12話 ねぎらいツーリング 下
それから少し走って唐津の七山地区に入る。ここはまさしく「山のまん中」といった場所で、道はそこそこ広いものの、あるのは木々と少しの建物、それと対向車くらい。そのくらい何もないところを走るので、つまらないのではないかと思うかもしれないが、バイク乗りはこういう道が大好きなのだ。渋滞の心配もなく、ある程度回しても迷惑にはならない。ただ、ガソリンスタンドが無いに等しいというのは大きな欠点だが。
瞬のナビによれば、虹ノ松原に着くまではあと15分ほどかかるようで、もしここでガソリンが切れてしまったら最悪な事態になるのは容易に想像できる。
「ふんふんふふーん♪」
先頭を走る瞬は、楽しそうに鼻歌を歌いながら下りを楽しんでいる。
「さぁすらおおう~♪」
櫻子も同じようだ。
「……」
対する佳奈は運転に集中しているのか余裕がないのか、走行中に一言も発さない。
『佳奈さん、少し身体が硬いように見えるけど、大丈夫かな……』
斜め後ろから佳奈の運転を見ていた晧一は、少し心配になる。
オートバイという乗り物は「人車一体」という言葉があるように、クルマ以上に乗り手の運転技術が如実に表れる乗り物。肩に力が入っていたり、足の力が抜けていたりすれば、ふらつきやバンク角に表れる。
見たところ、佳奈はニーグリップはできているが、肘が若干伸びていて肩に力が入っており、目線の移動も大きくない。そのせいかカーブではかなり不安定になっている。瞬のYD125や櫻子のSR400と違い、彼女のCBX250Sは若干前傾姿勢になるバイクなので、慣れていないのもあるだろうか。ちなみに瞬は前よりも少しばかり運転がうまくなっている。
『教えてあげたいけど、いまは走行中だからなぁ……』
それに相手は女の子、晧一に声をかける勇気はなかった。結局、佳奈は七山地区を抜けるまで喋ることはなかった。
七山地区を抜けて浜玉町に入り、ようやく赤信号で止まる。
「っはぁ~……」
ハンドルから手を放し、佳奈はその場でうなだれて、肩を回したり首に手を当てたりする。
「佳奈、大丈夫そ?」
櫻子がうなだれる佳奈をミラー越しに見て声をかける。
「うー、やっぱりセパハン慣れないなぁ。教習車とは全然違うもん」
「確かにセパレートハンドルって自然と前傾姿勢になるから、肩と首に力が入っちゃって疲れるよねー。……乗ったことないけど」
「……櫻子ちゃんもこの苦しみを味わいやがれー」
佳奈は櫻子をいじる代わりに、SOHC単気筒のエンジン音を響かせる。威嚇のつもりだろうか。
「うひゃー、攻撃的ぃ! でもいい音ぉ!」
「……あのーすみませんおふたりさん、信号青ですよ?」
櫻子と佳奈のやりとりを見かねた晧一は、青信号で先に行ってしまっていた瞬を指す。
「うわわっ!?」
櫻子は慌ててクラッチを握って1速に入れ、坂道でやや吹かし気味に発進していく。さすがSOHC2バルブのビッグシングルエンジン、低速からの加速のしやすさはピカイチだ。
「うー、もうちょっと休ませてよぉ……」
佳奈は肩を落としつつも発進する。晧一もそれに続き、崩れた隊列をなんとか戻す。
そこから5分ほど走って、再び赤信号で止まっていると、瞬が虹ノ松原の案内看板を見つける。
「0.8km直進だって! みんな、あと少し!」
「ねぇ、ちょっと休憩しない? さすがのあたしもちょっと疲れちゃった……」
「……僕も」
「首が痛い……。助けて……」
「ええッ。……あーまぁ、確かに。ボクも疲れているといえば疲れてるの、かなぁ……。じゃあ、とりあえずどこかで休憩しよう」
少し走って、4人は空きスペースにバイクを停めた。
「ふぃー」
「ふぅ」
「あ~、疲れたぁ……」
「……」
それぞれバイクから降りてヘルメットを脱ぎ、エンジンと身体を休める。
「佳奈、大丈夫?」
「……だいじょばない」
いつの時代の言葉なんだと突っ込みたくなる。佳奈はヘルメットをミラーに引っ掛け、その場にしゃがみこんだ。
「やっぱりセパハンって疲れるのかなぁ……。あ、晧一くんは疲れてないの?」
櫻子が晧一にそう聞いてくる。もちろん、CBX125Fもセパハンである。
「まぁ、疲れはしますけど……。でも、最初にこのCBXに乗ったときよりかは疲れなくはなりましたね」
「だってよ佳奈、あんたも早く慣れちゃいなさいな」
「うー、慣れるのかなぁ……」
佳奈はしゃがみこんだままつぶやく。
「やっぱり、ただかわいかったからという理由でこのバイクを買っちゃったのがいけなかったかなぁ……。このCBX、見た目と大きさのわりにかなり狂暴だもの……」
CBX250Sの熱いエンジンに手を近づけて、佳奈は「狂暴」という言葉だけで片付けようとする。本当は車体の軽さとエンジンのかっとび具合が、佳奈にとっては恐怖であるということだが。
「でも佳奈ぁ、250cc程度で怖がってちゃ、バイクは楽しめないと思うなぁ。それに、むしろあたしはもうSR400に慣れきっちゃって、つまんなくなってきてるんだよねぇ。もっと、スポーティーなヤツに乗ってみたいんだ。SRX600とか、SDR200。あとはXSR900……」
櫻子は乗ってみたいバイクを挙げる。それもすべてヤマハで、若干じゃじゃ馬要素のあるバイクたちだ。
「……わかんない。こーさんはわかる?」
そう言って佳奈は晧一に話を振る。
「……あぁ、僕に聞いてますか?」
「うん」
佳奈はしゃがみこんだまま、首だけを動かして晧一の方を向く。
「あーえっと、確かSRX600は80、90年代に発売された4スト単気筒のバイクで、SDR200は80うん年の2スト軽量高出力スポーツバイク。XSR900は現行では珍しい3気筒のバイクですね。でもどれも癖の強いバイクだったような気がしますけどね」
確かな記憶を頼りに、晧一はそれらのバイクを語る。それにしてもXSRSRXはともかく、SDR200を出すとはなかなか通な人だ。
櫻子もそれを分かっているようで、まさしくそうそうと言った感じで頷く。
「わーお、晧一くんくわしー。さっすがぁ」
「いやぁ、まぁ、好きなので……」
「バイクが好きっていいことだよ! あたしの周りにはバイク好きな大学生はいないからさぁ……」
そんな会話をする二人をよそに、佳奈はなんのこっちゃといった表情をする。
「ぐえぇ、なんもわかんないや……」
そしてふとYD125と瞬の方を見る。瞬は道を調べているのか、携帯の画面を見て何やら操作していた。
『わたしひとり、かぁ』
体育座りしている腕に顎を乗せ、ふうとため息をつく。そして地面に触れたり、空を見上げたり、背中にあるCBX250Sのリアタイヤを触ったりする。
「……ちょっと佳奈ぁ、それに瞬くぅん。そこでひとり物思いにふけるのもいいけど、せっかくなんだから一緒に話そうよ! ほら、立って、こっち来て!」
櫻子はそう言って二人を見て手招きする。瞬はすぐに櫻子の方へ駆け寄る。佳奈は渋々立ち上がって、櫻子の方へと歩いていった。
「さて……!」
それから数十分、4人はバイクのこともバイク以外のこともたくさん話した。
やっぱり、話が盛り上がると楽しい。4人ともそう考えていた。
まぁまぁの時間が経って、一同は最終目的地の波戸岬に向けて再び走り出した。
海岸線をまっすぐ行くかと思えば港に寄ったり、橋を渡って島に寄ったりと、先導する瞬は行きたい放題だった。それでも4人はそれに文句を言わず、むしろ行ったことのない場所を楽しんでいた。
そして寄り道含めて2時間ほど走って、ついに目的地の波戸岬に着いた。太陽は傾き、海を茜色に染めあげていた。
近くの駐車場にバイクを止め、4人はヘルメットを外す。吹いてくる潮風が気持ちいい。
「着いたー!」
櫻子は両手を上げて大きく伸びをする。
「んー! ついに目的地! ……でもいっぱい寄り道しちゃった」
瞬もヘルメットを外して、吹いてくる風でぺたんとなった髪をなびかせる。
「ぐえー、やっと着いた……」
明らかに疲弊しきっている佳奈は、両手を膝に当てて肩で息をする。
「佳奈さん、大丈夫ですか?」
晧一はそんな佳奈を見て声をかける。
「だいじょばないよ……! 手はびりびりしてるし、お尻は痛いし、腰も背中も痛くって……。もう、疲れた。バタンキュー……」
佳奈はだらしなくアスファルトの上に転がった。
「佳奈ぁ? はぁ、まったく……」
もはや半分寝てしまっているような佳奈を見て、櫻子はため息をつき、瞬は苦笑いする。
「まぁ、疲れてるんなら休ませてあげるか……。そうだ、晧一くん、佳奈を見ててくれない?」
「……え、僕ですか?」
「せめてあたしだけでも、写真撮りたいんだ。お願いっ」
櫻子は両手を合わせて、晧一に頼み込む。
「まぁ、いいですけど……」
「ありがとっ! じゃあパッと撮ってくるね!」
櫻子はそう言うと、ポケットから携帯を取り出して灯台の方へ駆けていった。そしてなぜか瞬も櫻子についていった。
「……佳奈さん、大丈夫ですか?」
「…………」
返事がない。ただのぐーたら女の子のようだ。だがわざわざ起こす理由もないので、気にする程度で放っておくことにした。
それから10分ほど経って、櫻子と瞬が帰ってきた。
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい。いいの撮れました?」
「うん! バッチリ撮ったよ!」
「あとで晧一クンにも送ってあげるね! ……さて、暗くなる前に帰ろっか」
「あー待って。……まさかとは思うけど、佳奈はまだ寝てたりしないよね?」
櫻子は佳奈の方を見る。佳奈は横になってはいたが、目は開けていた。
「ほら! 帰るよ! 佳奈!」
なんとか佳奈を縦にして、4人は福岡へ続く道を走っていった。
帰りも瞬が先導で、なぜか来た道とは違う道を走っていた。瞬曰く、同じ道を走るのはつまんないそうで。
だがバイパスを通って帰るのかと思ったら、前に通った七山の道に入る。瞬以外の3人は困惑したが、すぐに別の道へと入った。
ここは佐賀と福岡の県境にある白城峠。整備されていて広く走りやすい道路で、たまに走り屋が出没するとのこと。
だが今は夕方、走り屋がいるような時間ではないし、そもそも4人は一般的にはバイク初心者。そんな4人がいきなり峠を攻めるのは無謀というもので……
瞬の乗るYD125は4台のバイクの中で最も非力なバイクなのでろくに登ってってくれない。ので、3人はそれに合わせてゆっくりと峠を登る。
だが途中でエンジンがかわいそうだと思った瞬は、途中にあった駐車場に入ってYD125を休ませることにした。3人もそれに続く。
ビジネスバイクなのでそう簡単には壊れることはないのだが、瞬は慈悲の心がありすぎるのかエンジンを全然回さない。それはそれで問題もあるというのだが。
「休憩ターイム」
待ってましたと言わんばかりに、佳奈がまたアスファルトに転がる。だが止めることはしない。櫻子はため息をつき、瞬はYD125のエンジンを見て、晧一はCBX125Fのチェーンを見る。
すると、反対側からバイクの集団が登ってきて、駐車場に入ってきた。
『……おっ。ニンジャにGB、それと、セローか』
入ってきたバイクを晧一は見て分析する。最近のバイクはみんな同じ顔つき同じボディラインで見分けがつきにくい。
入ってきた順から、「KAWASAKI Ninja ZX-25R SE KRT Edition」、「YAMAHA MT-25」、「SUZUKI GIXXER SF250」、「HONDA GB350」。さらにその後ろから、「KTM 250 DUKE」、「KAWASAKI Z250SL」、「SUZUKI SKYWAVE 400」、「YAMAHA DragStar Classic 400」と続いて入ってきた。
「わーお、すごい人数とバイク。あたしたちの非じゃないよ、あれ」
入ってきたバイクは計8台。その8台が、そこそこの広さの駐車場にもかかわらず、なぜか晧一たち一行の近くにバイクを停めてきた。
そのうち、ZX-25Rに乗る人がエンジンを切って、ミラーシールドを開けて一息つく。
「……!」
ヘルメットから除くその横顔を見て、瞬がびくりと反応する。それに反応した晧一は、瞬とZX-25Rの人を交互に見る。
「瞬? どうかした?」
「あの人……」
瞬の目つきが変わる。いつもののほほんとした目とはうって変わって、恨みのこもった眼差しをそのライダーに向けていた。




