59:危うきに近寄らず☆
先ず来たのは、スープと麻婆豆腐。あと大盛りの白ご飯も。ウィルは追加で天津飯も頼んでいた。あとで一口もらおうっと。
お豆腐と赤めの餡をスプーンで掬ってパクリ。口いっぱいに広がる甜麺醤の旨味と、突き抜ける豆板醤の辛さ。ぎゅっと目蓋を閉じて咀嚼。
鼻から中華料理独特の匂いを吸い込み肺に染み込ませて、ゆっくりと息を吐き出す。
「ふはぁぁぁぁ…………おいしぃぃ」
ため息に近い声が漏れ出てしまった。
なんという贅沢で幸せな瞬間だろうか。
ドワーフの町には、甜麺醤や豆板醤があるのね。魔界ってかなり食材や調味料が豊かなんじゃない?
人間界というか、エーレンシュタッドってこんなに料理の幅がなかったのよね。洋食と少しの和食って雰囲気だったもの。
「からい?」
「けっこう辛いわよ」
たぶん、フォン・ダン・ショコラたちには無理だろうなと思う。ダンが食べてみたそうだったので、ちょこっと試してみたらいいんじゃないのと言うと、なぜかフォンとショコラに勇者みたいな扱いをされていた。そして、ダンは満更でもなさそうなドヤ顔。
え、大丈夫なのその謎の自信と思っていたら、大人用のスプーンにガッツリと辛口麻婆を掬って、勢いよくバクリ。止める隙もなかった。
「ぐっ…………カ……うまからいぜっ」
顔を真っ赤にして、耳の毛と尻尾をボフリと膨らませていたけど、口だけは一丁前に強がっていた。可愛いけど、無理しないでほしい。
コップにお水をいっぱい入れて渡すと、グビグビと勢いよく飲んで、ちょっと鼻水をすすっていた。
「これでオレもおとなだろ?」
「えー? うーん? そうかも?」
「よっしゃ!」
フォン・ダン・ショコラたちの中では、辛いものを食べられたら大人認定らしい。大人の認定ザルくない?
「ウィルは食べる?」
「いらん」
「ウィルは大人じゃないらしい」
こういうときに、ツルッツルと口が滑るのがよろしくないのよね。鼻の頭をぎゅむむむと抓まれて「わからせるか?」と聞かれてしまったので、丁重にお断りした。
ソンシだかクンシだか、危うきに近寄らずなやつよね。用法合ってるのか知らないけど。
「はいよ、エビチリだよ!」
「ありがとうございます!」
プリップリを通り越してブリッブリというか、バツンと噛み切れるというかの、ハンパなく弾力のあるエビチリに舌鼓を打った。