17話 タイムアタックバトル! ZX-25R vs CBX250S
遅くなりました。いよいよバトルです。そして長めです。
CBX250SがZX-25Rに勝てるわけがないという声があるかもしれませんが、これはあくまでフィクションですので、そこのところはご了承ください。
一方、駐車場の端で静かにしていた瞬の隣に、晧一がコーヒー缶を持ってやって来た。
「はい、瞬。こないだ奢ってもらったからお返し」
「えっ、あ、ありがとう、晧一クン……」
お礼を言う瞬だが、まだいつものような元気さは戻っていない。
「えっと……。ごめん、瞬。僕のせいで君まで巻き込んじゃって……」
「……ううん。ボクが勝手についてきたのがいけなかったんだよ。晧一クンは悪くない」
受け取った缶を握りながら、瞬は泣きそうな声でそう答えた。
「……晧一クンなら勝てるよ」
「えっ?」
「借り物だろうとなんだろうと、晧一クンは速かった。だから、勝てるよ。……絶対」
瞬はそう励ましてくれたが、晧一はどこか浮かない表情をしていた。
「問題は、佳奈さんがCBX250Sに乗って来てくれるか……」
「うん。……まだ来ないね、佳奈ちゃん」
二人がいまできることは、あのいつも眠そうな佳奈が来てくれるように祈ることだけだった。
12時。城ヶ崎と晧一のバトル開始まであと1時間を切った。
「タイムは?」
「6分22秒299です」
「っしゃあ! ベストタイム更新っ! 見たかお前ら! 俺と俺のZX-25Rの速さを!」
城ヶ崎は計測係の千塚にタイムを聞いて、ガッツポーズをして喜んだ。
「さすがだ城ヶ崎。この勝負もらったな」
「おうよ桑島!もうバトルするまでもない、俺のZX-25Rが勝つに決まってる!」
「えぇ。あの125ccなんて目じゃありませんよ」
城ヶ崎たちは既に勝ちを確信したかのような口ぶりだ。まだ本当のバトルは始まっていない。晧一がタイムアタックをしてからが本番だというのに。
だが城ヶ崎と桑島、そしてその他のメンバーたちも、明らかに晧一とCBX125Fをなめてかかっている。
そんな風に喜ぶ彼らを見て、瞬は少し怒りを覚える。
「……アイツら、もう勝った気でいるよ。晧一クンのが速いのに……」
握っていた缶を握りつぶすかのように力を込めるが、非力な瞬ではできるわけもなく。
眉間にしわを寄せる瞬を見て、晧一は声をかける。
「言わせておけばいいよ。どうせ僕たちがなにか言っても意味ないんだから」
「でも……」
「それに、向こうは僕のタイムを知らないんだ。あえて油断させておいて、タイムアタック本番に驚かせてやるのも、悪くないんじゃないかな」
「……でもさ、結局佳奈ちゃんが来ないとダメだよね? 佳奈ちゃんのCBXじゃないと、あのタイムは出ないでしょ?」
「んんー……、今日はやけに自信なさげだね、瞬。いつもの瞬らしくないよ?」
「……ボクにもわかんない」
12時45分。城ヶ崎と晧一のバトル開始まであと15分を切った。
「はぁ? あの陰キャ、借りモンでバトルするっつってんのか?」
「あぁ、どう思うよ。城ヶ崎」
「どうって、バカでマヌケなヤツだなとしか思わねぇな。……ますます俺が負ける気がしねぇ」
「だよな。借りモンは250ccらしいが、2ストじゃない限りどうやってもお前のZX-25Rには勝てるわけがないぜ」
「ま、腕の差スペックの差ってのを証明してやる分には十分かもしれねぇな。……つーかあと15分しかねぇぞ。本当に来るんか?」
そんなことを話していると、2台のバイクが駐車場に入ってきた。
「あれか? なんだ、昨日の女たちじゃねぇか。おっ、あのカワイ子ちゃんもいるぜ。あのカワイ子ちゃんのバイクは400だから……。あのチビ女のオンボロが俺の相手? へっ、笑わせるんじゃねぇ」
「スーパースポーツの欠片もないな!」
駐車場に入ってきたのは、櫻子の乗るSR400と佳奈のCBX250Sだった。
「……あ、やっと来た! おーい、櫻子ちゃーん! 佳奈ちゃーん!」
ずっと待っていた瞬が、駐車場に入ってきた2台を見て手を振る。
「瞬くーん! 晧一くーん! ごめーん、遅くなっちゃった!」
「二度寝しちゃってた……。本当にごめん……」
佳奈はCBX250Sのエンジンを切って、キーを晧一に渡す。
「はい、こーさん。エンジンはあっためておいたから……」
「ありがとうございます、佳奈さん。……じゃあ、お借りします」
晧一はキーを受け取り、ヘルメットを被ってグローブを付け、佳奈の愛車CBX250Sの隣に立った。
「おいアンタ。それが借りモンのバイクか?」
桑島がCBX250Sを見て不敵な笑みを浮かべる。
「そうですけど、なにか?」
「いいや。ただ、アンタの125ccとガワは全く同じみたいだし、それにおもちゃみたいにちっさいバイクだなぁってな。勝つ気あんのか? 借りモンでよぉ!」
明らかな煽り口調で晧一とCBX250Sを馬鹿にする桑島。
すると意外なことに、城ヶ崎が桑島を止めに入った。
「桑島、そのへんにしとけ。……おい陰キャ。まだ時間はあるから、コースを走って慣らしてきたらどうだ? タイムアタックはそれからにしてやる」
「えっ。……あ、はい。じゃあ……」
城ヶ崎からの提案で、晧一は駐車場から出て白城峠のコースを1回走ることにした。
「おい城ヶ崎。お前それでいいのかよ、って……」
さっき止められた桑島が城ヶ崎に聞こうとすると、すでに城ヶ崎は耳栓をして精神統一をしていた。
「ったく。……出たよ、城ヶ崎流、バトル前の謎の精神統一タイムが」
桑島はしょうがないなといった感じで頭を掻き、大きく息を吐く。そして視線を晧一へと向けた。
エンジンスタートから駐車場を出ていくまでCBX250Sと晧一を目で追っていく。
「2ストじゃないのか。……はっ、カブみてぇな音してやがんな。あんなのが城ヶ崎のZX-25Rより速いわけがねぇ」
去っていくCBX250Sを横目にそう吐き捨てて、桑島は駐車場にある車止めに腰を下ろした。
「はぁ。……あ? なに見てんだアンタら」
桑島は駐車場にいる瞬、櫻子、佳奈の3人が自分を見ていることに気づいた。
「言っておくけどな、タイムアタックの邪魔だけはすんじゃねぇぞ。あっち行け、黙って見学でもしてるんだな」
桑島は手で払うようにして3人を遠ざけた。
瞬たちは言われた通りに、桑島たちから離れた場所へと移動する。
「なにあいつ。……行こう、みんな」
櫻子は背を向けて歩き出す。瞬と佳奈もそれに続いた。
「走り屋を気取りやがって。なんなのあいつら……」
白城峠を軽く流す晧一。タイムアタック前の最終確認として、コースコンディションを入念にチェックする。なぜかコーナーの節々にギャラリーがいるが気にしない。
危ないライン、枯葉の散る場所、水たまりや陥没の有無。捨てられたゴミ……
昨日と変わりないと思いたいが、たまにイレギュラーな存在もあるので油断はできない。
「行きは大丈夫そうかな。帰りは……」
Uターン地点でUターンし、来た道を戻る。
「……見たか? あいつのUターンを」
「あぁ、すごいってだけじゃない、美しさも感じたよ……」
帰りも軽く流して、再びスタート地点の駐車場に戻る。
そこでは、先ほどよりもギャラリーが増えていた。
「やっと戻ってきたか。……トロトロ走りやがって!。もう1時過ぎたぞ!」
準備を終えた城ヶ崎がさっきまで軽く流していた晧一に食ってかかってきた。
そっちが慣らしてこいというからゆっくり走りました、とはさすがに言えない。もし言ってしまえば、結果は火を見るよりも明らかだ。
「す、すいません……」
「チッ、あんま俺をイラつかせんなよ。クソ野郎が。お前の負けにすっぞ? あぁ?」
城ヶ崎は晧一を煽りながら、ヘルメットとグローブを身に着ける。
「まぁ、今回だけは許してやる。……でだ、タイムアタックは俺が先攻、お前が後攻だ。いいな?」
「……」
正直、晧一はもう城ヶ崎と話したくなかった。このバトルが終わるならもう何でもいい。
「おい、返事はどうした?」
「……はい」
「よし。じゃあお前は俺が戻ってくるまでおとなしく待ってろ。……千塚、カウントダウンと計測を頼むぞ」
「了解です、先輩!」
タイムアタックの計測係、千塚がストップウォッチを片手にスタートラインに立つ。Uターン地点にいるメンバーたちに準備完了だと言って、カウントダウンの準備を始める。
城ヶ崎はZX-25Rを千塚の真横に止め、スタートに備える。
「対向車、先行車ともに無しです! それでは、カウント行きます! 10秒前! 9! 8! 7!……」
フォン! フォンフォン! フォンフゥアアアアアン!フゥオオオオアアアアン!
カウントを刻む千塚の隣で、城ヶ崎がZX-25Rの超高回転型4気筒サウンドを響かせる。
「3! 2! 1! ゴー!!」
千塚が腕を振り下ろしたと同時に10000回転超でクラッチミート、城ヶ崎はスタートダッシュを決めた。
「っしゃあ! 行くぜ!」
クラッチを完全につなぎ切ってフルスロットル。レッドゾーンまでキッチリ回してクイックシフターを使い、クラッチなしでシフトアップしていく。
ZX-25Rのエンジンが咆哮し、ZX-25Rはあっという間に1コーナーへと消えていった。
『クラッチワークが荒い。それに、クラッチミートのとき、大きく回転数が落ちた。あれじゃ、トルクをフルに使えていない気が……』
晧一以外のギャラリーやメンバーがZX-25Rの4気筒サウンドのことばかり話している中、後攻の晧一は城ヶ崎のスタートを見てそう思った。
「さて、そろそろ城ヶ崎が第一ヘアピンに差し掛かる頃かな。……おっと、早いな」
桑島の携帯が振動する。バイク同好会のメンバーたちからの通知だ。
『こちら第一ペアピン! なんか城ヶ崎先輩、いつもより飛ばしてますよ! 明らかにコーナーのスピードと立ち上がりのスピードが上がってます!』
その文字と一緒に、城ヶ崎の走りを収めた動画ファイルも送られる。
パッと見ただけでもコーナースピードが上がっていたのが分かる。
「おぉ、そうか。情報あんがと」
桑島は携帯をしまって、再び城ヶ崎の走りに集中する。
「これは、タイムが縮まるかもしれねぇな」
そう期待する桑島に応えるように、城ヶ崎は練習走行のときよりもさらに攻めた走りをする。
重いバイクを強引に傾け、タイヤのグリップを使い切るようにして走る。まさにクレイジーと言うべきか。
3分後、再び桑島の携帯が振動する。
『こちらUターン地点! 先ほど城ヶ崎先輩がUターンしていきました! この時点でのタイムは3分7秒! いつもより2秒速いです!』
「ここで縮めてきたか。情報あんがとよ」
桑島は携帯をしまって、ZX-25Rの4気筒サウンドが聞こえてくるのを待つ。
馬力のあるZX-25Rは、上りでも速度が落ちない。パワーに物を言わせ、スピードを上げていく。
レッドゾーンまでキッチリ回して、クイックシフターでギアチェンジ。直線での加速はほぼ隙が無い。
そして3分後。あのサウンドが聞こえてくる。
「来たな」
桑島は立ち上がってZX-25Rが来るのを待つ。超高回転型4気筒サウンドが、だんだんと近づいてきた。
そしていよいよ、ZX-25Rが最終コーナーを立ち上がってきた。ファイナルストレッチ。ZX-25Rはフルスロットルで立ち上がる。
全開のZX-25Rが千塚の真横を通った瞬間、ストップウォッチを止めた。
「……!」
刻まれたタイムを見て、千塚は目を疑った。
「6分19秒356です! 城ヶ崎先輩、自己ベスト更新です!」
城ヶ崎のタイムと千塚の言葉に、同好会のメンバーたちがざわつく。
「おいおいマジか城ヶ崎、やってくれたな! ここに来て自己ベストを更新しやがった!」
ここでタイムアタックを終えた城ヶ崎が戻ってきて、駐車場にZX-25Rを止める。
「おい千塚! タイムは?」
「聞いて驚かないでください。6分19秒356です!」
「っしゃあ! 20秒切りだぜ! ざまぁみやがれ!」
「これで城ヶ崎先輩の勝利は確定! あの陰キャは負ける!」
「あぁ! 最高だぜ! 俺のZX!」
城ヶ崎は喜びをあらわにし、ギャラリーたちに向かってガッツポーズをした。すでに勝ったかのように。
「嘘……」
城ヶ崎のタイムを聞いてしまった晧一は、思わず肩を落とす。
「残念だったな、陰キャ野郎」
桑島は晧一を煽りにいく。だがもう晧一には反応する気力もなかった。
これで城ヶ崎のタイムアタックは終了。あとは皓一の挑戦を残すのみとなった。
だがすでに勝負は決まったも同然だった。なぜなら、城ヶ崎が晧一のタイムを上回ったから。
ギャラリーたちはすでに城ヶ崎の勝ちを信じて疑わなかった。
だが、晧一はまだ諦めていなかった。いや、諦めるわけにはいかなかった。勝負はまだ決まったわけじゃない。
「もっと攻めるしかないってことか……」
借り物だから慎重に走らせていては勝てない。縮められるところは縮めないと勝てない。
やってやる。晧一は覚悟を決め、CBX250Sにまたがる。
『いよいよあの陰キャのアタックか。だが俺の勝利は決まったも同然。ま、どうせならいい勝負をしてもらいたいところだがな……』
勝ちを確信している城ヶ崎は、CBX250Sを見て少し表情を変える。
『エキパイが2本……、2気筒か? それにあのコンパクトな車体。こいつ、もしかしたら速いかもしれねぇ』
CBX250Sが気になる城ヶ崎。もしかしたら結果をひっくり返してくるかもしれない。
「おいお前! そのバイクの名前は?」
そう思った時には、晧一に向かってそう言ってしまっていた。
「え? CBX250Sですけど……」
「おいお前ら、調べろ」
城ヶ崎はメンバーたちにCBX250Sについて調べさせる。
「ええっと……。馬力は28で車重は127キログラム。 "空冷" 4ストローク "単気筒" "SOHC" 4バルブエンジンを搭載……」
「……あ? おいおいおいおい待った。……もう一回言ってくれ」
「え? 馬力は28で車重は127キログラム……」
「そのあとだ!」
「……"空冷" 4ストローク"単気筒" "SOHC" 4バルブエンジンを搭載……」
それを聞いた城ヶ崎はなぜか固まる。
「空冷!? 単気筒!? SOHC!? ……ぶっ、ひゃははっはっは!! なんだそりゃ! こんなバイクで俺に勝とうってか!? 笑わせるな!」
そして城ヶ崎は晧一をあざ笑い、ギャラリーたちもつられて笑いだす。
「おいおいマジかよ! 単気筒のくせしてその2本のエキパイは飾りかよ! それにSOHCだとよ!ひゃっはっはっは!!」
城ヶ崎は腹を抱えて笑う。
「そんなくせえバイクで俺と勝負しようってか!? 笑わせるな! 借りるならもっといいバイクを借りろよな! 単気筒! 空冷単気筒SOHCで水冷4気筒DOHCに勝負だとよ! バカすぎる! アホすぎる! マヌケすぎる!ひゃはははは!!」
城ヶ崎の笑いが止まらない。ギャラリーもつられて笑う。だが晧一は動じない。ちょっと攻めた走りをすることだけを考えていた。
「あははっはっ! あー! ……まぁいいさ。走るだけ走ってこいや。これは一応バトルだからな。……ぶははははは!!」
城ヶ崎は笑いながらメンバーたちと一緒に駐車場へと戻っていく。残ったのは計測係の千塚、そして晧一だけになった。
「あのー、……本当に走るんですか? 先輩の対戦相手さん」
千塚も煽り口調で晧一に聞いてくる。
「早くカウントしてください。……とっとと終わらせたいので」
「え? ……あぁー。もしかして、さっきバカにされて恥ずかしいからですかぁ?」
「そんなこといいので早くしてください」
「はいはい。分かりました分かりました、っと」
千塚はストップウォッチを構え、スタートの準備をする。晧一もCBX250Sのエンジンをかけ、スタート地点に移動する。
「じゃあ、カウント行きます! 10秒前! 9、8、7……」
ドルルルウオオオン! ドルルルウウウオオアアアアン!
CBX125Fと比べるとやや太く、重厚感のある単気筒サウンドを響かせる。
「3、2、1! ゴー!」
千塚が腕を振り下ろしたと同時に、最大トルク発生回転数の7000回転付近でクラッチミート。ローギアから一気に加速していく。
パーフェクト。そしてクラッチをリリースしてすぐにシフトアップ。フルスロットルで加速していく。
「さすがに0キロからの加速は単気筒が速いよな。だがま、どうせ失速するさ」
スタートを見ていた城ヶ崎は、加速こそ褒めたもののそれだけ。すぐに嘲笑する。
晧一操るCBX250Sが1コーナーへと消えていったのを確認し、城ヶ崎はその場に座り込む。
「あーあ、つまんねーバトルだなぁ」
寝転がってタバコを吸う城ヶ崎。そこへ、親友の桑島が歩いてくる。
「ずいぶんと余裕そうだな、城ヶ崎」
「あ? なんだ桑島か。……まぁな。だってもう俺の勝ちは決まったようなもんだろ?」
城ヶ崎は余裕の表情で答える。その証拠に煙で輪を作ったりしている。
「ふぅ。……つか桑島、お前は走らねぇのかよ? ギャラリーとして見てるだけって、なんかダセーぞ」
「バカ。アメリカンバイクで峠を攻めれるわけねーだろ」
「ちげーよ。いまのあのドラスタじゃない、もう一台のほうだ」
「もう一台のほう? あぁ、GSR400のことか? ……あれはいま修理中だ。いつ戻ってくるか分からん」
「はぁ? なんだそりゃ。……まぁいいさ。いつか俺もそれに乗せろよな。馬力は400ccの中で2番目に高いらしいからな。61馬力だったか? 気になるぜ」
「そうだな。だがそれは直ればの話だ。直ったら……、まぁいいだろう」
そんな会話をしていると、桑島の携帯が振動する。ギャラリーたちからの通知だ。だがやけに早い気もする。
最上の野郎がコケたか。そう思って携帯を開こうとした桑島。
だが、その通知は予想もしていなかったものだった。
『こちら第一ペアピン! あの陰キャのCBX、城ヶ崎先輩のZXよりも速い、とんでもないスピードでヘアピンを曲がっていきました! しかもコーナーインもコーナースピードも立ち上がりも恐ろしく速い! いつすっ飛んでもおかしくないくらいです!』
そのメッセージと一緒に、車線をはみ出すことなく若干のリーンインでヘアピンを曲がっていく晧一の走りを収めた動画ファイルも送られてくる。
桑島は思わず携帯を落としそうになった。
ありえない。そんなバカなことがあるわけがない。城ヶ崎のZX-25Rは最速なんだぞ?
だが、そのありえないことが現実になっている。
「おい、城ヶ崎! あの陰キャ、コーナースピードはお前のZXよりも速いらしいぞ!」
桑島は城ヶ崎に携帯を見せる。
「はぁ? おいおい冗談だろ?」
そんなのあり得ないと鼻で笑う城ヶ崎。だが桑島が見せた動画を見て、そんな余裕もなくなる。
「な、なんだこのスピードはよ……! それにバンクの切れ込みも速い! しかもハングオンをしていないだと……ッ!」
自分の走りの動画を何度も見てきた城ヶ崎には分かる。このCBX250Sは、自分のZX-25Rよりもコーナースピードが速いと。
あんなにも努力して得た自分の走りが、ぽっと出の年下に抜かれている。
それに、マシンスペックは明らかにこっちのZX-25Rが有利だというのに、あのCBX250SはZX-25Rの加速を凌駕しているように見える。
「クソが! この俺がコーナーワークで負けてるだと!? ……んなこたぁ、死んでも認めたくねぇぜ!」
次々に送られてくる動画を見て、城ヶ崎は怒りに震える。
「ハァ……! まぁ、この先は直線だとか上り坂とかいう、パワーがものをいうセクションだ! そこからなら手も足も出ねぇだろ!」
城ヶ崎は余裕を取り繕う。だが、その自信はもう崩れかけていた。
一方、各コーナーに立つメンバーとギャラリーたちはCBX250Sの走りを見てざわついていた。
「すーげぇ進入スピードだ! パワーバンドを外すことなく一気にドカンと加速していきやがる!」
「やっぱり、峠は馬力よりも、軽さとトルクってのが正義なんじゃないのか……?」
「信じられねぇぜこの走り! 本当に40年前のバイクかよ……」
「誰だか知らねぇけど、いい走りをするじゃねぇか! シビれるぜ! くーっ!」
「だけどよ、この先はストレートだろ? スピードは乗るのか? あのバイクは音からして単気筒だろ?」
いよいよ晧一のCBX250Sは直線区間へと入っていく。
3速、4速とギアを上げていき、フルスロットルで加速していく。
そしてストレートエンドで時速120キロ。城ヶ崎のZX-25Rと比べると20キロも遅い。
だが、その速度差をブレーキングとコーナーワークでカバーしていく。
「すっげぇ! お手本みたいなアウト・イン・アウトのライン取りだぜ!」
「むしろ恐怖すら感じるぜ、ヤツの走りにはな……!」
ギャラリーたちはCBX250Sの走りを見て興奮する。さっきの城ヶ崎のタイムアタックよりも、明らかに晧一のほうがコーナーに関して言えば速い。
スタート兼ゴール地点で待つ城ヶ崎たちは、メンバーたちのメッセージとさっきのコーナーをアタックする晧一の動画を見てさらに苛立っていた。
CBX250Sの区間タイムはZX-25Rと同じかやや速い。ZX-25Rが、白城峠のタイムアタックで負けている。
「なんだアイツは……。バカげてるぜ、そんなことがあるわけない。パワーウエイトレシオで見れば、お前のZX-25Rの方が速いはずなのによ……。直線ではお前の方が速いんだ、それなのにタイムに差がないってことは、ZX-25Rがコーナーで負けてるって事かよ……」
「黙れ桑島! それ以上言うな! ……俺は絶対に負けねぇ! あんなヤツに、俺のZX-25Rが負けるわけねぇんだ! それに俺はさっきのタイムアタックで自己ベスト更新した! これをいきなり破られてたまるか!」
城ヶ崎は怒りに震える。そして、自分のタイムを破ろうとする晧一に対しての憎悪がふつふつと湧き上がる。
「クソが! あんな空冷単気筒SOHCの雑魚バイクに乗るあんな陰キャのトーシロに負けてたまるか!俺は……、俺はなぁ! クラス最速のバイクに乗る男、ZX-25Rの城ヶ崎豪だぞ!! ……俺が負けるわけがねぇ! あんなヤツに負けてたまるかってんだよ!!」
もう完全に冷静さを失った城ヶ崎。もう誰にも止められないだろう。
一方、晧一はというと、もうすぐ折り返し地点、つまりUターン地点が近づいていた。
親切なことに城ヶ崎率いるバイク同好会のメンバーが、目印にコーンを立ててくれている。
晧一はコーンの手前で減速し、立ち上がり重視のライン取りでUターンして加速していった。
「なんだあのUターンは!? あの速度であそこまで倒し込んで曲がれるってのかよ!」
「チイッ! これはマズい! ここまででもすでに城ヶ崎先輩のタイムよりも2秒以上早い! ……早く、早く伝えないと!」
メンバーのひとりは携帯を取り出し、桑島に電話をかける。
着信を受け取った桑島は携帯を取り出し、電話に出る。
「なんだ? 電話なんて珍しいじゃないか。どうした?」
『桑島先輩!あの陰キャ、とんでもないタイムを出しやがりました! さっきの城ヶ崎先輩のベストタイムを5秒も上回ってます!』
「……嘘だろお前! もう一度言ってみろ!」
桑島は携帯をスピーカーモードに切り替え、城ヶ崎と千塚にも聞こえるようにする。
『さっきのあの陰キャのタイムは3分2秒です! さっきの城ヶ崎先輩のタイムよりも5秒以上早いです!』
「んだと!? あの野郎! 俺のタイムを……!」
城ヶ崎は怒りに震える。そして千塚もそのタイムを聞いて驚く。
「3分2秒、城ヶ崎先輩よりも速いって……、そんなバカな……! そんなのあり得ないですよ……!」
『それに、あの陰キャはUターンもすげぇ速かったんです! あと、この先がいくら上り勾配が多いとはいえ、ちょっとマズいんじゃないですか!?」
それを聞いた城ヶ崎はついに怒りが頂点に達し、桑島の携帯を分捕った。
「黙れ! それ以上喋るんじゃねぇ! 4気筒が単気筒に負けるわけねぇだろうが!」
城ヶ崎は怒りに任せて携帯をアスファルトに叩きつける。
「おいなにしやがる城ヶ崎! それは俺の携帯だぞ!」
「黙れ桑島! ……事故りやがれ。あの野郎!」
「じょ、城ヶ崎先輩。落ち着いてください……」
千塚は城ヶ崎をなだめようとするが、城ヶ崎の怒りは収まらない。果ては晧一が事故ることを願う始末だ。
「……聞いた? 晧一クンがあのクズ城ヶ崎のタイムを上回ってるって……」
離れて聞いていた瞬が櫻子と佳奈に小声で言う。
「うん。また速くなったみたいだね。晧一くん」
「ん……。CBX250Sは速い。こーさんが乗ると、もっと速い」
櫻子と佳奈も晧一の走りに頷く。
「でも、あのタイムは越えられるかな? アイツのタイムは6分19秒前半。晧一クンが昨日出したタイムとは1秒以下の差で負けちゃうけど……、それでも勝てると思う?」
瞬が櫻子と佳奈に聞く。だが、ふたりは顔を見合わせながら笑う。
「ううん……。こーさんは負けない。絶対に。……多分」
「大丈夫だよ瞬くん。晧一くんはきっとここで魅せてくれるはずだからさ!」
「……そっか。そうだよね」
瞬は晧一がいま走っているであろう方向を向き、大きく息を吸う。
「晧一クン! ガンバ!」
聞こえているかどうかは分からないが、瞬は晧一にエールを送った。
そして2分後、ついに晧一が最終コーナーを立ち上がって戻ってきた。
高く唸る単気筒サウンドが徐々に近づいてくる。
ストップウォッチを構える千塚。そして瞬、櫻子と佳奈、城ヶ崎とそのメンバーたち、ギャラリーたちが、晧一操るCBX250Sを目で追う。
晧一は一切スロットルを緩めることなく、ファイナルストレッチを駆け抜け、ゴール地点を全開で通過していった。
千塚は駆け抜けていくCBX250Sの風圧に押されそうになりながらも、ストップウォッチを止めた。
「な……。そんな、バカな……」
何度確認しても、目をこすっても、頬をつねっても、刻まれたそのタイムは変わらない。
「こ、後攻、CBX250Sのタイム。……6分16秒117。……そして、先攻ZX-25Rのタイムは6分19秒356。このバトル、CBX250Sの勝利です……!」
その結果に、その場にいた全員がどよめく。
「嘘だろアイツ!? ZX-25Rを負かしやがった!」
「すげぇものを見せてもらったぜ! なんてどんでん返しなんだ! 単気筒が4気筒を負かしやがったぜ!」
「信じられねぇ。4スト最速のZX-25Rが、40年前のポンコツに負けるなんて……」
「あのCBX250Sのヤツ、何者なんだ……?」
「そ、そんな……。あの城ヶ崎先輩が負けるなんて……」
「なんかインチキとかイカサマとかやってんじゃねぇのか? そうまでしないと、ポンコツ単気筒があのZX-25Rに勝つなんて不可能だろうがよ……!」
「ふざけとるわこんなの。オレは認めたかねぇ!」
ギャラリーたちが晧一の勝利に驚き、同好会のメンバーたちが城ヶ崎の敗北にざわつく中、瞬たちは喜びをあらわにする。
「やったぁ! 晧一クンが勝った! やっぱり晧一クンは凄いよ!」
「すごいねこーさん。ここで本気を出したみたいだね。……ふあぁ」
「晧一くん、あたしの代わりにあの走り屋気取りの野郎に一泡吹かせてくれたね! さすがだよ!」
そんなことを話していると、タイムアタックを終えた晧一が皆が集う駐車場に戻ってきた。
瞬たちは笑顔でこちらを迎え、ギャラリーたちはCBX250Sを凝視している。そして城ヶ崎と桑島、千塚、その他同好会のメンバーたちは、鬼の形相で晧一を睨みつけていた。
CBX250Sを櫻子のSR400の横に止め、ヘルメットを脱いで髪を整え、千塚にタイムを聞く。
「えぇっと……。タイムはどうだったんですか? 勝敗は? どっちが勝ったんですか?」
「……チッ」
千塚は舌打ちをして、いかにも嫌々といった感じで晧一にタイムを教える。
「6分16秒117。あなたの勝ちですよ。……認めたくないですけどね。イカサマ野郎が勝っただなんて」
「えっ。い、イカサマなんて、僕やってませんよ? ……CBX250Sはトルクがあって車重も軽くて、フロント16インチホイールのおかげで切り込みやすいので、峠に関して言えばこっちの方が速いんですよ。あと、僕の体重も軽いから……」
「そんなわけないでしょう! 製造年もスペックも考えたら、城ヶ崎先輩のZX-25Rの方が速いに決まってるじゃないですか! 2021年製の最新で最速の4気筒バイクが、1985年製の単気筒で人気もない遅いポンコツな単気筒バイクに負けるなんて、あり得ない話ですよ! なにか、過給機とか付けたとか、排気量を上げたとかしたんじゃないんですか!?」
千塚は晧一に食いかかる。人気もない襲いポンコツな単気筒バイクとは、ひどい言いようだ。その言葉に、さすがの晧一も苦い顔をする。するとさらに、千塚に便乗するように城ヶ崎も噛み付いてくる。
「そうだそうだ! あのポンコツになにか細工してんだろ? じゃなきゃ、あんなゴミみたいなバイクが俺のZX-25Rに勝てるわけねぇ!」
「そ、そんな。僕は何も……」
「嘘つくんじゃねぇ! だったらなんであんなポンコツがZX-25Rに勝てるんだよ!? おかしいだろ!?」
城ヶ崎は晧一の胸ぐらを掴み、怒鳴りつける。だがここで意外なことに、桑島が城ヶ崎を止めに入ってきた。
「やめろ城ヶ崎。負けたやつがうじうじ言い訳すんじゃねぇ。みっともないだろ」
「あぁ!? 黙れよ桑島! てめぇは関係ないだろうが! 失せやがれ!!」
「……なんだ城ヶ崎! 俺のスマホを壊した挙句失せろだと!? ふざけんのもいい加減にしろよ!」
桑島は城ヶ崎の顔を目がけて拳をふるうが、城ヶ崎は桑島の攻撃をひらりとかわし、カウンターで桑島の頬骨目がけて一撃をお見舞いする。
「……いってぇなクソが。あとて覚えとけよ……」
桑島は殴られた頬を抑えながら、その場を離れていってしゃがみこんだ。
「チッ、余計な邪魔が入りやがった。……おい陰キャ! さっきの質問に答えやがれ!」
「そうですよ! 一体どうなんですか!?」
また千塚と城ヶ崎が晧一に食ってかかる。ここまでくればもはや水掛け論だ。ギャラリーたちも同好会のメンバーたちも言い合いを繰り返している。
そんな光景を離れて見ていた瞬と櫻子と佳奈は途方に暮れていた。バトルは終わったというのに、城ヶ崎は一切負けを認めない。それどころか、晧一にズルをしているのではないかと疑いをかけ、しつこく絡んでいる。
「ど、どど、どうしたらいいのさ。この状況……」
「困ったね。でも、あたしたちじゃどうすることもできないよ……」
「ねむい……。はやく帰りたいよぉ……」
このままでは、晧一が集団で暴力を振るわれる可能性がある。だが止めようにも、城ヶ崎たちの怒りの矛先がこちらに向いてしまう可能性も無きにしも非ず。
どうすればいいのか分からずに、三人はただおろおろするだけだった。
そんなとき、駐車場に1台のバイクが入ってきた。黄色のVストローム250に乗る長身の男。その男はバイクに乗ったまま瞬たちに近づき、声をかける。
「なにやってるんだ君たち? こんなとこで集まって……」




