4話 ワインディングロードを駆け抜けて
3限目の講義が終わり、教室から出て駐輪場に行くと、瞬がすでに待っていた。
「お、来たね」
瞬はいかにも準備万端といった感じでYD125の横に立っていた。
「お待たせ。……で、どこに行くの?」
晧一はバイクに乗る準備をしながらそう言う。
「そうだなあ……」
「決めてないんかい」
思わずノリでツッコミをしてしまった。
「うぅ……。とりあえず、国崎峠に行かないかい? 実は何回も行ったことあるんだけど、誰かと行くのはこれが初めてだしさ」
「お、奇遇。僕も何回か行ったことはあるけど、誰かと行ったことはないよ」
「じゃあ決まりだね! 早速行こっか!」
二人はバイクに跨り、エンジンをかけて公道に出て国崎峠へと向かっていった。
国崎峠は市街地から少し外れたところにある。昔はここで走り屋たちがこぞってタイムアタックをしていたらしいが、今は完全に対策されてしまっており、タイムアタックをするものはいなくなってしまった。
だが走りを追求しない125ccに乗る二人は、そんなことは知らなかった。
「きもちー!」
瞬のYD125が前、晧一のCBX125Fは後ろという位置で、国崎峠に向かう県道を走っていた。
「うん、やっぱりバイクはいいね! 一人でも楽しいけど、誰かといるともっと楽しい気がするよ!」
「あぁ、僕もそう思うよ」
二人は信号待ちで並列になるたびに話をした。そして両手で数え切れるくらいの交差点を通ると、青の案内標識に『国崎峠』と出てきた。
「ここを左折だよ!」
「はは、りょーかい!」
瞬はウインカーを出しているにもかかわらず、大げさに手信号を出して左折、晧一もそれに続いた。
国崎峠は少し急で、125ccだとギアを落とさないと登れなかった。
「うぅ、振動がすごいよぉ!」
「単気筒だからしょうがないよー」
二人はそんな会話をしながら峠を登っていく。周りに車はいないので、思いっきりエンジンを回したり叫んだりする。
「よーし! バンク、いくよー! 」
そう言って瞬はコーナーに差し掛かるが、ほとんど傾いてない。そして遅い。
「もっと速度を上げて倒して!」
「ええッ!? これ以上は怖いよ!」
「大丈夫、そう簡単にコケはしないからさ!」
晧一はそう言うが、瞬は怖いのかなかなか倒さない。そしてコーナー出口で大きく膨らんでしまった。
「わわっ、……うぅ、まだ峠道は難しい! お手本見せて!」
瞬はそう言って左ウインカーを出して左に寄った。
「じゃあ、先行くよー」
晧一はそう言ってYD125を追い抜いた。そして次の左へアピンに差し掛かる。
ブリッピングシフトダウンをして4速、3速、2速へと落とし、大きく体と車体を傾ける。
旋回速度は30キロ、走行車線をはみ出すことなくインベタを走り抜け、ヘアピンを立ち上がった。そして一気にレブリミットまで加速し、ギアを上げる。
「晧一クン、すごい!」
瞬がそう叫ぶと、晧一は左手をあげて答える。次は右コーナー、再びギアを落として右へ曲がっていった。
「よし、じゃあボクも!」
そう言うと瞬も右ヘアピンに備えてシフトダウンをするが、単気筒エンジンの強烈なエンジンブレーキに思わず身体が投げ出されそうになる。
「うわわっ!?」
ニーグリップをしていたおかげで何とか耐えた。
気を取り直して、ヘアピンに進入する。だが旋回速度の違いか、コーナーリング中に晧一と瞬の差は大きく開いていく。
「うわー、速い! 」
瞬はCBX125Fのテールを目で追いながらコーナーを立ち上がる。そしてそのまま緩いS字カーブをクリアし、次の左へアピンに進入した。
晧一はギリギリまでブレーキを我慢してヘアピンに進入。そしてリーンウィズ、カーブ後半でアクセルを開けて一気に加速した。
この時すでに晧一と瞬の差は3秒以上あった。
『バイクの性能差もあるだろうけど、すごいや!』
瞬はコーナーを曲がりながらそう思う。そしてそのまま右へ左へとバイクを傾け、上りの峠をクリアしていった。
「ふぃ……」
晧一が先に展望台についた。10秒ほどして瞬もすぐに追いついてきた。
「はあ……、速かったねぇ」
「久しぶりにアツくなっちゃったよ……」
二人はそう言って、近くの駐車場にバイクを停めた。晧一はバイクを降りてすぐ自動販売機に直行した。
「へへ、はいチーズ!」
一方瞬はYD125とCBX125Fに向かって携帯のカメラを向ける。そして何枚か撮ったあと、CBX125FとYD125のツーショット写真をSNSに投稿した。
「へへ、ハッシュタグマスツーっと」
瞬は写真を投稿すると、その場にしゃがんで2台並ぶバイクを見た。
『かっこいいなぁ』
そんなことを思っていると、晧一が缶のブラックコーヒーを1本持って戻ってきた。
「……あれ、ボクのは?」
「え?」
「え? じゃないよ。ボクの分は?」
「……奢らないといけないの? 速かったのは僕なのに?」
「お金忘れちゃったの! あとでちゃんと返すからお願い!」
「はぁ……。じゃあコレで好きなの買って」
晧一は渋々100円玉を一枚渡す。それを見た瞬はどこか不満そうな表情を浮かべる。
「げ、ワンコイン縛り?」
「僕だって金欠なんだよ、これで勘弁してくれ……」
晧一はそう言うと、自分の缶コーヒーを開けて一口飲んだ。そして瞬は100円玉を自販機に入れ、微糖のコーヒーを買って戻ってきた。
「苦いの、苦手、"苦"だけに」
「……あれ、いまって冬だっけ」
「おもしろくない!」
二人はくだらないやりとりをして、缶コーヒーを開けて飲んだ。
「せっかくだし、展望台まで行こうよ。そんなに遠くないしさ」
「そうだね、行こうか」
二人は缶コーヒーを飲み干し、展望台へと向かった。
展望台は駐車場から歩いてすぐのところにある。二人はバイクを停めて、展望台へと歩いていった。
「おー」
「……」
展望台からは市街地と田んぼ、その先に広がる山々が見えた。
「……相変わらず緑ばっかり」
「バイク乗りにとっては天国だけどね」
二人は展望台の手すりに寄りかかる。そしてしばらく景色を眺めていた。
「……なんでだろう、何度も見た景色なのに、いつもよりもきれいに見える」
瞬が独り言くらいの声量でそう言う。
「多分、晧一クンが隣に居るからかな?」
「……さあどうだろう」
『むぅ……』
晧一に半ば無視されたような反応をされ、瞬は少し不満そうな顔をする。
だが瞬はそんな表情はすぐに笑顔に変え、晧一に話しかけた。
「ねえ、今度さ、一緒にまたどっかに行かない?」
「お、いいね、それ。今度はどこ行くの?」
「それはまだ決めてないよ」
「えー、……やれやれ」
二人はそんなことを言いながら景色を眺めていた。そしてしばらく景色を眺めた後、二人は展望台を後にした。
「あ、そうだ。キミの連絡先教えてよ」
駐車場まで戻ってきた時、瞬が突然そんなことを言った。
「え? なんで?」
「なんでって……、友達と連絡先を交換するのは普通でしょ?」
「友達……」
『友達』という言葉に思わず笑みがこぼれてしまう。
「はは、分かったよ」
晧一はそう言うと、ポケットから携帯を取り出す。
「LINEでいいよね? 今どきの若者っぽく」
「いやいや君も僕も今どきの若者でしょうが……。まあ、いいけどさ」
二人はLINEを交換して携帯をしまい、各々のバイクの横に立つ。
「さて、帰ろう! 家に帰るまでがツーリングだからね!」
「はて、そんな言葉あったっけ」
「気にしない気にしない! さあ、この峠に125cc単気筒サウンドを響かせるんだ!」
いつの間にかベルメットとグローブをつけ終わっていた瞬はそう言うと、YD125に跨りセルボタンを押す。が、うんともすんとも言わない。
「あれ? エンジンがかからない?」
何度もセルボタンを押すが、一瞬だけシュルルとセルが回ったのみで、YD125のエンジンはかからなかった。
「うぅ、冗談はよしこさんだよぉ……」
どこで覚えたか分からない昔のギャグを平然と言う瞬。本当に今を生きる大学生なのだろうか。
「キックは?」
「あ、うーん……。ボク、バイクのキックって苦手なんだよねぇ……」
実際にYD125キックペダルを出してやってみせるが、最後まで踏み下ろせていない。
「しょうがないなぁ」
「ええっ、やってくれるのかい!?」
「まぁ、キックスタートのバイクは何度か乗ったことあるから」
晧一はそう言うと、YD125に跨り、キックペダルを出して思いっきり踏み下ろした。
意外にもあっさりとエンジンがかかった。
「おお! すごいすごい!」
瞬は嬉しそうに言うが、晧一はエンジンを止めて降りてしまった。
「はい、どうぞ」
「なんで止めちゃうのさ! せっかくかかったのに!」
「いやー、さすがに自分のバイクのエンジンくらい自分でかけれないとダメじゃないかなぁ」
「むぅ……」
瞬は不満そうにしつつも、立ち姿勢から勢いよくキックペダルを踏む。
そして3回目でようやくエンジンがかかった。
「はぁ、やっぱりキックはやだな……。帰ったらバッテリーを見ないとなぁ」
「キックが嫌なら、そうするしかないね」
言葉の最後に「(笑)」を付けた感じで晧一が言う。そして晧一もヘルメットとグローブを付け、CBX125Fに跨ってスタンドを払い、セルを回す。
「いーなぁ! セルスタート!」
「おいおい、キックがついてないバイクは、バッテリーがダメになったら押しがけしなきゃいけないんだよ? そっちの方が嫌じゃない?」
「うぅ、それは、確かに……」
瞬は視線を落とす。その視線の先には後付けのアナログ時計があるのだが、針は5時を指していた。
「あっ、もう5時か。……あわわ、早く帰らないと渋滞にはまっちゃうよ!」
「そうだね、早く帰ろう」
ふたりはヘルメットのシールドを下げる。そして駐車場から出て、来た道を下って行った。
晧一の操るCBX125Fの後ろを、瞬のYD125がついていくように走る。
上りと違い、下りはスピードが乗りやすい。上りだとフルスロットルでもなかなか加速しない125ccでも、下りだとかなりの加速度を感じる。加えて前後共にドラムブレーキであるYD125はブレーキの利きがお世辞にも強いとは言えない。
『うぅ、下りは怖いよぉ……』
コーナーを立ち上がり、非力なYD125でも数秒で50キロまで到達する。そして次のコーナー入り口、瞬は恐怖から早めにブレーキをかけ、時速20キロまで落としてコーナーをクリア。
対する晧一は、前後ブレーキを巧みに使い、リアサスを沈めつつコーナーをクリアしていく。その運転はさながら、かつての速さを競うレーサーレプリカ全盛期のライダーのようだった。
晧一の運転するCBX125Fは、YD125をどんどん引き離していき、最終的にはブレーキランプも見えなくなってしまった。
5分ほどして下りが終わり、最初の赤信号で晧一は止まっていた。
今度は30秒ほど経って、後ろからYD125が追い付いてきた。そして赤信号で止まった晧一のバイクの横に並ぶと、ヘルメットのシールドを上げて話しかける。
「はぁ、はぁ……。ちょっと、速いよぉ……」
「ごめんごめん。つい楽しくて、ね」
「……もしかして、晧一クンってバイクに乗ると性格が変わるタイプ?」
「うーん、どうだろ。あまり意識したことはないけど。でも、あっ」
晧一がそう言いかけたとき、信号がすでに青だったたので少し慌てて1速に入れて半クラッチで発進する。そしてYD125もそれに続いた。
しばらく走ると、大きな交差点に出たので赤信号で止まる。すると瞬が左ウインカーを出して口を開いた。
「じゃあ、ボクはこれからバイトだから。今日のところはここでお別れかな」
「そっか、じゃあね。気を付けて」
「うむ、わが友よ、また会おう」
瞬は演技っぽくそう言って左折していき、ほかの車とともに道路に消えていった。晧一はそれを横目に交差点を直進していった。