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第2話 ラッキーと幸運



 ガチャリ――



 耳心地の良いその音が鳴り終える。



 不運に嘆く人生だった。

 努力も行動もしてきたつもりだ。

 それでも足りていないから、まだ俺には幸運が訪れないのだと、自分を洗脳する毎日だった。


 親父が死んで不運なのは、俺に経済能力が無いからだ。


 母さんが倒れたのは、俺に頼りがいが無かったからだ。


 兄貴が金を持ち逃げしたのは、俺に信頼が無かったから。


 妹が居なくなったのは、俺に優しさが足りなかったから。


 俺には何もできない。

 だから結果が着いて来ないのだと。

 そう思い込む事でしか前を向けなかった。


「けど、こっから先の人生は、ちげぇ」


 俺はガチャを手に入れた。

 間違いなくこれは幸運だ。

 10人に1人しか得られないスキルを。

 それも、これだけ有能なスキルを得たんだから。


 俺は、運が悪い。

 だから、頑張らなきゃいけない。

 その理屈は今日までにする。


「俺は運が良い。だから、頑張らねぇといけねぇな」


 恐竜が吠える。

 迷宮を、俺と竜吾を狙って疾走する。

 目前に、その大口が開かれた。


「ドラゴンソウル:」

「それが……お前のスキルなのか……? けどまて、それは俺の……」


 呟くと同時にガチャによって得たスキルが発動する。

 それは、魂の術式。

 自分の肉体に幻獣の能力を付与する力。


「地を這う蜥蜴風情が、歯向かうか」


 睨みつけた瞬間、疾走する恐竜の動きが一瞬緊張で止まった。

 この力の使い方、能力の規模は、直観で理解できた。


 腕に力を込める。

 腕を赤い鱗が覆った。

 そこに太陽の様なエネルギーが収束していく。


 初めて使う力だ。

 微調整や特殊な力は使いにくい。

 ならば、ただ全力で、本気の一撃を。

 目の前に敵に向けて。

 放つ。


龍灼拳(ドラゴンインパクト)


 放たれた拳から、大きく炎が溢れた。


 数刻前おっさんが見せた炎なんて比べ物にならないような、圧倒的な熱量が恐竜に襲い掛かる。


「ギャギャルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


 それは今までの殺意の籠る威嚇とは違う。

 悲鳴と絶叫の混じった様な不協和音。


「お前……一体どういう事だよ? それは俺の、俺と同じスキルじゃねぇかよ」


 記憶の中に異物が混ざり込む感覚がある。

 それはスキルが俺に力を教えている感覚。

 ガチャのルール。

 俺は明確にそれを把握した。


 神貨はスキル保持者の『命を救う』事で手に入れる事ができる。

 そして神貨には助けた人間の保有するスキルが刻まれる。


 幻鱗竜吾の有するスキル。

 それは魂の降霊を扱う術理だった。

 自分に幻獣を降ろす事で、その能力の一端を付与する力。


 その力を神貨より引き出す。

 それがガチャというスキルの効果だった。

 更にガチャには、今までの不運を消費する事で、排出される能力のレアリティを上げる力があった。


 結果手に入ったのは、恐らく竜吾も未だ会得していないスキルの最奥に座する力。

 自分の肉体に龍の魂を降臨させる力だ。


 強すぎる力なせいか、若干性格も引っ張られた感じがあった。

 中二病一歩手前だったぜ。あぶねぇ。


「お前、スキル使えないんじゃ無かったのか?」


 訝し気に竜吾は俺を見て来る。

 そりゃそうだ。

 俺が竜吾に語った内容と、実際に起こった出来事に齟齬がありすぎる。


「いま使えるようになったんだ」

「何? お前そんな嘘を俺が信じるとでも……」

「いや……マジなんだよ……」

「そうか。なるほどな」

「信じるの早ぇなおっさん」

「別に、それが嘘なら嘘でもいいさ。エクスプローラーに詮索はご法度。新人でも無けりゃ俺だってスキルなんて聞かんよ」

「まぁ、俺のはマジなんだけどな」

「改めて助かった。お前強いんだな」


 そう言った辺りで、俺のスキルの効果が消える。

 ガチャの効果時間は5分。

 それが終われば得た力は消えてしまう。


 次に使えるのは、また誰かを助けて神貨を得た時だ。


「礼には及ばないっての。俺だって一回助けられてるし」

「けどおぶってくれた分もあるしな、出たら一杯驕らせてくれよ。あ、未成年だっけか」

「じゃあ飯驕ってくれよ。高ぇ奴。できれば入院してる母さんの分も」

「もちろん構わねぇぜ。寿司でも焼肉でも、なんでも言いな」

「ラッキー」


 こんな言葉が、俺の口から出た事が不可解で仕方ない。

 生まれて初めて言ったんじゃないかってくらい、言った記憶の無い言葉だ。

 でも、何故か確信めいた物がある。


 これからの人生は、きっとこの言葉を多様するのだろうと。


「ふぃ、疲れたぁぁ」


 どっと疲れが来たって感じだ。

 ガチャの効果が解除されるのと同時に何かが抜けていくような感覚があったけど、そのせいか?


 尻もちをつくと、恐竜と目が合った。

 黒こげのクセに迫力あんなこいつ。

 つうかこれって売れんのかな。

 いや、こんなの引きずってる余裕ねぇか。

 てか、まだダンジョン内だし安心できん。

 さっさと帰らねぇと。


 クソ、疲れたな。


 そう思っていると、どろりと焦げた恐竜の口から何かが出て来た。


 粘液ってか、胃液かこれ。

 汚ったね。


「ぅぅ……」

「おい坊主、今……」

「あぁ、恐竜が呻いた気がするけど……」


 ふざけんなよ……

 こんな炭になってまだ生きてんのか?

 もう神貨は残ってねぇぞ。


「ぁぁ……」


 声は聞こえる。

 けど、恐竜はピクリとも動いてない。


「口、開けてみる」

「あぁ、それしかないが、気を付けろよ」


 恐る恐る俺は死骸へ近づく。

 そして、口を開けた。


 ずるりと、何かが口から溢れる様に流れ出て来た。

 胃液も一緒に出て来て、ダンジョンの地面に触れて煙が上がる。

 こいつの胃液、流酸かなんかかよ。


 胃液と一緒に出て来た固形物。

 それを見て、俺は一瞬地蔵や大仏を思い浮かべた。

 頭と胴はある。けど四肢は伸びていない。

 そんなシルエットだったから。


「ぅぁぅ……」


 でも、その固形物が声を発して理解する。

 これは【人間】だ。

 全身はドロドロに溶けて、酸性の粘膜に包まれている。

 四肢は既に存在せず、おびただしい血液がシルエットを赤く染めていた。


 顔は最早識別不能。

 服などとうに存在せず、皮膚すらも全て溶け切っている。

 髪も剥がれ落ちた、死体直前の人間だ。


「なんで、これで生きてんだ……」


 やばい。

 吐き気がやばい。

 胃がせり上がる様な感覚。

 嗚咽が激しくなって、目に涙が貯まる。

 めちゃくちゃグロい……


紀遠(きおん)……なのか?」

「知ってるのかおっさん」

「あぁ、多分、俺の仲間の回復役だ⋯⋯」


 どうして、ここまでボロボロで喉も殆ど潰れてるのに判別できるのか。

 彼か彼女かも分からないそれが、両手の中に何かを握りしめている。


 アクセサリーだろうか。

 胃液で溶けない物質なのだろう。

 それで判別したって事らしい。

 こりゃ、おっさんにとっては泣きたくなるくらい絶望的な状態だ。


 ここを出るまで命は持たないだろう。

 そもそも抱えれば俺まで胃液を受ける。

 そうなれば、俺達三人ともくたばるのは目に見えている。


「けどなんで生きてんだ? 普通の人間ならとっくに死んでる傷だろ」

「スキルさ。回復を司るスキルの一種が、こいつを延命させている」

「……じゃあ、胃液を拭き取れば自然と治るのか?」

「いや、そこまで万能な力じゃない。これほどのダメージは治癒し切る前に死んじまうだろう」

「でも、起きれば別のスキルを使って治せるんじゃ……」


 スキルには段階がある。

 使い、極める程、覚醒し、進化する。

 同じ系統に限定はされるがスキルの数は増えて行く。

 それが【技能樹スキルツリー】なんて呼ばれるスキルの法則だ。


 A級の回復役なら、自然回復以外にも色々な回復スキルを使えるんじゃないのか。


「いや、この傷じゃスキルを使う程集中して思考する事ができないだろう」

「なんだよ……じゃあもう……」

「あぁ、俺にできる事はこれ以上苦しまない様に、この手で葬ってやる事くらいだな」


 そう言っておっさんは手を翳す。

 しかし、そこから炎は出ない。

 マナが切れたとか言ってたな。


「悪い券痲(けんま)、ナイフ貸してくれるか?」


 覚悟の込められた目でおっさんは紀遠(きおん)と呼んだそれを見る。

 酷く悲しそうに。

 酷く切なさそうに。


 何か無いのか。

 俺は幸運なんだ。

 幸運なら、これくらい何とかなるだろ。


 ガチャ。神貨。回復役。胃液。スキル。


 いや、そうか。

 もしかしたら、その手があるのか?


「待ってくれおっさん。助けられるかもしれない」

「なに?」


 俺は鞄から水筒を出して水を体の上から掛け、自分の服を脱いでそれをタオル替わりにして胃液を拭き取っていく。


 内臓や神経に直接布が触れて痛いだろうが我慢してくれ。


「おっさんも手伝ってくれ」

「だが……」

「俺を信じてくれねぇのかよ、おっさん!」

「っ……そんなモン、信じるに決まってんだろ!」


 一生懸命、俺たちはズボンも脱いで胃液を拭い取っていく。

 生きろ。助けろ。救うんだ。

 そうすれば、きっと……


「クソ、なんで、出ねぇ……!」


 これじゃあ『命を救った』内に入らないのか?


 頼む、生き延びろ。

 頑張れ。ここさえ俺の思い通りに行けば。

 絶対あんたを助けてやれる。


「頑張れ……頑張れ!」

「紀遠、死ぬんじゃない! もうお前しか残ってないんだ、お前まで俺は失いたくないぞ!」


 胃液を拭きながら声を掛け続ける。

 しかし、呻くばかりで意識が戻っている様には見えない。

 もしかしたら、俺の火炎で喉が焼けているのかもしれない。


 頼む。生き延びろ。

 何を言えばいい。

 なんて声を掛ければ……


「紀遠! よく、頑張ったな……」


 そう、竜吾が涙ながらに言った。

 その瞬間、解け切った瞼の奥にあるドロドロの眼球が微動した気がした。


「りゅ……ご……さ……」


 それは今までの呻き声とは違う。

 明確に意味を宿す【言葉】だった。


「ご……ん……さ……」

「謝るな、お前の責任じゃない。全部俺のせいなんだ」


 竜吾の言葉を受けて、その人の口角拳筋と笑筋が少し動いた。

 そして、彼女の首がゆっくりと俺を向く。


「あ……り……が……と……」


 そう言って、彼女の目が動きを止める。

 心臓が、動脈が、動きを止めていく。

 助けられなかった。

 救えなかった。


 嘘だろ。

 俺は、また不運に戻るのか?


「クソ、なんで神貨コインが出ねえんだよ!」


 そう叫んで地面を叩く事しか、俺にはできなかった。




【癒しの神の承諾を獲得】

【癒しの神貨一枚を獲得】

【神貨を奉納する事でガチャを実行可能】

【蓄積された不運を追加で奉納可能】




 正直諦めかけていた。

 なのに、頭に声は響く。


 掌に一枚のコインが現れた。

 いや待て、俺は救えなかったんだ。

 なのになんで、神貨が生成される?


 その死体を見る。

 表情なんて一切分からない。

 でもどこか、その身体は満足そうだった。


 遺言を言えた。

 恐竜の胃液から救ったから、言えた。


 たったそれだけなのに。

 それだけで救われたと感じたのか⋯⋯?

 命を、その一瞬だけでも救われたから、最後におっさんと話せた。

 そんな一瞬しか与えられなかった俺に……

 この人は感謝したってのか……?


「なんだそれ……」


 そんな中途半端な感謝なんか要らねぇよ。



【神話級確定――術式召喚(スキルガチャ)を実行しますか?】


 あぁ。


【これまで蓄積された全不運を消費します】

【実行しますか?】



 うるせぇ。さっさと。


「回れっ!」


 手首を回せば、ガチャリと頭に音が響く。



神話級(ゴッドリィ)・治癒術式:蘇生】

【4:59】



 蘇生だって……?

 ははっ。

 やっぱり俺は幸運なんだ。

 ご都合主義に愛されてる。

 どう考えても、おあつらえ向きの力だ。


 俺は立ち上がり、死体へ向けて手を翳す。


「券痲、なにする気だ!?」

「決まってんだろ。治すんだよ」

「もう死んでる、無理なんだ……」


 さっきと一緒だ。

 使い方はもう記憶あたまに入ってる。

 俺はそれに従うだけでいい。


 キラキラと輝く白い奔流が、倒れた死体に群がっていく。


 やさしく包み、その身体を修繕していく。


 それと同時に、足がふらついた。

 身体の中の、何かが抜けてる。

 全身の水分が吸い取られてるみたいだ。

 眩暈が激しい。

 やべぇ、このままだとぶっ倒れる。


「なんだ。お前のスキルは何なんだ……?」


 あとで説明してやるよ。

 ちょっと待っとけおっさん。


 待てって、もうちょっと。

 治すまで。

 俺の意識、持てよ。

 あと、少し。


「っんの……」


 気合いを入れると身体の再生が加速する。

 男か女かも分からないその身体。

 再生が進むにつれて、女らしい膨らみが戻って来た。

 それを確認すると共に、俺の視界は俺の意志を完全に無視して。


 微睡の中へ落ちていく。

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