5話 CBXの名
遅くなった上、今回は短めです。
ゴールデンウィークなので現実世界でのツーリングがはかどってしまって……
去っていく瞬を見送ったあと、晧一は自宅へと帰ろうと思っていたが、なぜかアパートの駐輪場にガラの悪そうな二人組がいた。晧一は絡まれるのが嫌なためにUターンして、コンビニで軽く食事をしたあと、近くの峠や農道を流していた。
『クッソ、変なヤツらがいるせいで家に帰れないなんて……』
時刻は夜の11時過ぎ、農道は真っ暗で、街灯もまばらにしか設置されていない。そして、一帯には晧一以外いなかった。
夜のソロツーリングも気持ちがいい。交通量が少ないので昼よりも飛ばせる。
『誰もいないし、飛ばしてもいいよね……?』
晧一はふとそう思い、左ウインカーを出して道路の端に止まる。そして前後左右を確認したあと、9000回転付近でクラッチミート、回転が落ち着いたところでクラッチを開放してフルスロットルで加速する。いわゆる0-100。
2速、3速、4速とギアを上げるたびに60、80、100とスピードを指す針が動いていく。もし警察がいたら、十中八九捕まるだろう。
いい加速だ。さすが4スト125cc最速。
そう思っていたらもう時速120キロ。法定速度の2倍の速度。さすがに危ないと思い、スロットルを戻してエンジンブレーキで時速60キロまで落とす。
『……よし、帰ろう』
次の交差点でUターン。そして、来た道を引き返していく。日付が変わると走り屋が増えるので、その前に帰りたい。
『さすがにもういないだろう。あーいうヤツらががずっと同じ場所にいるわけないし』
そんなことを思いながら、晧一は自宅へと帰っていった。
道中旧車會と思われるヤツらに威嚇コールされたが無視した。困ったことにこの時間帯によく現れるのだ。
30分ほどで無事にアパートに帰ってこれたが、ガラの悪そうな二人組ははまだいた。
「げぇ……、頼むから話しかけないでくれよな……」
嫌な顔を隠しながら、バイクをアパートの駐輪場に止めてハンドルロックをかけてカバーをする。
「ようそこのお兄さん」
だがカバーをかけようとしたとき、案の定二人組に絡まれてしまった。
「え、あ、あの……。もしかして僕でしょうか……」
晧一は恐る恐る聞く。すると集団の一人が一歩前に出て、顔を近づける。
「おうよ、ちょっとそのバイク、見してくんねぇか。……心配すんな、盗って逃げたりはしねぇよ」
「あ、はい。どうぞ……」
断ることもできず、せっかくかけたバイクのカバーを外す。すると集団の一人がCBX125Fのハンドルやサイドカバーをくまなく見る。
「……確かに『CBX』だが、こいつはカウルが付いてるしピンクナンバーだし、小さすぎるぞ」
「マジ? カバーをめくってみたら『CBX』って書いてあったから、てっきりこいつだと思ったんだが……」
「なに人様のバイクを勝手に見てんだオメーは。それにここ、こいつはエキパイが2本だ。俺の言う『CBX400F』は4本だ」
「マジかよ……」
「悪かったなお兄さん、人違いだ。迷惑をかけたな。……行くぞ」
二人組ははそう言うとどこかへ行ってしまった。
『……ったく、治安悪いなぁ』
遠くに見える二人組の背中に向かって心の中でそう言う晧一。そしてバイクのカバーをかけ直して、アパートの階段を上がった。
『CBX400F……』
「CBX400F」とは、本田技研工業が、カワサキのZ400FXをはじめとした、ヤマハのXJ400、スズキのGSX400Fといった、当時ブームだったミドルクラス4気筒に対抗して作られたバイクである。
CBX400Fは、400cc4気筒ブームに最後発モデルとして投入されたことから、圧倒的なアドバンテージを得た走行性能や高完成度でライバル他車に対して短期間で圧倒的な売上を記録し、400ccクラスでは販売面でトップになるまでの大ヒット車種となった。
その人気は根強く、発売から40年が経った今でも価格高騰は続き、現在では中古でカスタムありの車両でも400万に届こうとしている。
一方、晧一の乗る「CBX125F」は「CBX」の名を冠してはいるものの、人気は全くと言っていいほどなかった。それもそのはず、発売当時は2ストレーサーレプリカと中型4気筒ネイキッドが市場を斡旋していた時代であり、CBX125FはRFVC単気筒DOHC4バルブエンジンツインキャブという、原付二種としては圧倒的な豪華さを誇っていたにもかかわらず、ほとんど見向きもされなかった悲しい存在であった。
ちなみに「CBX」シリーズには250ccクラスにもあったのだが、こちらも陰に隠れた存在となってしまった。
そのせいか、「CBX」といえば主に「CBX400F」もしくは直列6気筒の「CBX」のみを指すようになってしまった。
あの二人組のうちの一人が勘違いをしたのもそのせいだろう。
『ま、「CBX400F」と「CBX125F」の違いは一目瞭然だから、盗られることはないだろう……』
そんなことを思いながら、晧一は玄関を開けて部屋の電気を付けた。時刻は深夜の0時に近かった。
そして軽くシャワーを済ませてから、ベッドに倒れ込んだ。
『はぁ、なんか疲れたな……。単気筒の振動はいいけど、こうも長く続くと……』
手が痺れていて足も痛い。起きて治っていたらいいのだが。