正論は耳に痛いものです
出立当日。
私はリュカと合流すると、港に向かった。
リュカにどう接すればいいか出発前夜かなり悩んだものの。私はひとまずの決着をつけることが出来た。
すなわち。
(リュカが好きなのは以前の私なのであって、今の私ではない!)
以前の私も同じシャーロットではあるのだけど、記憶のない今、別人という感覚もある。
そのため、リュカは私ではない私が好きなのだ、と思うことで平常心を保つことに成功した。
馬車に乗り込むと、私はまずリュカに謝罪した。
「リュカ様もお忙しいのにごめんなさい。私事に付き合わせてしまって」
リュカは私の鍵解錠のためだけに遠出に付き合わされるのだ。公爵令息で、異能騎士でもあるリュカは多忙なのだろう。
セレグラに行くと決めたことに後悔はないが、他人を巻き込んだことには申し訳なく思う。……くらいには、私だって他人への気遣いくらいあるというものだ。
私の言葉に、リュカが少し驚いたように私を見た。
「いや……。それより、なんでセレグラに?何も無いだろ」
セレグラは、観光名所などでもなく、なんにも無いド田舎ということらしい。
その地にかの異能保持者がいるのだから仕方ない。
私は曖昧に笑いながら誤魔化した。
「知人に用があって……」
以前訪ねたのなら知人だ。嘘は言っていない。
私の言葉に、リュカは半信半疑といった様子だったが、追求するほとどもないと思ったのか、腕を組んで窓の外に視線を向けていた。
「きみはさ……。今、記憶が無いんだよね?」
「ええ」
「不安とかないの?」
意外な質問に、目を瞬いた。
不安……。
(それが、意外とないのよね〜……)
図太いというのか、楽観的、というのか。
無意識に、今の私は、今の私。
前の私は前の私、と区別しているからかもしれない。
正直にそう言うと、リュカは少し安堵したように言った。
「そっか……。それなら良いんだ。何か、気になることがあったら言って。俺が知っていることなら、教えられるから」
それなら、と私は早速好意に預かることにした。
窺うようにリュカを観てから、彼に尋ねる。
「……リュカ様と私は、仲が悪かったのですよね?」
ピク、と彼の顔が固まった。
どうやら、あまり触れてほしくないことらしい。それでも、以前の私とリュカの関係性を聞くためには必要なことだと思うの。
さらに私は尋ねた。
「お兄様と、私、リュカ様は幼馴染だと聞きましたわ。幼い頃からの付き合いでしたの?」
「それは……。うん、そうだよ。俺と、ヘンリー、きみの三人は昔から……というか、俺とヘンリーが親しくなったあたりで、俺はきみを紹介された。ある日、シェーンシュティット邸に遊びに行ったら『最愛の妹だ』と言われて、きみに引き合わされた」
お兄様……。妹思いは昔からのようだ。
リュカはジュリアン様を義妹好きと言っていたが、私のお兄様も大概だと思う。
そんなことを考えていると、リュカが静かに話を進めた。
「最初は、そんなに仲も悪くなかったと思う。親しい友人の妹、兄の友人……そんな関係だった」
「いつから、関係悪化に?」
「……俺が、きみに冷たく当たるようになった」
「……!?」
それは意外だった。
てっきり、私からリュカを嫌いになったのだとばかり。驚く私に、リュカが気まずそうに私を見た。
「ちょうど、きみがジュリアンに惹かれたあたりからだ。『きみは見る目がない』『あんな男が好きなんてどうかしている』みたいなことを言って。きみを怒らせた」
「……言い方はまずかったのかもしれませんけど、正論だと思いますわ」
「そうなのかな。俺は、必要以上にジュリアンを悪く見ていたし、悪く言っていたように思う。シャーロットが気分を害するのもとうぜんだ」
「…………」
どうやら、リュカは自分が悪いと思っているようだった。
でも、結果としてリュカの言葉は正しかったように思う。実際、ジュリアンは自己中心的のどうしようもない男だったわけだし。
だけど、恋愛にのぼせている女が、素直にその言葉を聞くはずがない。好きなひとを貶められたと感じて、より反発するだけだろう。
実際、リュカに諭された私は彼に反発し、彼を嫌うようになったみたいだし……。
なんというか、リュカは不憫だ。
幼馴染が変な男に引っかかっているから忠告したら、逆に嫌われてしまうなんて。
それほど以前の私はジュリアンにのぼせあがり、恋は盲目状態だったのかしら……。どれほど周囲が見えていなかったのか、考えるだけで恐ろしい。
戦慄していると、リュカが苦笑した。
「こんなことを、記憶のない今のきみに言うなんて卑怯だと思う。記憶のない今のシャーロットは、俺を許す他なくなるでしょう?今のきみには、過去、きみがどう感じたかという記憶がない」
「それは……。ですが客観的に今のお話を聞いて、リュカ様は悪くないと思いましたけど……」
むしろ、恋にのぼせ上がり暴走状態になっていたのは、間違いなく以前の私だ。
必要以上に彼が自身を責めることはないだろう。
そう思って言うと、リュカはなぜか、しみじみとした様子で言った。
「……ほんとうに、今のシャーロットには記憶が無いんだね。なんだか、別人と話しているような気持ちになる」
その言葉には、少し、物申したくなった。
「以前の私も、今の私も、変わらずシャーロットです」
言うと、リュカがクスクスと笑った。
思わず、と言った様子で。
「ああ、ごめん。そうだね。確かに、そういうところは変わっていない」
……クリストファー殿下にも言われたけど。
そういうところって、どういうところ!?
私と接するひとたちは、そうして以前の私との共通点を見つけ出すのだが、いまいち私には分からなかった。