「謝るなら許してあげます!」
「わ、私は……!!」
ルアンナが言い淀んだ。
取り付く島もない私の言い方に戸惑っているようだった。
そのまままた泣かれては堪らないので、私は話は終わりとばかりにパン、と手を叩いた。
ルアンナの肩がびく、と揺れる。
「さて、ではお話はこれでよろしいでしょうか?私は、ジュリアン様と婚約解消します。既に話は進めておりますし、あなたに義姉と呼ばれる未来も有り得ません。今後は言い方を改めていただけますか?」
「ど……どうして?どうして、お義姉様はお兄様と婚約を解消してしまうの?私のせい?」
また、ルアンナの見当違いの暴走は始まっているらしい。
それに溜息を吐いた時、それまで傍観に徹していたリュカが口を開く。
「あのさ。この件に関して俺は部外者だけど、それはあなたもだよね」
「あなたは……」
「リュカ・ツァーベル。あなたとは夜会やパーティーで何度か顔を合わせてるんだけど、覚えてないかな」
リュカが皮肉交じりに答えた。
リュカの名前を聞いて、ルアンナはようやく彼がツァーベル公爵家の令息であることを思い出したようだ。
彼女は灰色の瞳を大きく見開き──。
「王子様!?」
「はっ?」
「えっ?」
私と、リュカの声が被った。
ルアンナは自分の胸の前で手を組むと、きらきらとした瞳をリュカに向けた。
「覚えていませんか?以前助けていただいたんです。意地悪なご令嬢に嫌なことを言われていた時に……あなたが私を助けてくれたんです」
「……リュカ様、そんなことが?」
リュカとルアンナに面識があったとは知らなかったが、ふたりとも子爵令嬢と公爵令息だ。どこかで接点があってもおかしくはない……のだけど。
意外な組み合わせに驚いてしまった。
水を向けると、リュカは凍りついたように黙っていた、が。
やがてハッキリキッパリと答える。
「いや、知らない」
「嘘です!」
間髪を容れずにルアンナがすぐに言う。
まるで、打てば響くのような速さである。
思わぬ方向性に会話の流れが飛んで行ったことに驚きながら、私はふたりのやり取りを見守ることにした。
「以前、ザイ……ゼィ……ザ、ザイデル伯爵!そうです、あの方のホームパーティーに招かれて、お兄様がお義姉様と踊っている時……私、寂しくなってしまって。会場を離れたんです。そしたら、意地悪なひとたちに囲まれてしまって……」
記憶が無いので私はさっぱりだけど、リュカは思い当たる節があったようだ。
「え」と呟いたあと「ああ」と納得したようにまつ毛をを伏せた。
「……あの時のご令嬢か。今、思い出した。思い出したけど……何も、特別なことはしてないよね。通行の邪魔だったから声をかけただけだし」
「私を助け出してくれました。だから、ずっと探していたんです」
その割には、リュカを見ても全く気付かなかったわよね……。
そう思ったが、ここで口を挟めばやぶ蛇になることはよく分かっていたので、変わらず私は静観に徹した。
リュカは話の通じないルアンナに苛立ちを感じたらしく、しばらくの無言の後、短く言った。
「あの時はどうも。それで、もういいかな。あまり長居すると風邪をひくから、シャーロットが」
「私、もっとリュカ様と話したいです」
「俺はあなたと話すことはないよ。シャーロットもないんじゃない?」
話を振られたので、頷いて答える。
そうすると、リュカがまたルアンナに言った。
「そういうわけだから。あなたは次の港で船を降りたら?ご家族も心配してるでしょう」
「お父様には許可をいただいてますわ。それに、当初の目的がまだ果たせておりませんもの」
「あなたの目的は何?」
リュカが取り仕切ってくれているおかげで、話がサクサク進む。私の口を挟む暇がない。
ルアンナはリュカの冷たい態度にくちびるを尖らせていたが、すぐになぜ私を追ってきたのかを思い出したのだろう。
パッとこちらを向いて言った。
「お義姉様!私、お義姉様が謝るのなら許そうと思います。お義姉様が嘘を吐いたこと。私たちに、不誠実でいたこと。だから、謝ってください!」
ルアンナは、そんな、意味不明なことを言い始めた。