2話 バイク仲間降臨
周りのことを気にせずため息をつき、ヘルメットを被ろうとした、その時だった。
「……キミもか」
また後ろから声をかけられる。振り返ると、自称170cmの晧一と比べると低めの身長、耳とうなじが隠れるくらいのショートカット。だが服装に限って言えばおそらく男であろう人がいた。
「……?」
「乗ってるバイクが125ccだったから、入部を断られた。そういうことだろう?」
まさにその通りだ。さっきのやり取りを見ていたのだろうか。
「おっと、突然ごめんね。ボクは今年入学した『雨宮瞬』。経営学部経営学科だよ。よろしくね」
雨宮と名乗る姿も声も中性的な新入生はそう言うと、晧一に向かって小さく手を振る。
「あ、えっと、僕は『最上晧一』。今年入学した1年。同じく経営学部経営学科。よろしく……」
半ば反射的に自己紹介を返す。
「……キミのバイク、イケてんじゃん。なんていうの?」
瞬はCBX125Fの特徴的なロケットカウルを見てそう言う。
「ホンダのCBX125F。中古で安く買って、今のところこれで通学とかソロツーしようかなって思ってる」
「ふーん……、よくわかんないけど、カッコいいよ、これ。……あ、125ccなのにエキパイが2本ある、2気筒の原二なんて珍しいね」
確かにエキゾーストパイプはエンジン側から2本生えているのだがこれは単気筒。排気効率、RFVCなどの都合で2in1マフラーとなっている。
そのことを瞬に言うと、わなわなし始めた。
「ええッ!? そうなのかい!? 知らなかったよぅ……」
無知をさらしてしまった、といった感じの瞬に、晧一はあまり見ないタイプだから仕方ないと言ってフォローする。
「ごめん、キミの愛車のこと、傷つけちゃったかな?」
「い、いや大丈夫。それに知らなかったなら仕方ないよ」
「うん、ごめん……」
瞬は目をそらして頭をかく。そしてしばらく沈黙が続いたあと、晧一が話し始める。
「……あ、さっき『キミもか』って言ってたけど、あれは?」
「あぁ。ボクもさっきのバイク同好会の部長って人に声をかけられたんだ。それもしつこいくらいにね。だけどあいつはボクのバイクを見たとたんに125cc以下は入れないとか言ってきたんだ! まったくひどいもんだ!」
瞬はそう言ってため息をつく。
「それはまぁ、ひどい話だよね。僕も言われたよ」
「うん。でもボクはバイクのことをあんまり知らないから、入ったとしてもバカにされそうだし……」
「あぁー。……そういえば、君のバイクってなに?」
「見たいの? へへ、あれだよ」
瞬は少し奥に置いてあるバイクの方を見る。
「あれがボクのバイク」
「……えっ」
それは見るからにクラシックなバイクだった。タンクには『YAMAHA』と発動機のロゴ、サイドカバーには車名と思われる『YD125』の文字がある。ガラガラの駐輪場に数台しか置いてないバイクのうちの1台が同級生のものとは思わなかった。
単気筒と思われる小さなエンジンに、メッキのマフラーとキック始動用のペダル、スポークホイールに角形に近いタンク。
遠くから見れば、かの有名な同メーカーの『SR400』に見えなくもない。
そのバイクを見て、晧一はどこか見覚えのあるような感じがしたが、気のせいだと勝手に思った。
二人はそのバイクの近くに寄る。
「へぇ、YD125……、こんなバイクってあったんだ。何年製?」
「えっと確か、1989年製だったかな。へへ、ボクたちが生まれるよりもずっと前のバイクだよ」
瞬はそう言うと、バイクのタンクを優しく撫でる。
「お父さんの知り合いが売りたいって言ってて、値段の割に状態が良かったから買ったんだ。……いわゆる『一目惚れ』ってやつ? カスタム多数って言ってたけど、ボクはそこまで気にならないかな」
瞬がそう言っている間、晧一はネット上にある「YD125」の純正と思われる画像と瞬のバイクを見比べていた。
見たところ、バーハンドルはやや低めになってるうえ、フォークブーツがあり、ミラーやフロントフェンダー、リアキャリアが違うように見えた。
『なんだこれ、確かにカスタム多数だけど、全然違和感がない。……前のオーナーはすげぇな』
晧一は携帯をポケットに戻した。
「どう? カッコいいでしょ?」
「……うん、今どきの若いもんがシブいバイクに乗ってるね」
「それはキミもでしょ!」
瞬が肘で晧一の横っ腹をつつく。晧一は「あはは……」と苦笑いした。
ちなみに晧一のCBX125Fは1984年製、意外にもこっちの方が前だ。
「まぁ、これがボクの愛車。カッコいいでしょ?」
瞬がZENITH製のオープンフェイスヘルメットを抱えて晧一の方を見る。晧一は微笑みながらうなずいた。
「……じゃあ、ボクはそろそろ帰ろうかな。バイトもあるし」
瞬はそう言ってバイクを駐輪場から出して、ヘルメットとグローブを付ける。
「あそっか、バイトか……」
「あれ、晧一クンはバイトしてないの?」
「高校まではやってたんだよね。……まぁ、バイトといっても親父の仕事の手伝いみたいなものだけど。クルマとかバイクをバラしたり組み立てたり、部品をお客に届けたりとか、そんな感じかな。おかげで、そこそこそっち方面の知識が付いたおかげで、バイクのメンテとかも自分でできるようになったし……」
若干自慢話にも聞こえるような口ぶりだが、瞬は「ほー」といった感じの反応をした。
「いいな、親公認でバイクいじりができるなんてさ。ボクの学校はそもそもバイト禁止だったからさ……」
そう言いかけると、瞬はメーターのそばに自分で設置したであろうアナログ時計を見て慌てた。
「あぁまずい! また遅刻しちゃうよ!」
瞬はそう言うとバイクにまたがりエンジンをかけて吹かす。
「じゃ、ボクはこれで。また会おうね!」
「うん、じゃあ」
晧一は少し気恥しそうに手を振る。瞬はギアをガチャンと1速に入れて発進させ、大学の敷地外へと走っていく。単気筒特有のドコドコとした鼓動は、どこかスーパーカブにも似ているように聞こえた。
「さて、僕も帰りますか」
晧一はCBX125Fのもとへと戻り、見つめる。
「バイク仲間ができたような気がするよ。よかったな」
CBX125Fの心臓部に触れ、そうつぶやいた。そしてヘルメットを被ろうとすると……
「……あれ、もしかしてあなたが最上晧一くん?」
またしても後ろから声をかけられた。これで3回目だ。
ため息交じりに振り返ると、女の子がいた。別に胸が大きいわけでもなければ、特段地雷そうなわけでもない。清楚なセミロングの黒髪と装い、普通に可愛い女の子だった。
「えっと……」
「覚えてないかな? あなたの整備屋さんのところにはだいぶお世話になったんだけど……」
その一言で思い出した。
「あぁー、もしかして柳さん?」
「ピンポーン、正解!『柳唯』です!」
彼女は、最上整備店のお得意さんである柳さんのところの長女であり、聞くところ学校違いの同級生だったらしいのだが、あまり会ったことはなく、話したこともなかった。
「よく覚えてたね。私とは数回しか会ったことなかったはずなのに」
「あはは、お得意さんの雰囲気くらいは分かるよ」
「流石ねぇ。……それにしても、同じ大学だったのね。自動車工学でも学ぶの?」
唯のその言葉に晧一は首を振る。
「いや、経営学を選んだんだ。困ったことに、数学が苦手でさぁ……」
晧一は苦笑いしながら頭を掻く。唯は「え―意外」といった反応をした。
「そうなんだ。機械いじりが得意みたいだからてっきり数学得意だと思ってたよ」
「いやいや、機械いじりが好きな人は全員数学が得意ってわけじゃないから……」
「まぁ、そうよね……」
また少し気まずい雰囲気が漂う。晧一は話題を変えようと考えていると、先に唯の方が口を開いた。
「CBX……、これ、晧一くんのバイク?」
「え? あ、うん」
「へー。……ちょっと跨っていい?」
「あ、うん。どうぞ……」
唯はバイクのハンドルにそっと手を置き、足を上げて跨った。
「あっ、かかとは付かないけど両足がつく。それに軽い、……いいなぁこれ」
跨ったまままバイクを揺らしてみる。見る限り足つきが微妙なので若干ヒヤッとした。
「ありがと」
唯はそう言ってサイドスタンドを確認してバイクから降りる。
「いいなぁ、自分のバイクがあるって。私も欲しいなぁ……」
そう言いながら、どこか物悲しそうな目でCBX125Fを見つめる。その眼差しに、晧一は少しだけ見入ってしまう。
「自分の、持ってないの?」
「うん、お父さんとお母さんがバイクの免許取るのに反対しててね。でももう大学生になったから、自分のお金で免許を取ってバイクを買おうかなって思ってて……。今は、バイトしてる」
唯の横顔はどこか儚く見えた。
「……やろうと思えば、なんだって頑張れるさ」
言ったあと、あまりにも薄っぺらい言葉だなと晧一は思った。
だが、唯はそんな薄っぺらな言葉でも嬉しかったのか、こちらを見て微笑んだ。
「頑張らないと、だね!」
唯はそう言うと、もうすぐバスが来る時間だと言って去っていった。
唯の姿が見えなくなると、晧一は手に抱えたままだったヘルメットを被った。
「……帰ろ」
キーをONの位置まで回してセルボタンを押す。エンジンが冷えていたのかアイドリングが若干低いが許容範囲。バイクを発進させ、駐輪場から出ていく。
まだ暗くないが、今日だけでかなり喋ったせいか疲れているので早く帰りたかった。
大学を出て大通りを通り、住宅街へと入る。晧一の契約した家は、文字通りのボロアパート、せいぜい風呂とトイレが別なことくらいしかいい点がない。
だが、駐輪場に50cc以上のバイクも停めてもいいというのは素晴らしい。駐車場代を払うことなく移動手段を使えるのは大きなメリットだ。
晧一はアパートの駐車場にCBX125Fを止めてハンドルロックとカバーをかけ、グローブとヘルメットを脱ぐ。そして手すりが錆びた階段を上がり、ポケットから鍵を取り出して玄関を開けて入った。
「ただいまー」
今までの癖でそう言うが、ひとり暮らしの誰もいない部屋に声をかけたところで「おかえり」と言ってくれる人はいない。だが、それでもいい。
たとえ返事がなくても、家に帰ってきたというだけで心が落ち着くから。
晧一は靴を脱ぎながらそう思った。
そして部屋に上がり、ヘルメットをテーブルに置くとそのままベッドにダイブする。
「あー……、疲れた……」
今すぐにでも寝たいが、風呂にも入ってなければご飯も食べてないのでまだ寝るわけにはいかない。
が、抵抗むなしく、そのまま意識が遠のいていった。