あ、危うすぎる……!?
「……あの、クリストファー殿下?」
「なんだい?」
「私、まだジュリアン様との婚約を解消をしておりません。その状態でほかの男性と一緒に……というのは、さすがに気が咎めます」
「確かにそうだね。だけど、リュカは神殿所属の異能騎士だ。あなたの護衛をする、というのは何も不自然なことでは無いよ」
……神殿所属の異能騎士?
また知らない単語が出てきた。
戸惑っていると、意外なことにリュカが助け舟をだした。
「今の彼女は俺のことを知りませんし、別の人間が適任なのではないですか」
「そうかな。私としては、リュカほどの適任者はいないと思うのだけれど」
私は、ふたりの会話に割入るようにして質問した。
「異能騎士とは、何なのですか?」
尋ねると、クリストファー殿下がハッとしたように私を見た。
どうやら、私が知っているものだと思っていたようだ。
彼は首を傾げながら、かんたんに説明してくれた。
「異能騎士は、その名の通り異能を使う騎士のこと。異能保持者の中には、その稀有な能力から命を狙われることが多々あるんだ。それに対抗するために、神殿が異能騎士を斡旋するんだよ。ちなみにリュカは、神殿内でもトップクラスの異能騎士だ」
それはつまり、リュカは強い異能を使える……ということなのかしら。
ちら、と彼の腕を見ると、確かにリュカも異能制御装身具を身につけている。
状況は理解したものの。
やはりそう簡単に頷けるものではない。
「ですが、私も対抗手段のある異能を所持しております。ひとりでも問題はありませんわ」
もちろん、供に侍女はつけるけれども。
ファースト異能である【氷を生み出す能力】があれば、不審者に襲われても撃退はできるはずだ。
そう思って言うと、クリストファー殿下は私が即決するとも思わなかったのか、頷きながら言った。
「まあ、今すぐ出立する……というわけではないのだから、ゆっくり考えてみればいいよ。シェーンシュティット公爵の意見も交えて、結論を出すといい。神殿は、あなたのような稀有な能力を持つ異能保持者をみすみす失いたくない。いくらでも異能騎士は派遣しよう」
稀有な能力……というのは、セカンド異能である【他人のこころを読む能力】のことを言っているのだろう。
異能は、おおまかに、干渉型と生産型のふたつに分けられる。
私のファースト異能である【氷を生み出す能力】は生産型、セカンド異能の【他人のこころの声を読む能力】は干渉型──もっと詳しく言うと、対人干渉型に入るらしい。
この、干渉型の異能は稀有なものが多いというのも、事故後にシェーンシュティット公爵家を訪れた神殿の人間により説明を受けていた。
リュカが従僕に呼び止められて、その場を去る。
おそらくクリストファー殿下も部屋に戻るのだろうと思っていたが、意外なことに彼はこの場に残った。
まだ、なにか話があるのかしら……。
怪訝に思っていると、クリストファー殿下がやけに真剣な眼差しで、私を見ていた。
「これは、お節介かもしれないと思ったのだけれど」
「?……はい」
「ジュリアン・ザイガーには注意しなさい。油断しないように」
それは、思ってもみない忠告だった。
思わず、目を瞬かせる。
「ジュリアン様……ですか?」
「彼は頭の足りない愚か者に見えるけれど……窮鼠猫を噛むというでしょう。気をつけるに越したことはない、ということだよ」
クリストファー殿下はそう言って笑った。
しかし、彼の先程の真剣な眼差しは、それだけが理由のようには思えない……けれど。
戸惑う私に、クリストファー殿下がさらに言った。
「異能騎士は伴って行った方がいい。今のあなたは、危うすぎるから」
驚きのあまり、声がひっくり返りそうになる。
以前の私は知らないけれど、今の私は名前を言ってはならないあの虫ほどの生命力とバイタリティに溢れていると言っていいだろう。
そう簡単に誰かにいいようにされたりはしない。
もしそんな状態になったとしても、爪痕くらいは残してみせる。無駄死にだけはしたくない。
そんな思いすらあるのだけど、その思考が危ないということなのかしら……?
混乱していると、クリストファー殿下が苦笑した。
「すまない。言い方が悪かったかな。破滅しそう、とか、弱々しい、とかそういった意味ではなかったんだ。ただ、今のあなたには記憶がないでしょう」
「そう、なのですが……。あの、以前の私はなにかとんでもないことに首を突っ込んでいたとかそういうことではないですよね?」
記憶が無いから危ない、と言うのであれば。
ではその記憶は一体どれほど危ないものなのよ!!と聞きたくなる。
いくら楽観主義、細かいことは気にしない性格なのだといえど、ここまで言われれば流石に気になる。
ジュリアンという男はどれほど危険なのか。
なぜ、私はそんな男と婚約を──彼を好きだったのか。
知れば知るほど、以前の私という像が曖昧になる。
リュカのこともそうだ。
落ち着かない気持ちになり、尋ねるとクリストファー殿下が眉を下げた。
「いたずらにあなたを怖がらせたいわけではないのだけど……。あなたは稀有な能力を所持しているし、念には念を入れたいということだよ」
ほ、本当ですの〜〜〜〜!?
何か、言ってないことがおありなのではないですか!?
問い詰めたくなったけれど、クリストファー殿下のこの回りくどい言い方といい、恐らく回答はくれないだろう。
恐らく、私はとんでもなく微妙な──令嬢に有るまじき顔をしていたのだろう。
クリストファー殿下が気を遣って、私を馬車停めまで送ってくれた。