13話 因縁の相手と挑戦状
「晧一クン覚えてる? アイツ、あの日同好会に誘ってきたかと思ったら、125ccだからという理由で断ってきた、あの男。間違いないよ」
「えっ、あいつが……?」
瞬にそう言われ、晧一はその日のことを思い出す。
『――実はうち、125cc以下の二輪はバイクって認めてないからさぁ……』
『――だってェ……、高速乗れないじゃん。それに遅いし……』
あの日の記憶が蘇る。瞬もまた、断ってきた時のことを思い出し、苦い顔をしていた。
「ちょ、ちょっとどしたの瞬! なんかあったの!?」
「……」
櫻子にそう問われだが、瞬はなにも答えない。ただ、ZX-25Rのライダーをにらみつけていた。
「ごめんなさい櫻子さん。こっちの話です。気にしないでください」
晧一も怒りからか声が非常に低い。櫻子はそう言われて離れる。
そしてそのライダーがバイクを下りてヘルメットを脱ぐ。特徴的な、髪を一部金に染めたあの男だった。
「よし、今日も俺が一番乗りっと。……あ?」
男はバイクを停めてヘルメットを脱ぐと、自分を睨みつけていた瞬の姿に気づく。瞬は目を合わされたことに驚き、思わず晧一の陰に隠れて怯え始めた。さっきまでの威勢はどうしたというのか。
「……お前、会ったことあるぞ。確かあんとき、赤と黒の125ccに乗ってたヤツか。なんでここにいる?」
勧誘の時とは違い、非常に威圧的な態度と口調で晧一を見る。
「なんでって……、ただの偶然ですよ」
「そうかいそうかい。へっ、125ccで峠を登るのは大変だったろうに。これだから原付はよぉ。なぁ、お前ら!」
男が後ろにいる同好会のメンバーらしき人たちにそう投げかける。
「そ、そっすね……」
「馬力を制する者が峠を制す。……でしたっけ」
「ひ、125cc以下は……ば、バイクじゃない……」
口々にそう答えるメンバーたち。だが、どこかわざとらしく元気がない。
「毎度毎度、元気ねーなお前ら! ……まぁいい。とにかく、俺が125cc以下をバイクと認めない理由は、峠でも直線でも足を引っ張るからだ。こいつらはかろうじてついてこれてるが、125ccじゃあ俺の4気筒45馬力にはついてこれない。遅いバイクに乗って何が楽しい? バイクってのは、スピードを出せてなんぼだろうが! スピードを出せないバイクなんて、ゴミも同然なんだよ! なぁ、違うか!?」
男は晧一たちとメンバーに向かって、多方面に喧嘩を売る発言を平気で言い放つ。
晧一にとっては全く意味が分からないし、さらにメンバーたちもよく分かってないといった感じをしている。だがまた何か言われることを恐れたのか、小さく相槌をうつ。
「……ちょおっといい? そこのお兄さん?」
すると、離れて待っていたはずの櫻子が男に向かって声をかけてきた。
「あ? 女が俺に何の用だ? ……うおっ、かわいい」
最初こそ睨みつけていたが、櫻子の艶やかなボディラインを見るや否や、目つきを変えて見つめる。
櫻子もそのいやらしい目つきに気づいたのか、少し言葉に怒りを含ませる。
「おい話を聞きなよ。……バイクはスピードを出せてなんぼだって? バカなの? バイクに向ける価値観なんて人それぞれでしょ。かわいいあたしはSR400に乗ってるけど、スピードのことなんて考えたことないよ?」
櫻子は男に向かってそう正論をぶつける。だが男は全く話を聞いておらず、櫻子のことを晧一に聞いてきた。
「おいお前、この女と一緒に走ってたっていうのかよ?」
「……そうですけど」
そう言われて、男は目の色を変える。
「女とツーリング、だと……。てめー! 125ccのくせに生意気やってんじゃねーぞ!」
男はそう叫ぶと、晧一の胸ぐらを掴みかかってきた。
「ふざけやがって! てめーみたいな陰キャがなぜ女と仲良くなれる!?てめーみたいなのは、女と仲良くなる資格すらないんだよ!」
男は晧一を持ち上げて激しく揺さぶる。さすがにいけないと思ったのか、暴走する男をメンバーが止めに入った。
晧一もさすがに怒ったのか拳を震わせていたが、すぐに瞬と櫻子に止められた。
「やめるんだ晧一クン。暴力では何も解決しない」
「そう。ここは抑えて、ね?」
「……こーさん、落ち着いて」
加えて、さっきまで寝ていたはずの佳奈まで止めに入ってきて、男と距離を取らせた。その光景を見て、男の怒りはさらにヒートアップした。
「……なんでなんだよ。なんで俺よりもてめーの方がちやほやされんだよ!」
メンバーに羽交い絞めされたまま、男は晧一に向かってそう叫ぶ。
「おい! なんか言えよ!」
男はさらにそう叫ぶが、晧一はなにを言うべきか分からず黙ったままだった。
「……何も喋らないんだな。分かった」
男は深呼吸をして、メンバーの腕を振りほどく。そして晧一の目を見て言った。
「お前、俺と、この白城峠で勝負しろ」
さっきの暴走とは一転して、男は気持ち悪いほど冷静になってそう言った。
「勝負……?」
突然の申し出に、晧一はひたすらに困惑した。男は構わず続ける。
「そうだ。ルールは簡単。センターラインを割らずに、この駐車場をスタートして、4キロ先に道路が広くなる場所がある。そこを目安にUターンして、ここまで戻ってくるまでの時間を競う。いわゆる "タイムアタック" ってやつだ」
男がそう説明すると、さっきまで静かだったメンバーたちが歓声を上げ始めた。
「来た来た! 城ヶ崎先輩とあの陰キャがバトルだってよ!」
「久しぶりに部長の本気アタックが見れるってか!」
「部長が勝つ確率は、およそ9割といったところかな……」
だが、そんな勝負になんの意味があるのか、晧一には分からなかった。
「……なんでそんなことしないといけないんですか?」
「決まってんだろ? てめーが気に入らないからだ。それに……」
名前が城ヶ崎と思われる男が言葉を詰まらせる。そして少し間を空けてからまた言う。
「……俺のバイクは、4気筒のスーパースポーツだ。お前に先輩と後輩の走り方の違い、そして250cc最速の速さを、お前に教えてやる」
仁王立ちで、城ヶ崎は晧一に向かってそう言い切った。だがそれを聞いたメンバーたちが、城ヶ崎に反論する。
「……でも先輩、それは弱い者いじめが過ぎるんじゃないですか? 相手は1年ですよ? それに、あいつがどんな速さかも分かってないというのに……」
「なに……?」
「よく考えてみてくださいよ! 250ccと125ccじゃ、部長のZXが有利すぎますって! 強いヤツが弱いヤツに宣戦布告なんて、勝負って言わないですよ!」
「そ、それは……」
「まぁ、この条件なら部長が9割方勝つでしょうね。……でも、それじゃあ面白くないでしょう? 分かりきった勝負をするなんて、走り屋としてどうかと思いますがねぇ……」
「た、確かにな……。俺はヤツの速さも腕も知らない。それに、俺の速さもヤツは知らない……」
さっきまで堂々としていた城ヶ崎が、急に弱々しくなる。
「……分かった。せめてハンデはくれてやろう。お前が125ccで来るならな。それならフェアだろう?」
だいぶ対等になったのか、メンバーたちも「まぁ、それならいいか」といった顔をしている。
晧一は軽く息を吐いて城ヶ崎に聞く。
「……ハンデって、具体的にどのくらいですか?」
「知らん、俺に聞くな。こちらはたとえ1秒でもハンデだといえるんだからな。そうだろ?」
明らかにこちらを煽ってきている。挑発のつもりだろうか。その言葉にメンバーたちが「悪魔的だ」と煽ってくる。
「つーか、そもそもお前のバイクはなんなんだよ」
「CBX125Fです」
「知らねーな。……おいお前ら、調べてくれ」
城ヶ崎がそう言うと、メンバーたちがいっせいに携帯を取り出した。どうやらバイクのスペックを調べるつもりらしい。
「えっと、『CBX125F』、単気筒で馬力は17です」
17という数字に、城ヶ崎は思わず吹き出してしまった。
「単気筒? 17? しょっっっっっっっっっっっっっぼ! 俺のZXの45馬力が霞んで見えるわ!……こりゃあ勝負になんねーな。俺基準のハンデをもらいたくなかったら、お前が250ccで合わせるなりしないとな」
黙って聞いていれば、よくもまぁ好き勝手言ってくれる。こういうマウントを取ってくるヤツに選ばれたZX-25Rがかわいそうだ。だがもういう粋がるヤツを負かせれば、展開的にもさぞ気持ちがいいだろう。だが向こうはおそらく腕もバイクも格上、相手が悪すぎる。
「決まんねぇのか? ……じゃあ、明日まで待ってやる。明日の午後1時にここで待ってるぜ。忘れんなよ? ちなみに俺のベストタイムは6分24秒だ。覚えておくといい」
城ヶ崎はそう言って、メンバーを引き連れて駐車場を後にした。
「……なんなのアイツ。ムカつくなぁ!」
城ヶ崎が去るや否や、さっきまで恐怖で震えていた瞬が怒りをあらわにした。
「晧一クン!あんなヤツの口車に乗っちゃダメだ! 無視するべきだよ!」
「……分かってるよ瞬。僕は勝負なんて馬鹿げてることはしないよ」
晧一はわざわざ挑発に乗るほどやわじゃない。それは瞬も分かっていた。
だがここで、櫻子が不安そうな顔をしながら口を開いた。
「実は漫画で見たことあるんだけどさ、負けたり勝負を投げたりしたら、バイクを海とか谷に捨てられるっていう……」
「「えっ」」
櫻子の言葉に、晧一と瞬が同時に反応する。
確かに漫画とかフィクションの世界ではありうる話だ。勝負に負けたり、逃げたりしたらバイクを燃やされたり谷底に投げ捨てられたりする話はあるにはある。だがそんなことは現実ではあり得ない……、と思いたい。
とはいえ、相手はあの野蛮そうな城ヶ崎。やる可能性も否定できない。
「……あれ、みんな本気にしてる? ちょっと櫻子ちゃーん、漫画と現実世界をごっちゃにしたらいけないよー?」
ごもっともなことを言う佳奈。フィクション作品と現実世界を一緒にしてはいけない。だが、さっきの櫻子の発言のせいで、瞬と晧一の不安感は一気に増してしまった。
「どうしよう、もしバイクを捨てられるなんてことがあったら……。もう事件だよ、事件」
「いや、さすがにそんなことは……」
「分からないよ? 事実は小説よりも奇なりって言葉もあるし……」
櫻子がそう煽るせいで、晧一と瞬の不安は増す一方だ。
走り屋には、「挑戦されたら受けて立たなければいけない」という言葉がある。
彼らにとって、敵は警察ではなく、対戦相手。
その対戦相手に、自らのマシン性能と運転技術を見せつける。ただそれだけ。
一般人には縁のない話だが、峠や高速道路を攻めることは、彼らにとって単なる遊びではない。
城ヶ崎はその一人なのかもしれないが、晧一は違う。自称、ただのバイク好きの一般ライダー。
走りでバトルしたこともなければ、走りでバトルしようとも思っていない。
だがこのままではどうしようもないことは、晧一も分かっていた
周りが沈黙していると、一番口を開きそうになかった佳奈が口を開いた。
「んー……じゃあ、いっそのこと一回走ってみる? 下見を兼ねたテストドライブって感じで」
「えっ?」
「実際にタイムを計ってみて、それで勝負するかどうか決めようよ」
佳奈はそう提案する。それはいい案だ。問題は晧一が乗ってくれるかどうかだが。
「……まぁ、一回くらいなら」
意外にも断ることなく乗ってくれた。
「じゃあ、実際にタイムアタックしてみようか」
「確か、ここから交差点のとこまで行ってUターンって言ってたから、わたしはそこで待ってるね」
駐車場で待機してタイムを計るのは瞬で、先のUターン地点を教えるために佳奈が待機、そして櫻子が、トラックリミットの違反をしないかどうかを見るため、タイムアタックをする晧一の後ろを走ることになった。
「じゃあ、カウント行くよー。10秒前! 9、8……」
瞬が両手でカウントダウンをする。晧一はギアを1速に入れ、CBX125Fのエンジンを唸らせる。
「……3、2、1、ゴー!」
瞬の腕が振り下ろされたと同時に、晧一は9000回転でクラッチミート。やや長めの半クラッチをして、回転数が落ち着いたところですぐにシフトアップ。完璧、パーフェクト。
「速い! ……あれって本当に125cc?」
後ろからついていくはずの櫻子だったが、ここはやや上りとなっているにもかかわらず、スタートですでに置いて行かれそうになる。櫻子の乗るSR400は低回転向きのエンジン特性なのだが、高回転向きでそれも125ccのCBX125Fにスタートでついていけないとは。
「速い、さすが晧一クンだよ」
CBX125FとSR400が、最初の右コーナーへと消えていった。
ZX-25Rとそのライダーがややひどい扱いを受けていますが、これはあくまで展開上の演出であり、私は4気筒及びZX-25Rが嫌いなわけではありません。気を悪くした方がいたら申し訳ありません。




