18話 謎のイケメン登場
晧一のタイムアタックが終わる直前、Vストローム250に乗るとある男が、国道をそれて白城峠に入っていった。
白城峠はそこそこ有名な走り屋スポットだ。かつて何度か仲間とレースしたことがある。
だがいまはそんなことはやらない。理由は単純、転倒や転落のリスクもあるし、何より違法行為だから。警察に見つかれば即免許停止になるだろう。
正直、峠を攻めるということ、仲間と腕の磨き合いをすること、違法行為と言う名のスリルが面白かったことは否定できない。けれどもいまとなっては、そんなハイリスクノーリターンな行為はやってられない。
バイクはスピードを出したり全力で走りこむだけが楽しさじゃない。それをキャンプツーリングは教えてくれた。
キャンプツーリングがこんなにも楽しいことだなんて、当時のオレに言っても信じてくれないだろうな。
ただ、ソロでの九州一周はちょっとキツかった。仲間がいれば、もっと荷物も積めるし、寂しくないんだけど。……でも楽しかった。
Vストローム乗りの男は独りぶつぶつと独り言をこぼしながら、白城峠を上っていった。
そしてしばらく上っていると、駐車場に何やら人だかりができていた。
この時点で何やら嫌な予感がしたが、いまはそんなことは考えず、人だかりから離れていた3人組に声をかけた。
「なにやってるんだ君たち? こんなとこで集まって……」
「うわわッ! ビックリしたァ。い、いきなり誰なんだいキミは……」
瞬は突然現れた男に驚き、一歩後ずさる。櫻子と佳奈も同じように一歩後ずさって男を見る。
その男は、シート高800mmのVストローム250に跨った状態でも両足ベタ付きで膝が曲がるほどに背が高く、顔も整っていてさらには姿勢もいいと、ヘルメット越しでもまさに陽キャなイケメンと分かる風貌。……そのイケメンの着るプロテクター入りのジャケットが少し浮いているように見えるのは気にしてはいけないこと。
そしてそのVストロームには、オプションのフルパニアケースと大型のリュックが積まれていた。まるで何かの運び屋かと疑ってしまうくらいの大荷物だ。
「あーオレ? オレは……。えっと、なんて言えばいいのかな……」
男が考えていると、頬を押さえてしゃがみこんでいたはずの桑島が、男に向かって叫ぶ。
「く、黒井じゃないか!? なんでお前がここに!?」
「あれ? 桑島もいたのかよ。何やってんだよここで」
黒井と呼ばれた男は桑島に問いかける。すると桑島は少し気まずそうにする。
「えぇっと。何をやってるかって言われるとちょっと……。つーか、お前こそなんでここにいるんだ?」
「俺? 九州一周の帰りだよ。んで、ちょっと寄り道したくなったからこっちの道に入ったら、なんか騒がしかったからさ」
黒井はVストロームを駐車場の端に止め、ヘルメットを脱ぐ。
「ふう……。それで、なんで桑島がここにいるんだ?」
黒井が桑島に聞くと、桑島はまた気まずそうにする。桑島が言葉に詰まっていると、黒井は軽く息を吐いて口を開く。
「……まさか、バトルをやってたんじゃないだろうな?」
目の色を変え、桑島を睨みつける黒井。桑島はそんな黒井に少し怯えながら、しどろもどろになって答える。
「い、いや! 俺はやってねぇよ! バトルをしたのはあの城ヶ崎の野郎で……」
「なんだと? チッ、あの野郎……」
黒井は城ヶ崎の方を見て舌打ちをする。そして城ヶ崎のいる方へ歩き出す。
「おい、城ヶ崎」
低く、怒りのこもった声で黒井が城ヶ崎を呼ぶ。
「あぁ!? 誰だ!? ……って、く、黒井!?」
さっきまで怒り狂っていた城ヶ崎の顔が一気に青くなる。そしてそれは同好会のメンバーたちも同じ。さらにはギャラリーたちも。
「く、黒井先輩! 戻ってきてくれたんですか!?」
「えっ? 黒井先輩って……、あの黒井先輩!?」
「お、おい! あの人! かつて地元で暴走族チームで特攻隊長をやってた『黒井翼』じゃねぇか!?」
「あぁ! その昔、15歳で免許も持ってないってのに、九州で上位の走り屋チームを一人で負かしたっていう伝説もある、あの『黒井翼』か!」
「それもバイクを走らせる腕だけじゃねえ。柔道とかキックボクシングとかをやってたらしいから、喧嘩も相当強いって聞いてるぞ!」
彼らの言う限り、黒井はかつて走り屋であり、ヤンキーでもあったといった感じだ。
そして黒井は、城ヶ崎に言い放つ。
「久しぶりだなぁ城ヶ崎。何やってんだ?」
もはや凶器とも思える眼光で、黒井は城ヶ崎を睨みつける。
城ヶ崎は完全に戦意喪失したといった感じで、声が震えている。
「な、なにって……。その……」
「早く答えろ。殴られたくなければな!」
「こ、こ、こいつと走りでバトルを……」
城ヶ崎は晧一を指す。黒井もその指の先にいた晧一を見る。
「……ひとつ聞きたい。お前は、こいつと同じバイク同好会のメンバーか?」
黒井は今度は晧一を目で見て城ヶ崎に問いかける。
晧一はその黒井が、あの時大学で会った「Vストロームの黒井翼」だということを思い出す。
だがいまの目つきは、あの時とは全然違っていた。
「い、いいえ。入っていません。125ccなんで……」
「あっ! おい!」
「なんだと……?」
また黒井の目に狂気が宿る。
「……分かった。お前は離れてろ。ここからは、こいつと一対一で話す時間だ」
晧一は言われたとおりにその場を離れ、瞬たちの方へと向かった。
そして黒井はまた声のトーンを下げ、城ヶ崎に向かって言う。
「お前。まさかまた『125cc以下はバイクじゃない』とか言ってんじゃないだろうな?」
「い、いや……」
「それとな! 誰がメンバー以外のヤツとバトルしていいと言ったか? あぁ!?」
黒井は城ヶ崎に詰め寄っていく。だが、城ヶ崎にそんな言い訳が通用するはずもなかった。
「い、いや……。その……」
「オレは言ったよなぁ。走り屋みたいなことをするのは構わないが、それは同好会内のお遊びだけにしとけってな! あぁ!?」
黒井は城ヶ崎の顔面目掛けて、右ストレートを繰り出した。それをもろに受けた城ヶ崎は派手に吹っ飛び、駐車場のアスファルトに叩きつけられた。
黒井の目は完全に据わっており、もはや人を殺すことも厭わないといった目をしている。その目を見たギャラリーとメンバーたちは恐怖で足が竦み、動けなくなる。
「だ、誰なんですかあの人は……。あの城ヶ崎先輩を、一撃であそこまで殴り飛ばすなんて……」
状況が呑み込めない千塚は、黒井のことが気になって仕方がない。
「そうか、お前は1年だったか。……黒井先輩は、俺たちの1個上で、バイク同好会の元部長だ」
2年のメンバーが千塚に答える。
「えっ? ということは、城ヶ崎先輩とは同い年なんですか?」
「あぁ。どうも城ヶ崎先輩と黒井先輩は、かつて同じ暴走族の一員だったって聞いている。それと、実は俺らのいるバイク同好会は黒井先輩が作ったものなんだ」
千塚は驚きを隠せない。黒井がバイク同好会を作った張本人だということに。
「……じゃ、じゃあなんで、黒井って人は部長をやめたんですか? バイク同好会の設立者だっていうのに」
「え? えっと……」
「それに、あの黒井って人は元暴走族なんですよね? なんで大学に入れたんでしょうか……?」
千塚は黒井のことが気になって仕方がない。だが、2年のメンバーもそこまでは知らないようだ。
「それは……。まぁ、あの人にはあの人なりの事情があるんだろう。大学に入れたのはヤンキーから改心したとか、部長をやめたのは忙しくなったからだとか……」
黒井は城ヶ崎がダウンしたのを見届けると、今度は同好会のメンバーたちの方へ詰め寄っていく。
「おいお前ら。……なぜこいつを止めなかった? まさか、お前らもこいつと同じようにバトルに肯定的だったわけじゃあないよな?」
その場にいる全員を殺さんとばかりに睨みつける黒井。同好会のメンバーたちは、恐怖で足が竦んで動けない上、言葉もまともに発せない。
「……ッチ。なにも喋らないんだな。……分かった。じゃあ連帯責任だ。いま、ここにいるお前ら全員を殴る」
拳の関節を鳴らしながら、黒井は1歩、また1歩と同好会のメンバーたちに近づいていく。そしていつの間にか同好会のメンバーと晧一たち以外のギャラリーは、すでにその場から消えていた。
「ひ、ひいっ! ま、待ってください待ってくださいやめてくださいやめてください!」
「あ? なんだお前。見たとこ1年っぽいな。……殴られるのは勘弁、許してほしいってのか?」
だらしなく許しを請う千塚に、黒井は冷たい視線を向ける。
「許してください! どうか殺さないでください! お願いします!」
千塚は必死に黒井に命乞いをする。すると黒井は構えていた拳を下ろし、千塚とメンバーに対して言う。
「そうか。……なら今すぐここから消えな。そうすりゃ殴るのは勘弁してやる。分かったらとっとと去れ!」
千塚たちと桑島、その他のメンバーは一目散にバイクに乗ってその場から逃げ出した。黒井はそれを見届けると、今度は倒れこんでいた城ヶ崎に近づいていく。
「お前もだ城ヶ崎。とっとと消えやがれ」
「うう……。分かったよ黒井。分かったから……。あぁクソ、いてぇ……」
言われるがまま城ヶ崎は立ち上がり、ZX-25Rのもとへと向かおうとする。だがその瞬間、城ヶ崎が晧一の方へと向き直って叫ぶ。
「おい陰キャ! ……仕方ねぇから今回は俺の負けにしといてやる。次は必ず、俺と俺のZX-25Rがてめぇを倒す! 漢カワサキのZX-25Rがな! 覚えとけよ!」
城ヶ崎はそう言い残して、ZX-25Rに乗りこみ駐車場から走り去っていった。
「おい待て! 待ちやがれ! 次は倒すって、まだ懲りねぇってのか城ヶ崎! ……ったく、あのクソ野郎。ZX-25Rは最速じゃねぇ。最速といえるバイクは、それ以上に速いってのに……。あと漢カワサキってそういう意味じゃねぇし……」
黒井は城ヶ崎を追いかけようとするが、走りでもVストリームでもあのZX-25Rには追い付けないと悟り、諦めて駐車場に停めていた自分のバイクへと戻る。
「はぁ……」
ため息をつくと同時に、黒井の狂気とも思えるオーラが抜けていく。
そして晧一のもとへと戻ると、あの時の口調で話しかけてきた。
「……ごめんな、君たち。あの城ヶ崎ってヤツが君たちを厄介なことに巻き込んだみたいで……。でも、もう大丈夫だから」
「あぁ、いえ。僕たちは全然……」
「元バイク同好会の部長として、謝罪させてもらうよ。……申し訳ない」
黒井は深く頭を下げ、晧一たちに謝罪した。
「い、いや……、そんな……」
「オレが城ヶ崎に部長を任せなければ、こんなことにはならなかった。125ccの件、そして今回の件。……本当にすまなかった。あとでオレからきつくシバいておくから、それで許してくれ」
黒井はもう一度頭を下げる。
「あ、あの。もう大丈夫ですから。頭を上げてください……」
晧一は慌てて黒井に頭をあげるように言う。そしてようやく顔を上げてくれた黒井だが、その顔は本当に申し訳なさそうだった。
「……知ってると思うけど、公道でのバトルってのは危険だし違法なんだ。警察に捕まる可能性だってある。だから、オレが作ったバイク同好会のせいで事故ったり、免許を剥奪されてほしくないんだ。あいつはもちろん、ほかのヤツにバトルだなんて言われても、受けて立たないでほしい。……オレからのお願いだ」
黒井はまた晧一たちに頭を下げる。そして、今度は瞬が口を開く。
「ちょっと、ボクも話していいかな?」
「え? あぁ、君は?」
「ボクは雨宮瞬。隣の晧一クンとは大親友さ。ところでキミは?」
「あぁ、オレは黒井翼。大学3年。よろしく、雨宮」
そう言って翼は瞬の全身を見る。
『……こいつはどう見ても男だな。骨格が明らか違う』
何を考えている翼。いまはそんなことを考えていい時間ではないはずだが。
「うん。それで、話したいことなんだけど、さっきキミが言ったことは、キミが元暴走族であったことの反面教師的な意味も込めて、かな?」
翼は少し考えてから話し出す。
「……そうさ。オレはもう暴走とか走り屋とか喧嘩とか、二度と社会に反するようなことはしたくない。バイクとは楽しく接したいって思ってるからね」
翼はそう答えると、今度は瞬が口を開く。
「でもキミは、さっき人を殴ったよね? あれは……?」
「あー、あれは……。あれだよ、正義の鉄槌ってやつさ。悪は叩き潰さないといけないし」
「そ、そうなんだね……」
若干野蛮な翼の答えに、瞬は少し引き気味になる。そして今度は櫻子が話し始める。
「へぇ、お兄さん、正義感が強いんですね! さっきあの走り屋気取りの城ヶ崎ってヤツを、あたしの代わりに殴ってくれてありがとです! スッキリしました!」
「お、おお。どうも……」
「あ! あたしは葉月櫻子って言います! 短大の1年です! よろしくお願いします!」
櫻子は、まるで憧れの人にあったかのように目を輝かせて翼に自己紹介をする。
「あぁ、さっきも言ったけど、オレは黒井翼。よろしく」
だが翼はそこまで乗り気ではない感じだった。
『こいつ、胸がデカい。それに結構活動的っぽいな。……オレの好みじゃない。オレは胸が小さい、欲を言えば胸が平らな女が好みなんだ。そう、この女の後ろで眠そうにしているあの女みたいな……』
翼は櫻子の後ろであくびをしている佳奈をチラリと見る。
『……いや、こいつはさすがにロリすぎる。見た感じ身長150cmあるかないかってとこだな。さすがにあそこまで身長が低いのはオレの好みじゃない。……やれやれ、オレの好みであるロリすぎない、かといってスレンダーでもない貧乳女ってのはなかなかいねぇよな……。まぁ、そんな女はそうそういないだろうけどよ……』
さっきまでの凶器とも思える眼光とは打って変わって、卑猥な目つきで女の子を見る翼。
実は翼は普通の人と比べて、少々性癖が歪んでいる。さっきの翼の心の声からも分かるように、翼は「ちょうどいい身長の貧乳まな板女」が好み。……多分歪んでいる。
「……さて、じゃあオレはそろそろ行くよ。まだ回るところがあるからさ」
「えー。帰っちゃうのお兄さーん?」
櫻子が寂しそうな顔をする。だが翼は構わず愛車のエンジンをかける。
「すまん。じゃあな、またどっかで」
それだけを言い残して、翼は荷物だらけのVストロームを発進させて駐車場から去っていったた。
「……なんか、すごい人と会ったね」
「うん。あたし好みの人だった」
「あれ? もしかして櫻子ちゃん、あの翼さんが気になっちゃった?」
「もっちろーん! あたしの好みどストライクだよ! それに元ヤンなんて最高じゃん!」
「え、えぇ? 元ヤンが好みなのかい……?」
櫻子は翼のことがすっかり気に入ったらしい。だが、瞬にはそれがいいのかどうかが分からなかった。
『ふぅ……。ま、今日は勝てたし、黒井さんからも助けてもらったから、良しとするか……。あぁそうだ、佳奈さんにバイクを返さないと』
CBX250Sのキーを抜き、眠そうにしている佳奈に声をかける。
「ありがとうございました。おかげで勝てましたよ」
「んゅ? ……うん。おめでとさん」
佳奈はキーを受け取って、ポケットにしまう。
「また乗りたくなったらいつでも言って。……わたしは大歓迎だから」
「えぇ。ありがとうございます」
晧一が礼を言うと、なぜか佳奈が不機嫌そうな顔になる。
「んー……! 敬語、やめてほしい。同い年だから、タメ口オッケー。……だめ?」
佳奈は上目遣いで晧一に言う。また心理戦を仕掛けようとしてくるが、残念ながら晧一にはほぼ効かない。
「え? あぁ、うん。分かりました……」
「タメ口……!」
「わ、分かった……」
「それでよろし」
佳奈は満足そうに頷く。そして再び眠そうな顔になった。
そんなとき、晧一の携帯が振動する。
「ん? メール? ……あ、バイトの合否連絡か。すっかり忘れてた」
数日前に応募したガソリンスタンドのバイト。その合否結果が今来たようだ。
「えーっと、『合格です。渡辺より』……。シンプルだなぁ。って、合格か。よし」
晧一は携帯を閉じて、携帯をポケットにしまって伸びをする。
そして晧一、瞬、櫻子、佳奈の4人はそれぞれ帰路に着く。
そのとき吹いていた風が、いつも以上に気持ちよかったのを覚えている。




