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榎本さんの機嫌は今日も悪い

作者: 村崎羯諦

 榎本さんの機嫌は今日も悪い。だから、この街の天気は今日も雨だし、気象庁から派遣されている榎本さん対応担当の吉澤さんは頭を抱えてしまっている。


「昔からの幼馴染である君なら理由がわかったりしないかな? 先週からずっと機嫌が悪くて雨続きだし、そろそろ機嫌を直してもらわないと私も上司から怒られちゃうんだよ」


 吉澤さんは二十代後半の若い男性で、榎本さん対応担当として僕たちの高校にやってきてから今年で三年目になる。吉澤さんの仕事は榎本さんの機嫌を取って、榎本さんの機嫌と連動しているこの街の天候を安定させること。だけど、機嫌を取ると言ってもそんな簡単にいくわけもなくて、吉澤さんはよくこうやって榎本さんを昔から知っている僕に相談しにやってくる。


 吉澤さんから相談された僕も考えてみたけれど理由は思い浮かばない。榎本さんとは毎日学校で顔を合わせているし、家が近いと言うこともあって一緒に下校することだってよくある。長い付き合いである僕は、普段であれば榎本さんの機嫌が悪い理由をなんとなく察することができた。その理由を吉澤さんに教えてあげさえすれば、数日以内には機嫌が戻ったりすることが大半だった。


 だけど、今回ばかりはすぐにはわからない。ただ、機嫌が悪いことは確かだ。昨日一緒に下校した時も反応がそっけなく、ずっと何かに怒っているみたいだった。榎本さんの友達にも聞いてみます。僕がそう伝えると、吉澤さんはいつも本当にありがとうと両手を合わせて感謝してくれた。


 僕はすぐに榎本さんと一番仲のいい盛田さんに連絡を取ってみた。盛田さんは私にも理由を教えてくれないんだけどと前置きをつけた上で、僕にこっそり教えてくれた。


「前にポロッと言ってたんだけど、どうやら誕生日を忘れられたことを怒ってるっぽい」


 それを聞いて僕ははっとする。カレンダーを確認して、つい先週が榎本さんの誕生日であることを思い出す。ちょうどその時期バタバタしていたこともあって、僕はそのことをすっかり忘れてしまっていた。そして今までの天気を確認して、ちょうど誕生日の日あたりから雨が続いていることに気がつく。


 僕はすぐに街の中心にあるデパートへ向かった。いつも他愛もない話をしている仲だからこそ、僕は榎本さんが何をもらったら喜ぶのか知っていた。僕は榎本さんが前から食べたいと言っていた、人気のスイーツを長い行列に並んで購入する。そして、次の日、僕は一緒に帰ろうと榎本さんを誘った。僕はなるべく平静を装いながら他愛のない話を続け、学校から離れた場所で単刀直入に切り出した。


「ここ最近の機嫌が悪いのって、誕生日を忘れてたからだよね?」


 僕がそう言った瞬間、榎本さんは驚いた表情を浮かべながら僕の方を見た。それから榎本さんは呆れが混じった表情でため息をつき、「正解」と呟く。僕はカバンに手を突っ込み、榎本さんへのプレゼントを中で握りしめる。そして、僕がプレゼントを取り出そうとしたタイミングで榎本さんが言葉を続けた。


「本当に()()()()ってそういう所があるよね。誕生日プレゼントをくれるって去年言ってくれて、すっごく期待してたのにさ。安い文房具でもなんでもいいから、プレゼントしてくれるだけで嬉しいのに。私の担当なのに、私の気持ちなんて全然わかってないんだから」


 榎本さんはそう言って笑った。そして、榎本さんは堰を切ったように吉澤さんへの愚痴を話し始める。怒りながらも、どこか楽しげに吉澤さんの話をする榎本さんの横顔を見つめながら、僕はバッグの中に入れていたプレゼントを握りつぶした。


「機嫌が悪い理由ってわかった?」


 後日。吉澤さんから再び相談を受けたけれど、僕はわざとらしく首を振って、やっぱりわかんないですと返事をする。困ったねと吉澤さんはぽりぽりと頭をかき、どうしよっかと天井を仰ぐ。


 会話が止まり、僕は窓の外を見る。榎本さんの機嫌は今日も悪い。だから、この街の天気はずっと雨だ。だけど、僕は心の中で、このままずっと雨だったらいいのにと思うのだった。

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