73:アレハンドロさんの過去
楽しい時間はあっという間に過ぎ去るもので、夜会の終わり挨拶のあと、皆で魔王城に転移して戻った。
「ヒヨルド、今日はありがとうね」
「いいよ。人間界けっこう楽しかったし」
ヒヨルドを見送ったあと、魔王城の侍女さんたちにフォン・ダン・ショコラたちを任せて、私はウィルとアレハンドロさんに話があるからサロンに移動しないかと誘った。
さぁて、ここからが正念場よね?
流石に正装で話し合いは辛いというか、久しぶりのコルセットすぎてもう脱ぎたい気分なので、着替えてから話し合うことにした。
「おまた…………空気、重っ」
サロンの中に入ると、ウィルとアレハンドロさんが向かい合って対角線上で無言で座っていた。空気も重けりゃ、距離も遠い。
とりあえずウィルの隣に座った。
ウィルは魔法で着替えたようで、いつものラフな格好。アレハンドロさんは式典用の服からいつもの甲冑になっていて、頭も外れていた。
「アレハンドロさんも今日はありがとうございました。頭も無理言ってごめんね」
「問題ありませんよ」
さて、どこから話そう。
アレハンドロさんの奥さんが病で亡くなったこと、最期に立ち会えなかったことなどは聞いたと伝えると、テーブルの上に置かれていたアレハンドロさんの頭というか顔が少し曇った。
ちょっと違和感というかシュールさがあるけど、これは気にしたら駄目なやつ。
「概ねそのとおりです。ただ私が不甲斐ありませんでした」
「不甲斐ない? 病の妻の世話が面倒になっただけだろ?」
ウィルのピシャリとしたその言葉に、アレハンドロさんは苦く笑って目を伏せた。
「そう……ですね。そう取られても、仕方ないことばかりしてました」
「アレハンドロさんの気持ち、ちゃんと教えてほしくて。そこを知らないからこんなことになってると思うのよね」
そう言いつつウィルをチラリと見ると、開こうとしていた口をグッと閉じて、話を聞き入れる態度になってくれた。
「教えてくれる?」
「はい」
ある程度はウィルから聞いていたことと一緒だった。
少し違ったのは、アレハンドロさんの奥さんが重い病に倒れたとき、アレハンドロさんは看病のために長期休暇を取ろうとしていたらしい。
でも奥さんに職務を全うしてと言われたのだとか。
奥さんの病状がどんどんと悪化しても、奥さんは働けと言ったらしい。
「何度も喧嘩しました。なぜ側にいさせてくれないのかと」
「うん」
「妻は、働いている私が好きだからと笑って言うんです。そんな嘘で遠ざけるな、側にいたくないほど嫌いになったのならそう言えばいいだろうと怒鳴りつけてしまった。そうしたら、涙目で嫌いになんてなるはずがないじゃないと言ってくれました――――」
アレハンドロさんがホッとしていたら、奥さんがポロポロと泣きながらお願いをしてきたらしい。
病に苦しんでいる姿を、弱い姿をアレハンドロさんに見せたくない、だからお願い、と。
「元気で綺麗だったときの自分を思い出して欲しい。だから見舞いには来ないで。そう言われた……私は、その願いを叶えることでしか、妻の心を守れなかった。毎日手紙を送った。だんだん弱くなる筆圧を見つめるしか出来なかったんだ」
そんなときにウィルにクビにされたらしい。奥さんの願いを守るため、お義父さんに雇ってもらったのだそう。
そうして、任務で留守にしている間に、奥さんは息を引き取った。
「やっと逢えると思ったのに、棺は固くとじられていた。妻の願いだからと言われ、怒りが湧いた。私の愛は、思いは、どうすればいいんだと。我慢して我慢し続けて、最後の最後でさえ、口付けも許してくれないのかと」
アレハンドロさんが淋しそうに笑った。





