特大の爆弾を投げないでください
先程は悪魔のように見えた殿下だが、今は天使のように見えるわ……!
なんだか、その背後から煌めかしい光すら差しているように見える。私は思わず手を合わせてしまいそうになった。
リュカから視線を引き剥がし、クリストファー殿下を見ると。
彼は手に何かを持っていた。
あれは──。
それは腕輪だった。
透明な石と、金の石を交互に挟むようにして作られているブレスレット。
クリストファー殿下は、私の前まで歩いてくると、そのブレスレットを私に差し出した。
「さっき、あなたに渡しそびれてしまったんだ。異能制御装身具。緊急時以外は、常に身につけるようにしてね」
「──」
私は目を見開いた。
今、もっとも求めていた代物だった。
異能制御装身具。
それは文字通り、異能者の異能を封じ込める魔具である。
私は、クリストファー殿下からブレスレットを受け取った。受け取る際、指が震えてしまったのはきっと気のせいではない。
(これがあれば……!!)
これがあれば、私はこれ以上、ひとの心の声を聞かずに済む……!
私は滂沱の涙を流す思いだった。
この数日間、私は強制的にひとのこころの声を聞かされてきた。
それはとんでもなく。
非常に。
ひっ……じょーーーに辛かったのだ…………!!
腕に嵌めると、ひんやりとした感覚がした。
それ以外、特に変化はなかった。
だけどこれで。これで、私はもうひとのこころの声を聞かずに済むのよ……!
「ありがとうございます。すごく困っておりましたので……感謝しております」
クリストファー殿下に礼を言うと、彼はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
早速装身具の効果を試そうと思ったが、しかしクリストファー殿下相手では、確認が出来ない。
私はくるり、と振り返ると。
意を決してリュカの目を見た。
「…………?」
リュカは、訝しげに私を見ている。
…………見ている、だけ。
聞こえない!!こころの声が!!
聞こえないわ!!
私は拳を天に突き上げたくなった。
異能制御装身具様様、である。
もう私は、これを手放せない。確信した。
涙も禁じ得ない私の様子に、リュカはますます得体の知れない人間を見る目を向けてきた。だが、今の私はそれすら気にならない。
「あのさ……ほんとうに大丈夫?今日のきみ、ずいぶんおかしいけど」
……そりゃあ他人のこころの声が強制的に聞こえるんですもの!!
おかしくだってなりますわよ!
というかあなたのこころの声が一番強烈だったからーー!!
なんて、まさか言えるはずもなく。
(……確かにさっきまでの私は、どこに出しても恥ずかしい公爵令嬢だったものね)
それは、純然たる事実である。
なので。
私はにこり、と誤魔化すように笑みを浮かべた。
クリストファー殿下がリュカに言う。
「リュカ・ツァーベル。さっき、フェリクスがあなたを探していたよ。彼は二階の【宝玉の間】にいるはずだ」
フェリクス……。どこかで聞いた気がする。
どこで聞いたのだっけ……。
思い出そうとしていると、リュカが「ああ」と言った様子でクリストファー殿下に返答した。
「フェリクス殿下ですね。約束をしているんです。おおかた、神殿絡みの話でしょう」
フェリクス……殿下!
つまり、王族!
どこかで聞いた覚えがある、と思ったのは、お兄様から教えてもらったからだろう。
「……シャーロット。こっちを見て」
不意に、リュカの声が聞こえてきた。
反射的に顔を上げると、彼が眉を寄せ、私を見ていた。
ど、どうしましょう。
とんでもなく緊張するわ……。
だって、いや、あの。
リュカは私を好き……なのよね?
……なぜ!?
以前の私と、リュカは仲が悪かった。
それなのに、どうして。
戸惑いのあまり混乱する私を見て、リュカが言った。
「やっぱり、顔色が悪い。今日はもう帰って休んだら」
ぶっきらぼう……ではあるが、優しい声である。
その時、思い出してしまった。
『好きだよ、シャーロット』
その冷たげな容姿からは想像できない、あまりにも優しい、その声を。
私はふたたび俯いて、片方の手で口元を覆い、もう片方の手のひらを前に突き出した。
「ええ、問題ありませんわ。ちょっと立ちくらみ?がしまして、はい。ですから、お気になさらず」
真っ赤な嘘である。
しかし、ほんとうのことを言うわけにもいかない。顔がじわじわと熱を持つ。
……なんだって私は、こんなにも恋愛絡みに対しての免疫がないのよーー!!
だから私はかんたんに男に騙されるのよーー!
今、わかった。よくわかった。
きっと私はこんな感じでジュリアンにあっさり落とされたのだ。
こんなにもかんたんに自分が取り乱すとか、想定外過ぎるわ……。いや、でもまさかリュカが私を好きだなんて思ってもみなかったし……。そんな言い訳をしていると、リュカがさらに言った。
「立ちくらみ?それなら医務室に行った方が──」
「シャーロット嬢は、考え事に夢中になっていたのではないかな。……ね?」
「は、はい!そうです。それですわ」
クリストファー殿下の言葉は渡りに船である。とにかく、この窮地を脱せるのならなんでもいい。
そう思っておおきく頷くと、ふたたびリュカが尋ねた。
「今後のこと?」
「シャーロット嬢は、セレグラに向かうらしい。長旅になるだろうし、今後のことを考えて不安に思っていたんじゃないかな。違うかい?」
「ええ。そうです。セレグラ……セレグラはどんな場所なのかしらって思いましたの」
まったくの嘘だが、とにかくクリストファー殿下に合わせておく。
これ以上、リュカに不審がられては敵わない。
「だけど、公爵令嬢がひとりで北方のセレグラまで行くのは危険を伴うよね。今の彼女には記憶がないから、なおさらだ」
「……セレグラ?前にも行ってなかった?」
「また行く用事が出来たそうだよ。そこで、リュカ・ツァーベル」
クリストファー殿下が、リュカを呼んだ。
私とリュカがそれぞれクリストファー殿下を見ると、彼はにこりと微笑んだ。
そして。
「シャーロット嬢の付き添いを、あなたに頼めないかな」
特大の爆弾を投げ込んできたのである。