11話 ねぎらいツーリング 中
「ふぃー」
「ふぅ」
二人はちょうど橋を渡り終えたところにあった公園にバイクを停め、休憩していた。
「なに飲もうかなぁ」
瞬は自販機で飲み物を買おうとしている。晧一はバイクとその美しい景色を写真に収めていた。
「……ハイ晧一クン、今日はボクのおごり。微糖のコーヒーだよ」
瞬が缶コーヒーを投げてくる。晧一はそれを落としそうになりながら受け取る。
「おわっとっとっ。投げないでよ……」
瞬と晧一はバイクのそばに座り、缶コーヒーのプルタブを開けた。
「……初めて来たけどいいとこだねぇ、佐賀」
「そうだね。僕たちが住むとことはまた違った良さがあるよ」
二人はコーヒーを飲みながらそんな会話をする。自然の風が心地よい。空冷エンジンも喜んでくれるだろう。
「……あ、あれは何のモニュメントだろ。見てみよーっと」
瞬は目に入ったモニュメントに駆け寄った。
「えーとなになに……、『みはらしの山 鷲の羽公園』……、名前長っ!」
「……これもいい旅の記録。撮っておこう」
晧一は携帯のカメラアプリを起動し、そのモニュメントを撮った。
そして駐車場に戻ると、YD125とCBX125Fの横に、それらとよく似たバイクが2台停まっていた。というより、カラーリング以外は全く同じバイクのようにも見えた。
「あれ、あの2台のバイクって、もしかしてボクたちのとおんなじやつ?」
瞬がそう言うと、晧一もYD125とCBX125Fの横に停まっているバイクを見る。
1台はYD125よりも若干大きく、前後フェンダーがメッキなことくらいのクラシックなバイクだが、もう1台はCBX125Fのただの色違いのようにも見えた。
そしてそれに乗っている人と思われる二人は、晧一と瞬のバイクを見ていた。
「……あれ、もしかして君たちがこのバイクの?」
「おー?」
若い女の子二人がこちらを見る。ひとりはいわゆるウルフカットで、バイクウェア越しでも分かるくらいのスタイルの良さ、もうひとりはふわりとした髪をひとつ結びにしていて、どこか眠たそうな顔をしていた。
「あ、そうですけど……」
「へぇ、いい趣味してんじゃん」
ウルフカットの女の子がYD125と自分のバイクを見比べながらそう言う。
「あ、もしかしてお二人がこのバイク乗りの?」
晧一が隣にある2台のバイクを見ながらそう聞くと、二人は頷いた。そして女の子たちは自己紹介をする。
「そ。あたしは葉月櫻子。88年式の『SR400』に乗ってる。福岡の短期大学の1年で、いまは18歳さ」
「……私は箱崎佳奈。あなたのCBX125Fの兄弟車、『CBX250S』に乗ってるよ。櫻子ちゃんとは幼馴染で同い年だけど、いろいろあって一年留年して、いまは高校3年生だよ。……よろしくね」
二人はそれぞれの愛車の横に立ってそう言った。
「あ、僕は……」
「ボクは雨宮瞬! 我が愛する『YD125』のオーナーで、隣の晧一クンと同じでキラキラの大学1年生だよ!」
瞬は思いっきり晧一の言葉を遮った。
「……僕は最上晧一です。『CBX125F』に乗ってます。瞬とは最近知り合ったばかりで、……ヨロシクオネガイシマス」
ペースを乱された晧一は、少し言葉を噛みそうになりながらもなんとか自己紹介をした。
「へぇ、同い年だったんだ。……それにしても二人とも、いいバイク乗ってるね。……ひょっとして旧車會だったり?」
「「えっ」」
櫻子がそう聞くと、晧一と瞬は固まる。
旧車會とは、バイクを暴走族風に改造した旧型のバイクなどを運転する人たちのグループで、九州では夜や休日にたまに出没する。
もちろん二人は旧車會に所属しているわけではない。
「いやぁ、そんなんじゃないです。僕のCBXは改造もしてないノーマルのままだし、それに単気筒だし……」
「ボクみたいなビジネスバイクに乗ってる可愛い子がそんなグループにいるわけないでしょ⁉」
晧一はともかく、瞬は誤解を招きかねないことを平然と言う。
「あはは! ごめんごめん、冗談だよ冗談。あんたたちを見てたらちょっとからかいたくなっちゃった」
櫻子は笑いながらそう言う。すると今まで黙っていた佳奈が口を開いた。
「……櫻子ちゃんはアベックを見るといっつもこうなんだ。ごめん、悪気はないから許してあげて欲しい」
「……アベック? なにそれ」
瞬が聞くと、佳奈は「ちょっと表現が古かったかなぁ」と言って説明を始めた。
「アベックは、今で言うカップルのことだよ」
「カップル!?」
瞬はその言葉に大きく反応する。ちなみに晧一はというと無反応だった。
「……へぇ、キミはボクを女の子として見てくれるんだぁ」
瞬はニヤニヤしながら櫻子に向かって言う。
「え? 女の子じゃないの? ……あ、もしかして"男の娘"ってやつ?」
「んー、……やっぱり性別に関してはノーコメントで!」
瞬は唯の時と同じように、唇に人差し指を当ててそう言う。あざとい。
「ところで、二人はどうしてここに?」
あまりにも不自然な話題の切り替えに、晧一は「ちょっと無理が過ぎるんじゃないか」と思ってしまうが、櫻子と佳奈は気にすることなくそのまま話し始めた。
「実はあたしたち、つい最近免許を取ったばっかりでさ、今日が初の県外ツーリングなんだ。やっぱり、バイクっていうのは遠くまで走ってなんぼだから。それで、今日は天気のいい日曜日だったから、せっかくだし佳奈を誘って行ったことないとこに行ってみようってことで佐賀県まで来ちゃったわけ」
「……佐賀県は山もあって海もあるから、バイクで走るにはうってつけなんだ。まぁ、わたしはむりやり連れてこられちゃったんだけどね……」
「ちょっと佳奈! その言い方は語弊があるよ! 家でだらだらしてるよりも外に出て風を感じる方が健康的じゃない!? まったく……」
櫻子はやれやれと言った感じでため息をついた。そしてまた話題を変えてくる。
「あぁそうだ、あたしたちはこれから虹ノ松原を通って波戸岬まで行くんだけど、よかったら一緒に走らない?」
櫻子の提案に、瞬は目を輝かせる。
「本当かい!? 実はボクたちも目的地が波戸岬なんだ!」
「マジで!? こんな偶然ってあるんだね! よし、じゃあ一緒に行こう!」
「イェーイ!」
瞬と櫻子はハイタッチする。もう仲良くなってしまったようだ。
「櫻子ちゃん、もうお友達と仲良くなっちゃった。……やっぱり似てるバイクに乗る者同士は引かれ合うもの、なのかな?」
「……」
「……あれ。もしもーし、聞いてる? こーいちさーん?」
佳奈はどこか上の空だった晧一に声をかける。
「あぁ、僕に言ってたんですか?」
「いまわたしの隣にはあなたしかいないよ?」
「あぁ、そうですよね。ごめん……、ちょっとボーッとしてて」
ダメだ。女の子がいるとどうしても話しづらくなってしまう。それも初対面の人。とてもじゃないが、向き合って目を合わせて話せるとは思えない。
「……瞬くんのYD125と櫻子ちゃんのSR400はともかく、 "こーさん" のCBX125FとわたしのCBX250Sは外装が同じ兄弟車なんだから、私たちはもっと引かれ合うべきなんじゃあないかなぁ」
佳奈はそう説明する。まったくもって意味不明な理論を持ち出されたので、晧一はさらに混乱する。
「あぁー、ん? って……、こーさん?」
「ん、『晧一さん』だと長いから『こーさん』でいいかなって思ったんだけど、ダメかな?」
佳奈は上目遣いでそう言う。女の子の上目遣いは大抵の男にクリティカルヒットするらしいが、女の子よりもバイクの方が好きな晧一にはあまり効いていないようで。
「まぁ、僕のことだって分かれば、好きな呼び方でいいですよ」
「りょー」
佳奈はわざとらしく手を上げてそう返事をする。それもあくび交じりで。
「じゃあこーさん、いまからCBXについて100個くらい語り合おう……! まず何といってもかの有名な『CBX400F インテグラ』よりもぐっと低く構えるこのカウルとセパハン、……チョベリグだよねぇ。そしてこの本物の空冷フィンと単気筒なのに2本伸びるエキゾーストパイプが……」
さっきの眠そうでおっとりとした口調から打って変わって、佳奈はCBXについて早口で熱く語り始めた。
「……あ―出た出た、佳奈の悪い癖が。ちょっと待ってね」
櫻子がいきなり出てきて何をするかと思えば、半ば強引に佳奈の口を塞いだ。
「佳奈ぁ、晧一くんが困ってるじゃん! いきなり初対面の人にそんなマシンガントークかましちゃダメでしょうがっ!」
「くあー、なにをするんだはなせー」
「はなせ―じゃないよっ! それにこれからこのおふたりと走るんだから、話してる暇なんてないんだよーっ!」
櫻子は佳奈の口を塞いだまま、引きずるような形で彼女のCBX250Sの横まで連れて行った。
「……さあ、気を取り直して一緒に走ろう! 瞬くん、晧一くん、そして佳奈、準備して!」
「ラジャー!」「分かりました」「うぃー」
それぞれ返事をしてバイクに乗る準備をする。櫻子はSHOEIの黒いクラッシックタイプのフルフェイス、佳奈は白いHONDA RHEOSのフルフェイス、瞬は銀色のZENITHのオープンフェイス、そして晧一は赤いOGKのバイザー付きオープンフェイスを被る。
「じゃあフォーメーションは……、先頭はスマホホルダーを付けてる瞬くんにお願いしようかな」
「おっ、りょーかい! じゃあ先頭はボクが行くよ! そして一番後ろは晧一クンがいいと思う! 彼は運転がうまいんだ!」
「へぇ、晧一くんって運転うまいんだね。じゃあ後ろは任せたよ」
ということで、順番としてはYD125(瞬)、SR400(櫻子)、CBX250S(佳奈)、CBX125F(晧一)の順番になった。
「よっし、じゃあ行こっか!」
シュルル! ドコドコドコドコドコドコドコドコ……
フォン! ……カカカッカ ――フォン! ジーコ! トトトトトトトトトトトト……
キュルンルンルル! ヒュルヒュルヒュルヒュルルヒュルヒュルヒュルル……
キュルルン! ドドドドドドドドドドドドドドド……
セルにキック、加えてエンジン音が順番に鳴る。エンジン音を聴いた感じ、125ccの2台よりも排気量の大きいCBX250SとSR400はヒュルヒュル音が大きく聞こえる。そしていま思えば全員が単気筒で、しかもすべて80年代に発売されたバイク。それらに当時まだ生まれていない18歳の青年たちがそのバイクを操る。
「じゃあ、行くよーっ! いざ、虹ノ松原へレッツラゴー!」
YD125とSR400が走りだし、それに続いてCBX250SとCBX125Fが走り出した。




