいな、そういうこと?
いまいち納得がいかない私は、非常に難しい顔をしていたのだろう。そんな私を見て、リュカが笑って言った。
「きみは知らないと思う。ただ、俺がきみの眩しさに助けられた。それだけだ」
「…リュカ様と私は、幼い頃からの付き合いなのですよね?」
「ああ。そうだよ。ヘンリーも合わせて、かれこれ十年以上の付き合いになるかな。父に引き合わされて……」
同じ公爵位を継ぐもの同士だ。交流はあった方がいいとお父様たちは考えたのだろう。
だけど、リュカとお兄様は、正反対とまでは言わないけど、かなり性格は異なる。
よく気があったものだわ……と思いながら見ていると、リュカが言った。
「それじゃあ。昼食の時間になったら、呼びに来るから。鍵をしっかり閉めて。ほかの誰がきみを訪ねても、開けちゃだめだからね」
彼は、私の護衛のために神殿から遣わされた異能騎士だ。
だからこそ、用心を呼びかけているのだろうけど。
なんだかその気遣いがやけにくすぐったい。
こんなことは、護衛騎士や従僕、侍女によく言われているから言われ慣れているのに。
リュカが言っているからだろうか。
私は、くすぐったい気持ちを隠せずに、思わず笑みを浮かべてリュカに答えた。
「ええ。……それじゃあ、また後で」
ぱたん、と扉を締める。
そのまま、私は扉に背を預けた。
窓の外からは微かに海の音がした。
既に船は出港している。
五日もすれば、セレグラに到着する。
裏の日記を読めば……私は、なにか記憶を取り戻すだろうか。
本日はクリスマス・イブですね!!
まったくクリスマス感のないお話ですが、少しは糖度のあるお話になったように思います。




